コロナ後の環境変化や一斉一律の学校教育に疑問

通信制高校に通う生徒数がうなぎ登りに増えている。こんなニュースを聞いたことがあるでしょうか。

文部科学省によると26万4974人、高校生の12人に1人が通信制高校に在籍しています。私立の通信制高校は211校(2023年8月時点、前年度比15校増)で、生徒数は20万7542人(同2万3896人増)と大幅に伸びている。

もともとは、戦後に全日制高校に進学できない勤労青年などに後期中等教育の機会を提供することを目的として制度化され、60年以上の歴史がありますが、ここまで通信制高校の在籍者数が増えた理由は、小中学校の不登校の数の増加と無縁ではありません。

2022年度の不登校の児童生徒数は、前年度から5万4108人(22.1%)も増加して29万9048人。そのうち中学生が19万3936人となっていることを以前の記事でも書きましたが、さらに不登校傾向の子どもも5年間で8万人も増えていて、中学生の約5人に1人が「不登校」また「不登校傾向」であることもわかっています(認定特定非営利活動法人カタリバ「不登校・不登校傾向の子どもの実態調査」)。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

通信制高校が、こうした「不登校」また「不登校傾向」の生徒の受け皿になっているのは、間違いありません。しかし、急激に伸びている理由はそれだけではありません。コロナ後、学ぶ環境が大幅に変化し、一律の環境の中で過ごすことに抵抗を感じる生徒が増加したことも大きいでしょう。

また、教育特区(教育関連の構造改革特区)により、株式会社立の高校の設置も認められ、イノベーター養成講座やeスポーツ、学校内コンテストなど、既存の全日制高校にはないプログラムを提供する学校が出現し、既存の一斉一律の学校教育に疑問を持つ生徒にとっての新たな選択肢の1つになっているようです。

角川ドワンゴが運営するN校・S校は、両校合わせて2万8942人の生徒が在籍(2024年5月1日時点)。通信制高校の一般化に一役買ったと言えるでしょう。高校の通信制の実施校は、ここ5年で210校から290校に急増していますが、その背景は、上記の理由のほかに、私立の全日制高校が通信制高校を併設するようになっていることも挙げられます。

こうした環境の変化もあり、最初から全日制ではなく、通信制高校を選択する生徒も増加しているのです。実際私の周りでも、公立高校の併願校として、全日制私立高校ではなく通信制高校を選択する例がありました。

通信制高校の卒業は簡単ではない!?

このように、拡大している通信制高校ですが、その仕組みや実態がよくわからないという人も多いでしょう。まず、基本的な通信制高校の仕組みについて見ていきましょう。通信制高校には、「広域通信制高校」と「狭域通信制高校」の2種類があり、入学できる都道府県の範囲が違います。

入学できる地域が3都道府県以上ある広域通信制高校は、私立校に多いです。キャンパスやスクーリング会場を複数用意し、全国から生徒を募集している学校もあります。一方、狭域通信制高校は入学できる地域が「学校のある県」と「隣接する1都道府県程度」に限られて認可されます。

全日制高校や定時制高校と同じく、所定の単位を取得して高卒資格を得られます。基本的に自宅などで個別に学習を進め、郵送やネットで各教科のレポートを提出、単位認定テストを受けることで単位を取得していきます。それ以外に、スクーリーングへの出席が義務付けられており、最低3年間以上在籍が求められます。毎日学校に通う全日制とは違い、個々の状況に応じて柔軟に学習できることがメリットです。

一方、卒業に関しては、必ずしも簡単ではありません。とくに公立の通信制高校は、学習サポートは手厚くないので、卒業率が50%を切る学校もあります。聞くところによると、地域の進学校が通信制を併設している例も多く、親としては通信制でもそこに通っていると言えばメンツが保てるので選択するが、実際卒業できずそのまま家にこもってしまうという事例もあるようです。

そもそも、自律的な学習は、生徒自身のモチベーションが必要ですし、中学校までに学習体験が少ない生徒にとっては、なおさら自力でレポートを提出して単位を修得するのは簡単ではありません。

そこで生み出されたのがサポート校でした。通信制高校の中には、独自に生徒の学習サポートを行うコースを併設しているところもありますが、多くは実施校がいくつかのサポート校と提携しています。

ただし、サポート校だけでは高卒資格が取れないので要注意。大抵はいずれかの学校と提携していますが、中には提携していないところもあるので確認が必要です。そこで25年間にわたり、この世界を見てきた明蓬館高等学校・校長で理事長の日野公三氏に、通信制高校やサポート校の今とこれからについて、聞きました。

この5年で急増する「サポート校」大手も参入

現在1500校以上あると言われるサポート校ですが、ここ5年で急激に増えています。

日野公三(ひの・こうぞう)
明蓬館高等学校 校長兼理事長
岡山大学法文学部卒業後、リクルートを経て2000年東京インターハイスクール、2004年アットマーク国際高等学校創立、理事長・校長に就任。2009年明蓬館高等学校を創立、理事長に就任。2012年から校長も務める。発達に課題のある生徒を積極的に受け入れる方針を掲げ、2013年にSNECを品川・御殿山に設立。以来、全国の主要都市にSNECを開設している
(写真:本人提供)

