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ROEと労働生産性を上げる「ぼったくり」の魔法…株価と賃金が上がってもハッピーでないのは日本企業の美学が失われたから

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前回までの話をまとめると、

1:失われた30年とは、経済が失われたのではなく、日本経済を動かすシステム、いわばOSが失われていた30年間というのが正しい。

2:1960年代までの日本モデルの延長線上に21世紀の企業行動があり、まったく経済社会構造と不適合になったのに、その不適合からの不都合な結果を、無理やり押しつぶそうとしたために、機能不全の古いシステムと、システム化されない新しい経済構造への表面的かつ局所的な部分対応の集積が併存することとなった。

3:この状況を深刻なものとしたのは、80年代のバブルであるが、それと同時に、日本企業の2つの行動原理、「横並び」と「価格を戦略としない」が不変であったことが、根本的、原理的要因である。

4:この価格を戦略としない、ということが、生産量、雇用量の維持という現象としての行動パターンとなり、現状維持志向とも揶揄される状態を生み出した。しかし、その本質は、量の確保がすべてとなった結果、価格は二の次、つまり、利益も賃金も二の次になり、その本質は、質の無視、ということになり、日本経済は質が低下していったという問題である。

5:バブル崩壊の処理に終始した「失われた10年」が、新システムが不在の次の見通しの立たない2000年代の10年をもたらし、さらに、古いシステムと、00年代の局所対応によって生じた使用済みの絆創膏という多くのゴミの集積で、20年代の10年も古いシステムとゴミに埋もれたものとなり、新しいシステムを提起できない日本経済は、「失われた30年」と呼ばれてしまった。

となる。

ベストを尽くす官僚がもたらす問題

ここで、ゴミとは、局所対応で、接ぎ木に接ぎ木を重ねた、部分対応の法律・制度を作ったが、それが数年経つと無用の長物となるだけでなく、次の制度へ移行するための障害となっている状況を指す。

このようなゴミがたまりにたまっているのが、日本の制度なのである。

また、日本人の性癖か、内閣法制局あるいは日本の法曹の考え方なのか、以前の法制度との整合性を極端に重視するために、過去の法制度との継続性が複雑に絡み合って、がんじがらめで、新しい制度を作るのに、どこから手を付けていいのかわからなくなっている状況である。

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