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なぜ「文章より動画」なのか?長文読めぬ若者を取り巻く世界/『本を読めなくなった人たち』著者・稲田豊史氏に聞く

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『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』の著者
[著者プロフィル]稲田豊史(いなだ・とよし)/ノンフィクションライター。1974年生まれ。横浜国立大学卒業。新卒でギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社し、キネマ旬報社を経て独立。『映画を早送りで観る人たち』『ポテトチップスと日本人』『このドキュメンタリーはフィクションです』『ぼくたち、親になる』など著書多数(撮影:尾形文繫)
人々が本を「読めなく」なっていると同時に、文章は「安売り」されている──。Z世代への調査、メディア関係者への取材を基に、テキストメディアの現在地を論じた新刊が注目されている。著者の稲田豊史氏に話を聞いた。

本来の価値が毀損されている

──本書は、ベストセラーになった『映画を早送りで観る人たち』の続編として出版されました。

『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(稲田豊史 著/中公新書ラクレ/1210円/296ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

前著では、映画や映像が安くなっている現状を書いた。

映画を観る際の費用はどんどん下がっている。映画館で観る新作よりも、旧作でその変化が大きい。

レンタルビデオ店が主流だった時代は、VHSやDVDなど物理パッケージが300〜400円で貸し出された。今は1カ月1000円程度のサブスクリプションサービスを利用すれば、自分の端末で何万もの作品から見放題だ。サブスクの普及と現代的なコスパ(費用対効果)・タイパ(時間対効果)の価値観が結び付き、映画は早送りで流し見してもよい対象となってしまった。金額の面でも、作品の鑑賞の仕方の面でも、本来の価値が毀損されている。

そして文章の世界でも、同じことが起こっている。ネット上のコンテンツは「無料で読めて当たり前」というのが多くの人の認識だ。こうした問題意識から、前著出版後すぐに本書の企画が始まった。

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