2つのコースで「任された職務を正確に遂行」する訓練を

神奈川との県境近くに位置する、東京都立八王子南特別支援学校。今年の4月に新設されたばかりの新しい学校だ。

同校には普通科のほかに、「職能開発科」が設置されている。これは軽〜中程度の知的障害がある生徒たちが企業への就労を目指して学ぶもので、現在は東京都内の7つの特別支援学校に置かれている。受検対象は卒業を控えた中学3年生か、すでに中学を卒業した人。似た学科に「就業技術科」があるが、こちらは軽度の知的障害がある生徒が対象だ。目指す力も、職能開発科が「任された職務を正確に遂行できる能力」を掲げるのに対し、就業技術科ではさらに「職責の範囲内で自ら判断する」能力をも育成するという違いがある。

初年度の今年、都立八王子南特別支援学校の職能開発科には20人が入学した。普通科の17人と合わせても、周辺の特別支援学校に比べて少人数でのスタートとなった。校長の濱辺清氏はこう語る。

「人数が少ない分、今はより丁寧な指導が期待できます。本校が掲げる『一人一人を大切にする学校』という目標がとくに達成しやすい環境だと言えるでしょう」

2年生になると、職能開発科は食品コースか流通サービスコースのいずれかに分かれ、より専門的な内容を学ぶ。どちらのコースに進んでも、事務情報処理と清掃は3年生まで全員が履修する。事務や清掃はどんな職場でも役立つスキルであり、東京都の障害者雇用で最も需要の高いジャンルだからだ。1年生では、1週間のうち2日間は実習を行い、残る3日間で国語や数学などの教科を学習する。

「すでに『食品業界で働きたい』と明確な希望を持っている生徒もいます。家でも熱心に調理の手伝いをして練習していると教えてくれましたが、仕事として食品を扱うなら、衛生管理などが非常に重要になります。清掃もやはり、家庭での掃除とは異なるもの。業務で求められる感覚を身につけられるよう、職能開発科では教員公募制度も使って、実績のあるベテランの先生方が集まりました」

例えばテーブルを拭く練習では、タオルの四隅を合わせてきっちり畳むところから指導する。現役のプロの料理人や、障害者雇用実績がある企業の職員、東京ビルメンテナンス協会の指導員など、実社会で働く特別専門講師をローテーションで招き、教員だけでは不足しがちな専門的指導も行っている。

コーヒーのドリップの仕方や、業務用のツールを使った清掃の仕方なども実践で学ぶ

「必要な人に情報を届けたい」学校も積極的にアピール

「子どもの数は減っていますが、支援が必要な生徒の就学相談は増えています。特別支援学級が設置されるのは中学校まで。その後の学びの受け皿としても、特別支援学校はより求められるようになっていると感じています」

文部科学省の発表によれば、特別支援学級の在籍者は10年前に比べて倍増した。障害への認知度が高まることで、療育手帳の取得者も増えている。職能開発科と就業技術科は、この療育手帳もしくは医師の診断があれば出願可能だ。だが特別支援学校(高等部)卒業後に企業へ就職する人の増え方は鈍く、全国で見ると、その割合は全体の3割ほどとなっている(下図参照)。職業教育の取り組みで、この数字が上向くことも期待される。

普通科は通学区域が定められているが、職能開発科の場合は、一人で通学できれば都内全域からの入学が可能だ。濱辺氏は「部活動などを決め手に、普通科の通学区域よりも遠いところから通ってくる生徒もいます」と言う。

また、近隣の特別支援学校との連携が密であることも同校の特徴だ。歩いて10分ほどのところに、こちらは就業技術科を設置する都立南大沢学園がある。

「南大沢学園は歴史も認知度もあるので、本校より希望者が多い。でもその就業技術科で不合格になったとしても、すぐ近くに本校の職能開発科がある。これは地域の新たな利点になったと思います」

周辺の中学校に通う対象者や、説明会に訪れる保護者らには「南大沢学園と八王子南で、チャンスが2回あると考えて」と伝えている濱辺氏。いわば「連携校」としてアピールするのは、周知が喫緊の課題だと考えているからだ。

「新しい学校なので、まず存在を知ってもらうことは不可欠です。でもそれだけでなく、必要な人に職能開発科の正しい情報が届かないということをなくしたい。制度上は10年近く続いている仕組みですが、選考があることを知らなかったり、普通科に入ってから『職能開発科がよかったな』と悔やんだりする人もいます。入試が11月と早いこともあって、『受けたかったのに受けられなかった』と言われたことも。こうした後悔やミスマッチを防ぐため、積極的に情報を発信しています」

ただ守られる雇用環境でなく、自己実現して働ける場所へ

夏休み期間を除く6月以降は、ほぼ毎週学科説明会と見学会を実施している。参加者数はほぼ毎回、定員の50人に達するという。職能開発科への出願には個別説明を受けることが必要になるが、こちらの申し込みも盛況だ。

「グレーゾーンを含め、支援を必要とする人たちは進路選択にとても悩むものです。出願にあたっては中学校での指導が非常に重要になるので、本校の開校前から、周辺の中学校ともコミュニケーションを心がけてきました」

こうした活動の中で、濱辺氏は、中学校での進路指導の難しさも耳にした。大部分の保護者はそうではないが、ごく一部、子どもの「高卒資格」にこだわるケースがあると言う。

「特別支援学校ではなく単位制などを含めた高校に入れたがる親御さんはいますし、生徒自身がそう望む場合もあります。しかし、所要単位や出席日数を満たして本当に卒業までたどり着けるのかと考えると、入学すればそれで安心というわけにはいきません。本校で示したいのは、ただ入ればいいという短期的な目標ではなく、3年後、5年後にどう生活していくか、社会でどう活躍していくかという長期的な選択肢なのです」

昼休みには中庭でのんびりする生徒も多い。普通科との交流も活発だ

職能開発科では全員の企業就労を目指しているが、それだけがゴールではない、と濱辺氏は続ける。

「職業の重要な3つの要素として、経済性だけでなく、納税による社会貢献や個人の生きがいを満たすことが挙げられます。これは知的障害のある人たちにとっても同じこと。卒業生には、ただ守られる雇用環境でなく、自己実現の一つとして働ける場所へ羽ばたいてほしいのです。東京都では、卒業後も約3年間は学校によるフォローが求められているので、それも見据えてしっかりと関係を築いていきます」

先輩や卒業生がいないという初年度の現状を、メリットにしていきたいとも考えている。

「スタートしたばかりだからこそ、自分たちで学校を作っていくことができるフロンティア感があります。先生たちも意欲的で風通しがよく、アットホームな雰囲気は自慢です。保護者も非常に協力的で、入学式では在校生の代わりに校歌を歌ってくれました。事前に渡したCDや楽譜、動画を見て、校歌を覚えてきてくれたのです。両親だけでなく祖父母や親戚を連れてきた家族もあり、1年生しかいないにもかかわらず、入学式はとてもにぎやかでした。学校への期待の大きさを感じましたし、それに応えたいと強く思っています」

2027年には、同校の職能開発科から初めての卒業生が巣立つ。そのときには「本校の先輩が働く会社で生徒が研修する取り組みを作り、それを伝統にしていきたい」と話す濱辺氏。「卒業生も張り切って教えてくれるでしょうし、生徒も自分の未来像がリアルに描けて、双方にいい効果があるはず。今からそれが楽しみです」とにっこりした。

(文:鈴木絢子、写真:東京都立八王子南特別支援学校提供)