志願者が殺到する「学校らしくない学校」とは?

立花高等学校には近年、福岡県内だけでなく、関東圏など遠方からも受験者が集まる。その8割が不登校経験者だ。募集定員は150名だが、ここ数年は専願入試の時点で200名を超え、9月の後期入学者の試験を実施できていないという。生徒から「校長ちゃん」の愛称で親しまれている学校長の齋藤眞人氏は、志願者が殺到する理由について、こう分析している。

学校長の齋藤眞人氏は2004年に教頭として立花高等学校へ赴任。2006年から現職。イラストの「校長ちゃん」は生徒が描いた

「1つは、不登校の子の選択肢が少ないこと。近年、通信制高校やフリースクールなど進路の選択肢は以前より増えています。しかし、出席日数が足りないと合格の対象とならない全日制の高校はまだ多く、本校のように不登校生の自立支援を掲げる全日制高校は珍しい。そのため全日制を希望する子は、必然的に本校が候補になるのでしょう。もう1つの理由は、本校が『学校らしくない学校』であること。『こういう学校なら行きたい』と思う子が増えているのだと思います」

「学校らしくない学校」とは、どういうことか。

同校には1957年の創立以来、受け継がれてきた教育理念がある。それは、創設者の安部清美氏の教育格言「一人の子を粗末にする時、教育はその光を失う」というものだ。

1970年代後半に全国から中途退学者を受け入れ始めた同校では、1994年に学内不登校委員会を設置。1996年には登校が難しい生徒のために教員が放課後に公民館などに出向く学校外教室や、適応指導学級(現サポート学級)を設けるなど先進的な取り組みを行ってきた。

さらに2003年には全日制・単位制を導入し、必修を含む77単位以上を修得して3年以上在籍すれば卒業できるようにした。学年で教育課程を区切っていないので留年という概念がなく、学力に応じた基礎学習のサポートや、生徒たちの希望を基に展開している「ワールド」という授業などもあり、生徒たちは自分のペースで興味や関心に応じた科目を学べる。約30年にわたり、不登校生徒の自立支援に力を入れてきた同校ならではのシステムだ。

「長らく私が訴えていることですが、学校はもっと柔らかくあってよいと思います。だから私たちは、生徒さんが安心して過ごせることを何より大切にしています。校則はほぼありませんし、学校という価値観で語れないほど同調圧力がなく、先生も高圧的な接し方をしません。個々の特性に配慮した環境も整えています。本校の教育システムはそうしたマインドそのもの。誤解を恐れずに言えば、“ぬるい学校”なんです」

教室前面に掲示物はなく、両サイドの連絡板も授業中は隠す。各教室の時計は、デジタルとアナログの両方を設置(上)するほか、静寂を保つために机やいすの脚はテニスボールで覆う(左下)など、生徒の特性に配慮。北欧の学校環境を参考に、展望ラウンジ(右下)など生徒の生活空間の家具は主にスウェーデン製のイケアを選んでいる

ただし、生徒の自己選択、自己決定が認められているというのは、裏を返せばリスクを背負うのも生徒だということ。齋藤氏はこう続ける。

「例えば本校では、授業に出ない選択も認められますが、休んで出席日数が足りなくなったらその結果を背負うのは生徒さんだと考えています。つまり“ぬるい学校”と言ったのは、甘い学校というわけではなく、自由度が高い学校だということ。そんな本校の雰囲気に憧れて入学を希望する子が多いのですが、それだけ今の学校は圧が強いということではないでしょうか」

生徒の自主性と自立に寄り添う「伴走型支援」

齋藤氏は、全国的に不登校が増え続けて社会問題化している状況について、「不登校が増えたと騒ぐのは、子どもたちに問題があると言っているのと同じ」だと指摘する。

「最も重要なのは学校を居心地よくすること。文科省が示す不登校対策『COCOLOプラン』でも『みんなが安心して学べる場所にする』ことが盛り込まれ、少しずつ変わってきているのは感じますが、このマインドこそが最重要として掲げられるべきだと思います」

とくに児童生徒を学校に戻すことが大前提だった従来の不登校対策について、「避難所に逃げてきた子を被災地に戻すようなもの」と齋藤氏は表現する。被災地も人が住める状況になっていなければ戻れないように、「学校を心地よく整えなければ子どもたちは戻れない」と同校では考えている。

「これまで多くの学校では『1人でいる子に手を差し伸べて引き上げる』『引きこもっている子の手を引っ張って学校に来させる』といった介入型支援が行われてきました。しかし、介入型支援は『あの子は俺がこう声をかけて回復したよ』といった具合に生徒さんの頑張りが教員の自己満足にすり替わりやすい。生徒さんも『あの先生じゃないとだめ』と依存してしまいますし、逆にその教員と噛み合わない生徒さんにとっては地獄です」

