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経営危機に直面する日産自動車。自力再建を不可能にした原因は、90年代の北米で「高値買い戻しのリース販売」に手を染めたことだった

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志賀俊之(しが・としゆき)/日産自動車元COO、INCJ(旧産業革新機構)元会長CEO。1953年生まれ。76年大阪府立大学経済学部卒業、日産自動車入社。2005年COO、13年副会長。15年産業革新機構会長兼CEO (撮影:梅谷秀司)
古巣の日産自動車が経営危機にある中、志賀俊之氏(日産自動車元COO、INCJ(旧産業革新機構)元会長CEO)の証言を全4回に分けてお届けする。

日産の現状は1990年代後半と似ている

古巣の日産自動車が経営危機にある。1990年代の危機と非常に似ている。

76年に入社して傍流のマリン事業部に配属された。その後、中国事業やインドネシア駐在を経て97年に経営企画室に移り、当時の塙義一社長の下で「98年〜2000年の中期経営計画」を作成した。だが、どのようなシミュレーションをしても赤字を脱却する計画をつくれなかった。

21世紀に入ってから25年ほど経過した。この四半世紀を振り返り、その間の主な出来事や経済社会現象について、当事者たちの声を掘り起こしていく

バブル期に世界中に投資をした日産は、生産能力と人員、借金という「3つの過剰」に陥っていた。加えて、98年にはアメリカで高値の買い戻し付きのリース販売という、絶対にやってはいけない手法に手を出してしまった。買い戻し価格が高すぎて中古車として売れず、数百億円規模の損失を出した。当時は連結決算が主流ではなかったのであまり知られていないが、日産の自力再建の道が絶たれたのは実はこの件がきっかけだった。

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