発展してきた背景には、「生徒や保護者のWants とNeedsを汲み取り、それぞれを切り分けながら事業者が独自の取り組みを行い、経営努力を重ねてきたことが挙げられる」と日野氏。長い時間をかけて草の根的に広がってきたと言います。最近は少なくなってきましたが、中には客商売のようにWantsに迎合し、簡単に卒業できるかのような表現をするところもありました。

サポート校は、塾やフリースクールが設立するケースも多いのですが、今年7月に教育事業大手ベネッセコーポレーションがこの分野に進出し、2025年にBe高等学院を設立すると発表して話題になりました。Be高等学院も、サポート校の1つです。

サポート校の目的は、通信制高校を3年で卒業するための支援を行うことであるため、学習支援のための授業を行ったり、学習計画の相談に乗ったり、精神的なケアをしたりします。

Be高等学院は、進路指導の一環として、「自分のテーマ」を自己決定していく未来発見プログラムを提供し、やりたいことを見つけていくサポートをすると言っています。

一方、日野氏の経営する明蓬館高等学校では、発達上の課題などのスペシャルニーズに対応。本校スクーリングやマイプロをはじめさまざまな観点からの評価を行います。

こうした特徴を打ち出すようになったのは、2007年ごろから。発達障害が疑われる生徒が増加していること、そういう子どもの特性を知ってサポートする必要性を実感したことからでした。2013年に教員のほかに臨床心理士(相談員)や福祉系人材(支援員)がチームとなってサポートに当たるSNEC品川(すねっく:スペシャルニーズ・エデュケーションセンター)を立ち上げ、以来実績を積み上げてきました。

現在は日本各地にSNECと名の付く学習センターを30カ所開設。開校当初5人だったSNECの生徒数は現在600人。発達に何らかの特性のある子どもたちだそうです。

明蓬館高等学校の福岡本校舎(左)、品川・御殿山SNEC(右上)、横浜・関内SNEC(右下)
(写真:明蓬館高等学校提供)

実際、全日制の学校でも、知力は高いが発達に特性のあるグレーゾーンの生徒が増えていて、中学校の進路指導では特別支援学校を勧められてしまうが、それに納得のいかない保護者や本人が個別のサポートを求めて来るのです。日野氏によると、「勉強したいが一般の学校ではそれが難しい生徒の行き場所がないのが実態だ」と言います。

明蓬館には中等部もあり、最近は小学校低学年の子どもを持つ保護者からの問い合わせも増えているそうです。

教育に科学を持ち込む必要性

SNECでは、特別支援を行う団体や社会福祉法人と連携し、子どもたちの自己理解を促すためのアセスメントを活用。心理テストを実施するなどして、それぞれの特性に合わせた学習支援プログラムを構築します。発達に特性のある子どもは、何かにはまると没頭できる連続耐性を持っている場合があります。そのためには本人が自分で選択し、決定する主体になれるような適切なサポートが必要なのです。

自分のテーマを発見するために、マイプロという個人探究の時間を継続的にとり、その成果を発表するマイプロアワードも実施してきました。これなどは以前紹介した渋谷区の例のように、全日制の学校にも広がっている取り組みです。

「20年間やり続けてきた中で、マイプロを通して才能を発見するケースも多くみてきたが、才能を発見するためには、科学的なアプローチで自分の特性・強みを知ることが欠かせない。困った子ではなく、困っている子という目線で温かく見守り、それぞれの立場の専門性を生かして、チームで生徒を支援していきます」と日野氏。

SNECに通ったことで自らの強みに気づき自立していく生徒たちも大勢います。その1人が亀谷銀海さん。彼は、中学に入学してから人とのコミュニケーションに悩みがあり、中学2年生で「自閉スペクトラム症」と診断され不登校に。

アーティスト・GINGAとして活動する亀谷銀海さん
(写真:明蓬館高校提供)

しかし現在は、アーティスト・GINGAとして活動しています。「通信制高校を選択したことで、人と比べなくてもいいんだと思えるようになり、心にも体にも余裕が生まれました。中学では不登校になり生きづらさを感じていましたが、好きなことを伸ばす明蓬館高校の教育方針で、自分の価値観も大きく変わりました」と言います。

サポート校の役割は、生徒一人ひとりの学びをサポートすることですが、学習支援だけでなく、その特性に合った個別支援を行うことが欠かせないのだと感じました。

しかしこれは、発達に特性のある子だけに求められることではないでしょう。ホームスクーリングが広がっているアメリカでは、個性に合わせた学習スタイルを科学的に提案するプログラムが充実しているそうです。

個別最適化という言葉が教育現場に浸透し始めていますが、日本でも発達に特性がある生徒だけなく、すべての子どもたちが科学的なアセスメントを受け、それぞれの得意を見つけていくことができたらいいのではと、日野氏の言葉を聞きながら感じました。

「全日制高校が逆に通信制高校から学び、今後巻き返しを図ってくるだろう。自分はそれを期待している」と日野氏。

多様な学びの場が広がり、最近はメタバースの学校も出てきています。子どもたちが生きる22世紀を想像し、これからの教育はどうあるべきなのかを考えたときに、それぞれの尊厳を守り強みを生かすというのは、キーワードの一つなのかもしれません。

(注記のない写真:zon / PIXTA)