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2000年代、社会現象にもなった「mixi」/SNSが友人関係を初めて可視化した/2006年には東証マザーズに上場し、うねりは最高潮へ

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笠原健治(かさはら・けんじ)/MIXI取締役ファウンダー。1975年生まれ。99年イー・マーキュリー(現MIXI)を設立、社長就任。2004年SNS「mixi」をリリース。13年会長、21年から現職(撮影:ヒダキトモコ)
人が人を呼ぶSNSサービス「mixi」(ミクシィ)を手がけた、笠原健治氏の証言を全3回に分けてお届けする。

大学は東京大学経済学部の経営戦略ゼミ。そこで米マイクロソフトや米アップルの創業者たちのストーリーを見て、知れば知るほどこの世界はエキサイティングと思った。1990年代後半にアメリカでアマゾン、日本でヤフーが現れ、ネット産業が注目され始めたころだ。

21世紀に入ってから25年ほど経過した。この四半世紀を振り返り、その間の主な出来事や経済社会現象について、当事者たちの声を掘り起こしていく

在学中の1997年にはネット求人広告の「FindJob!」を立ち上げた。当初は企業に相手にされなかったが、徐々に反応があり、1年後には軌道に乗った。1999年にはイー・マーキュリー(現MIXI)を設立。とはいえ、法人化したものの組織の作り方などがわからず、苦労した。

ネット求人の次には、ネットオークションの「eHammer」を(当時オン・ザ・エッジ社長の)堀江貴文さんと開始。ただ、ネットオークションも、(楽天やDeNA、ヤフーなど)大手との競争が次第に激しくなっていった。

留学生から聞いた、米国のSNS事情

そんなとき、社内にいたインドネシア留学生のバタラ・ケスマ氏(のちのCTO=最高技術責任者)を通じて、米国の「フレンドスター」というSNS(交流サイト)の存在を知った。

それまでSNSを見たことはなかったが、名前や顔写真を公開し、つながっていることに驚いた。それゆえに結びつきが強く、人が人を呼ぶサービスで、これはやるべきだなと。自分も含めて4人で立ち上げ、2004年2月に「mixi」(ミクシィ)をリリースした。

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