志賀俊之(しが・としゆき)/日産自動車元COO、INCJ元会長兼CEO。1953年生まれ。76年大阪府立大学経済学部卒業、日産自動車入社。2005年COO、13年副会長。15年産業革新機構(のちINCJ)会長兼CEO (撮影:梅谷秀司)
古巣の日産自動車が経営危機にある中、志賀俊之氏(日産自動車元COO、INCJ(旧産業革新機構)元会長CEO)の証言を全4回に分けてお届けする。
東日本大震災時、私は日本自動車工業会会長だった。翌土曜日に自工会に災害対策本部を立ち上げて、各社社長と携帯電話で「連携して復旧をやりましょう。どこの工場が被災しているか、どの部品が出なくなるかなど、すべて情報共有しましょう」などとやり取りをした。
これには2007年の中越沖地震の反省がある。部品メーカーの工場が被災したため、各自動車メーカーの工場も止まった。業界で調整を行わず、自社への優先的な部品供給を狙って各社が復旧要員を送り込んだ。現地で食品を大量に購入して被災者から苦情があった。人命救助が最優先されるべき段階なのに、自動車メーカーの「生産を再開したい」というエゴが出てしまった。
数千人が奮闘して早期の復旧が果たされた
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