
第1回:タワマンブームの源流「エルザタワー55」の全貌
第2回:川口タワマン「エルザタワー」 用地取得の全内幕
第3回:大不況を3度生き抜いた大京「鬼軍曹」が泣いた日
第4回:「青田売り&等価交換」で業界の常識を変えた大京
第5回:マンション王国「大京」、女性営業第1期生の証言
第6回:大京の危機の起点「紀尾井町ビル用地」高値落札
第7回:大京がのめり込んだ豪州「1000億円投資」の顛末
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「そんな金額じゃ、売れない」
1998年3月。恵比寿ガーデンプレイスにある米モルガン・スタンレーの会議室は深夜になっても明かりが落ちなかった。
「じゃあもう、買わなくていいですよ」
大京の海瀬和彦がそう言った瞬間、場の空気が張り詰めた。向かいに座るモルガン・スタンレーのソニー・カルシは、表情を動かさず、資料を静かに閉じる。
その様子を見据えていたのが、外資系金融機関との橋渡し役として、ここまで交渉の道筋をつくってきた大京の廣田潔だった。
テーブルの中央には、大京が抱える売れ残りマンション──いわゆる「長期滞留資産」の資料が積み上がっている。全体で3000戸以上。そのうち約1200戸、簿価にして約350億円分の売却候補がきれいにファイリングされていた。
交渉では英語と日本語がぶつかり合い、通訳が何度も割って入る。主力行の三和銀行から「早く決めろ」という催促が届いていたが、それでも海瀬は譲らない。
「そんな金額じゃ、売れない」




















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