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「mixi」投入後、2008年にはフェイスブックやツイッターなど外資のSNSが日本に上陸。スマホ時代に友人関係も古くなっていった

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笠原健治(かさはら・けんじ)/MIXI取締役ファウンダー。1975年生まれ。99年イー・マーキュリー(現MIXI)を設立、社長就任。2004年SNS「mixi」をリリース。13年会長、21年から現職(撮影:ヒダキトモコ)
「mixi」で日本にSNS(交流サイト)を普及させた、笠原健治氏(MIXI創業者、取締役ファウンダー)の証言を全3回に分けてお届けする(第2回)。

2008年にアメリカ発のSNS(交流サイト)である、「フェイスブック」(FB)や「ツイッター」(現X)が日本に上陸した。最初は意識しなかったが、2~3年ほどたつと、次第に日本市場向けにうまくアジャスト(調整)して、ユーザーになじみ始めていた。

21世紀に入ってから25年ほど経過した。この四半世紀を振り返り、その間の主な出来事や経済社会現象について、当事者たちの声を掘り起こしていく

さらには2007年にアメリカで登場したアップルの「iPhone」も翌2008年には日本で発売。まだ発展途上だったが、バージョンアップを重ねるごとによくなってきた。グーグルの「アンドロイド」を搭載したスマートフォンも現れ、国内でも“ガラパゴス・ケータイ”からスマホの時代へ変わるタイミングだった。

その後も「LINE」や「インスタグラム」が花開いていった。ユーザーのスマホへの移行、競合SNSの参入と、4~5つのことが同時に起こったのだ。それぞれ、短文テキストや写真共有などの特徴があり、手ごわかった。

かつての人間関係が古くなっていった

mixiも、2011年3月に発生した東日本大震災で電話の代わりに活用されるなど、社会に貢献した部分もあった。東北地方では、炊き出しの連絡などで「助かった」などと感謝されて、すごく使われているのがわかった。

当時思ったのは、mixiは2004年のリリースから7年ほどたち、各ユーザーのマイミク(友だち)が古い人間関係となっていたことだ。大学時代の友人が就職を機に徐々に疎遠となるなど、ライフスタイルが変わっていく流れに対し、サービス内のつながりが当時のまま固定化されてしまっていたのが、大きな障壁だった。

もちろんmixiでも、つながりをリフレッシュ(更新)できるようにしたり、新たな楽しいコミュニティを作ったりすることに取り組んだ。スマホへの対応も急いだ。しかし、まだ不十分で、競合相手に対抗するのはなかなか難しかったと思う。

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