日産の現状は1990年代後半と似ている
古巣の日産自動車が経営危機にある。1990年代の危機と非常に似ている。
76年に入社して傍流のマリン事業部に配属された。その後、中国事業やインドネシア駐在を経て97年に経営企画室に移り、当時の塙義一社長の下で「98年〜2000年の中期経営計画」を作成した。だが、どのようなシミュレーションをしても赤字を脱却する計画をつくれなかった。
バブル期に世界中に投資をした日産は、生産能力と人員、借金という「3つの過剰」に陥っていた。加えて、98年にはアメリカで高値の買い戻し付きのリース販売という、絶対にやってはいけない手法に手を出してしまった。買い戻し価格が高すぎて中古車として売れず、数百億円規模の損失を出した。当時は連結決算が主流ではなかったのであまり知られていないが、日産の自力再建の道が絶たれたのは実はこの件がきっかけだった。




















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