有料会員限定

大京「横山学校」卒業生が日本の不動産業界を牽引。OBが多くの上場企業生み、マンション業界の土台に

✎ 1〜 ✎ 7 ✎ 8 ✎ 9 ✎ 10
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

有料会員限定記事の印刷ページの表示は、有料会員登録が必要です。

はこちら

はこちら

縮小
「伝説のマンション王国 大京」連載バナー

特集「伝説のマンション王国・大京」の他の記事を読む

大京──。1978年から2006年まで、29年の長きにわたってマンション発売戸数首位であり続けた企業だ。2000年代半ばに経営危機に陥って以降、業界でも有名な「猛烈営業」は鳴りを潜めたが、確実にマンションの一時代を築き上げた。その大京を連載で描くことは、日本のマンションブームの核心に迫ることでもある。

第1回:タワマンブームの源流「エルザタワー55」の全貌
第2回:川口タワマン「エルザタワー」 用地取得の全内幕
第3回:大不況を3度生き抜いた大京「鬼軍曹」が泣いた日
第4回:「青田売り&等価交換」で業界の常識を変えた大京
第5回:マンション王国「大京」、女性営業第1期生の証言
第6回:大京の危機の起点「紀尾井町ビル用地」高値落札
第7回:大京がのめり込んだ豪州「1000億円投資」の顛末
第8回:大京「売れ残り物件」の一括処理をめぐる秘話
第9回:大京「ライオンズ」生んだ創業者の壮絶な人生
※第1回は、無料会員は全文をご覧いただけます

「道場」と呼ばれた営業部

東京・千駄ヶ谷にかつて「道場」があった。大京本社ビルの3階と4階にあった同社営業部だ。大京の創業者・横山修二は、これらのフロアを「道場」と呼んでいた。

営業部は単なる職場ではない、剣道や柔道の稽古場のように精神と人間力を鍛える場である──そんな意味が込められていた。

JR千駄ケ谷駅の改札を出て西へ歩いて8〜9分。この地に1965年、大京は本社を移した。以後、事業拡大に伴い、建て替えや移転を繰り返したが、一貫してこの千駄ヶ谷周辺を拠点としてきた。

そしてこの「道場」は、後に「横山学校」あるいは「千駄ヶ谷学校」と称されるほど、日本の不動産業界を牽引する多くの経営者を輩出することとなった。

次ページ最初期の独立者たち
関連記事
トピックボードAD