そのため同校では、生徒の自主性と自立を大切にする「伴走型支援」を目指しているという。

「手を差し伸べるのではなく、生徒さんが立ち上がりたいと思ったときに掴める手がそこにあるかどうか。そこにとことんこだわっています。『どうしたと?』から入って『どうしたいと?』と聞き、『先生はどうしたらいいと?』と問いかけるようにしています」

職員室は生徒たちの動線の中にあり(左)、生徒の出入りは自由。昼休みもにぎわっている(右)

しかし、そうした伴走型支援は簡単なものではないだろう。教員にとって苦しい面もあるのではないか。とくに新しく赴任してきた教員にはいかにして同校のやり方を伝えていくのか。

「おっしゃるとおり、先生方の葛藤や大変さは相当なものだと思います。私たちが受けたことのない教育をやっているので、『怒鳴ればうまくいくのでは』と考えてしまうこともあるでしょう。しかし、最低限のことを伝え、私が日々思うところなどを毎朝Slackで共有していますが、意思統一を図るようなことはしていません。共通理解という名の下に先生の個性を均一化すれば、従来型の教育スタイルと変わらなくなってしまいますから。大人が思想的に統一されるのは危険で、『待って、それは違うんじゃない?』と言えることが重要だと思っています。そうした中で醸成される職員室の柔らかい雰囲気を私は何よりも信頼しており、新任の先生にもその雰囲気に自然な形で染まっていってくださればと考えています」

福祉事業所やフリースクールも設置、当たり前を変えていく

生徒の自主性や自立を大切にする同校は、卒業生の将来を見据えた取り組みも行っている。

「進路としては大学や専門学校への進学あるいは就職があり進路指導自体も他校となんら変わりませんが、知的障害や発達障害のある生徒さんの中には就労支援施設を選ぶ子も多いです。卒業して社会に出るまでもう少し準備を要する子のための支援も行っています」

具体的には、パイルアップたちばなという株式会社を設立して子会社化し、就労継続支援A型事業所として校内の学食「ママズカフェ」を運営している。卒業生は同社と雇用契約を結び、調理、接客、校舎内外の清掃などを担う。このように卒業後までシームレスに就労支援を行う私立高は非常に珍しい。

学食「ママズカフェ」。地域にも開放している

「学校法人が福祉事業所を併設するという先例がなく立ち上げに苦労しましたが、7年前に認可が取れました。A型事業所は雇用主と雇用契約を結ぶことで最低賃金が保障されているのですが、とくに本校は家計を支える立場の生徒さんも極めて多く、一定のお給料をもらいながら就労支援を受けられるというメリットがあります。定員は10名で在籍期間は2年をメドにしていますが、申請すれば延長も認められます。これまで4〜5名がここから社会に出ていきました」

このように1人ひとりを大切にする同校の人気は高まっているというが、選抜はどのように行っているのだろうか。

「当初は他校さんでも十分やっていける力を有する子たちより、本校でしかなかなか高校生活を送ることができないであろう子たちから合格を出そうとしていました。しかし、それを先読みして『学校に毎日行ったら立花に受からんよ』『通知表は1で揃えなさい』と子どもに言う保護者が出てきたのです。これでは中学校の先生の教育の足を引っ張ることになりますし、そもそも『わざと学校に行かない、点数を取らない』というテクニックを覚える必要なんてありませんよね。こうした状況を受け、学力と面接を同列で評価する選抜に変えました」

しかし、入学希望者は年々増え続けており、毎年数十名の不合格者を出さなければいけない状況が続く。そうした中、同校は2022年に学校の敷地内にフリースクールを作った。

2022年に校内に設置したフリースクール

「県の決まりで定員は増やせません。一方で、高校生対象のフリースクールがほとんどないという現状もありました。そこで、不登校経験者の子たちの居場所をつくることにしたのです。現在は2名が在籍しています。勉強したり、ボードゲームをしたり、学校の外へ行ってみたり、過ごし方は自由。指導は本校の教員が行い、本人が希望すれば本校の授業を受けることもできるようにしています」

さまざまな角度から独自の教育を行ってきた同校。今後取り組みたいことについて、齋藤氏は「学校破壊」を挙げる。

「当たり前だと思い込んでいたことを大胆に変えていきたいということです。これまでも固定担任を廃止し、3人1組のチーム担任制を取り入れるなど、当たり前を変えてきました。これにより生徒さんからは『担任の当たり外れがなくなった』という声が聞かれるほか、先生方はフレックス勤務が可能となって年休も取りやすくなったと言います。本校はずっと生徒さんも先生方も『生徒らしさ・先生らしさ』にとらわれず、服装も自由、化粧もピアスもOK。でも、学校として崩壊しているわけではありません。当たり前を壊し、自由度を高める意義を今後も発信していけたらと思っています」

不登校児童生徒数が毎年のように過去最高を更新し、学校のあり方から見直す必要が出てきている中、今後も同校の取り組みには注目が集まりそうだ。

(文:吉田渓、写真とイラスト:立花高等学校提供)