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〈苛酷な再建の現在地〉工場再編が進み、ようやく息を吹き返す日産と取引先⋯それでも見えぬ「リストラ後の復活」の姿

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河西工業の本社および寒川工場。日産の神奈川県内の工場生産終了を受けて一時は本社工場の閉鎖も検討されたが、再建が進み維持する方針に決めた(写真:編集部撮影)

自動車部品メーカー・河西工業(神奈川県高座郡寒川町)の古川幸二社長は、1月の新年仕事始めに本社近隣にある寒川神社を参拝し、会社の再建を祈った。おみくじを引いたら結果は「大吉だった」と言う。

あらゆる悪事災難を取り除く八方除(はっぽうよけ)の守護神として知られる寒川神社は、源頼朝や武田信玄も信仰したという約1600年の歴史を持つ名社だ。

そのご利益にすがりたくなったのも無理はない。近年の河西工業はまさに八方塞がりの状態にあった。同社の売上高に占める日産自動車向けの割合は5割強。ドアや天井などの内装部品を世界各地で生産するが、主取引先である日産の生産台数減やコロナ禍が重なり2025年3月期まで6期連続の最終赤字が続いた。

休日返上で上場廃止を回避

資金繰りに窮した河西工業は24年11月に日産からの救済出資を受け入れ、日産出身の古川氏がトップに送りこまれた。だが、経営再建に着手しようとした矢先に今度は筆頭株主である日産が経営危機に陥り、トランプ関税の暴風が吹き荒れる。

さらに過去に対処を終えたはずの海外子会社での不適切な会計処理問題が再び発覚。25年6月末の有価証券報告書の法定提出期限や、延長した9月の期限にも間に合わず、上場廃止の瀬戸際に追い詰められる。河西工業の関係者は休日返上で出社して膨大なデータ修正作業を行い、3度目となる期限当日(10月8日)になんとか提出。ギリギリで上場廃止を回避した。

取引先の間では、「(25年6月に2度目の経営破綻に陥った)マレリのように、早晩、経営が立ちゆかなくなるのでは」と危惧されていた河西工業。だが、足元では巨額の赤字を計上していた北米工場での生産品質改善や人員削減が進む。

25年3月に長年赤字が続いたドイツ事業を売却、同12月にはインドの工場の生産を終了したほか、26年1月には新たに群馬県の館林工場、タイのピントン工場の閉鎖を決めた。

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