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日産を変えたゴーン氏。だが当初の商品重視の姿勢から、拡大志向に転じていく。個人の野望を追う姿には、彼のコンプレックスを感じた

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志賀俊之(しが・としゆき)/日産自動車元COO、INCJ元会長兼CEO。1953年生まれ。76年大阪府立大学経済学部卒業、日産自動車入社。2005年COO、13年副会長。15年産業革新機構(のちINCJ)会長兼CEO (撮影:梅谷秀司)
古巣の日産自動車が経営危機にある中、志賀俊之氏(日産自動車元COO、INCJ(旧産業革新機構)元会長CEO)の証言を全4回に分けてお届けする。

1998年に日産自動車とフランスのルノーとの提携交渉が始まり、私は交渉担当となった。10月か11月、極秘裏に来日したカルロス・ゴーン氏に初めて会った。すごい迫力で、「この人が社長になったら日産は助かるかもしれない」と直感した。

21世紀に入ってから25年ほど経過した。この四半世紀を振り返り、その間の主な出来事や経済社会現象について、当事者たちの声を掘り起こしていく

日産は彼をリーダーとして非常によくまとまった。バラバラだった組織が1つになった。そして、いわゆる「ゴーンショック」として知られるように、調達先を絞って購買コスト20%低減を断行。「やればできる」という実感を現場に与えた。

強く印象に残っているのは、日産が保有していた富士重工業株について「倒産寸前まで行ったのに何でこんな株があるのか」と売却させたこと。さらに系列を解体し、約700社あった関係会社の株も「4社を残して全部売れ」と。

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