予想以上に高まる学び直しのニーズ

文部科学省が2014年度から数年ごとに行う「夜間中学等に関する実態調査」によると、夜間中学の生徒の大半は外国籍で、2019年度まで日本国籍の生徒は2割を下回っていた。しかし、2022年度は調査開始以降初めて日本国籍の生徒が3割を超え、現在はさらに増えているとみられる。

2022年4月に開校した相模原市立大野南中学校分校夜間学級の副校長の菅原勝氏は、予想以上に学び直しのニーズが高まっていることを痛感したという。

「開校前の調査では外国籍の方からの要望が多かったのですが、実際に開校してみると意外にも学び直しの日本人の入学が多かった。その多くが不登校だった人たちです」(菅原氏)

菅原勝(すかわら・まさる)
相模原市立大野南中学校分校夜間学級 副校長

3年目を迎えた同校には現在29人(日本国籍20人、外国籍9人)の生徒が在籍し、すでに卒業して高校に進学した人もいる。日本人生徒は開校時から3割を超え、2年目以降は過半数を占めており、首都圏の夜間中学では珍しいケースだ。

しかし、不登校だった人が急に学校に通い続けるのは簡単なことではない。同校ではどのような学びが行われているのだろうか。

校則・号令はなし、“生徒がわかる授業”を追求

9月中旬。同校を訪れると、始業(午後5時15分)の1時間前から生徒たちが自主的に登校していた。空き部屋で自習する生徒もいれば、ラウンジで菓子を食べたり、ゲームをしてくつろぐ生徒もいる。校内への菓子やゲーム機の持ち込みは、通常学級だけでなく、ほかの夜間中学でも見られない光景だ。

空き教室で自習する生徒たちを教員がサポート

「うちには校則はありません。始業後は食事をとる時間はないので、菓子や弁当を食べても構いません。空き時間にゲームをしても問題ありませんし、髪型も服装も自由です。成人の生徒もいますし、全員が学齢を超えているので自主性に任せています」(菅原氏)

授業でも他校と異なる点が見られた。号令や起立はなく、生徒も教員も「よろしくお願いします」「ありがとうございました」とあいさつするだけで、フランクな雰囲気だ。そして、必ず2人以上の教員がつくチームティーチング(TT)が行われ、言語のサポートや手助けが必要な生徒をきめ細かく支援する体制が取られていた。

2人以上の教員がつくチームティーチング(TT)で授業は行われる

「生徒に再び挫折を感じさせないために、必要のないことはやめ、徹底して“生徒がわかる授業”を目指しています。ほかの夜間中学では個別学習のような形や日本人と外国人の授業を分けることも多いですが、うちではサポートしながら学級として一緒に学んでいます。生徒同士が教え合う姿もよく見られますし、集団授業の中で学びを深め合っています」(菅原氏)

副校長の菅原氏もチームティーチング(TT)に入ることも

このようなスタイルに行きついたのは、「授業で勝負したい」という強い思いがあるからだ。

「外国人のための日本語学校にはしない。そして、日本人、外国人を問わず、中学校の教育が必要な人のための学校にしようというのが、開校時からのコンセプトです。夜間は時数が限られるので“何を教えて、何を教えないか”の選別が難しいのですが、月曜に1週間すべての授業について全教員で『その内容で生徒が理解できるか』を検討します。TTには異なる教科の教員がつき、授業後にはフィードバックし合っています。生徒のためにできることは、すべてやるつもりです」(菅原氏)

必要のないことはやめ徹底して“生徒がわかる授業”を目指している。ラウンジで自習する生徒を教員がサポートする姿も見られた

年齢・国籍・考え方の違いに刺激 「私は私のままでいいんだ」

既存の学校と異なるスタイルは生徒に好評だ。1年生の桐生藍さん(36歳)は「先生は親戚のおじさんみたいな感じかな。冗談も言い合えるし、変な質問をしても怒られないので、わからないことはその場ですぐに聞けます。いろいろな生徒がいるので、私は私のままでいいんだなって思えるし、とても勉強しやすい」と話す。

1年生の鈴木咲さん(10代、仮名)も「先生と生徒の関係は平等だし、前に通っていた学校とは全然違う。クラスメイトは年齢も国籍も異なるし、考え方も違うけど、そこが面白い。すごく刺激を受けています」と楽しそうだ。

2人はすでに中学校を“形式卒業”しているが、当時は不登校で授業をほとんど受けておらず、もう一度学び直したいという気持ちを持ち続けていた。

生徒の質問に笑顔を見せる教員

桐生さんは中学卒業後すぐに結婚し、4人の子供を育ててきた。現在は給食調理の仕事をしているが、パートタイムの仕事を探すたびに「高卒以上」という条件に阻まれ、悔しい思いをしてきた。

「テレビで夜間中学のことを知って、もう一度勉強して高校にも行きたいと思っていたのですが、通える距離に学校がなかったんです。でも、1時間半で通える相模原に夜間中学ができ、子どもも大きくなったので、今がタイミングだと思って入学しました。仕事が終わってからバスと電車を乗り継いで通うのは大変だけど、自分のために何もしたことがない人生だったので、勉強できることがすごくうれしい」(桐生さん)

パートタイムの仕事を探すたびに「高卒以上」という条件に阻まれ、悔しい思いをしてきたという桐生さん

鈴木さんは画一的な通常学級の雰囲気についていけず、不登校のまま中学を卒業してしまった。しかし、近隣の相模原に夜間中学ができたことで、一歩を踏み出す決意をした。

「高校に進学することも考えたのですが、学力的にも厳しいと思い、まずは夜間中学で学び直すことにしました。週2、3日登校するところから始め、今は週4日勉強しています。目標は週5日、毎日通うことです」(鈴木さん)

そして、2人はこう口をそろえる。「こういう学校があって、本当にありがたいです。同じように学び直したい人は世の中にたくさんいるんじゃないかな」

本来は通常学級で対応するのが理想

文科省は不登校対策の一環として夜間中学の活用を推進しており、2026年度までに全国12自治体が新たな夜間中学の設置を予定している。

この動きを菅原氏は「新たな学びの場が増えることはよいこと」と歓迎しつつ、「夜間中学を作って終わりになっているところもある。でも、本来は通常学級で対応できることが理想です。夜間を経験した教員が、どのように通常学級に還元できるかが大事ではないか」とも語る。

同校では今年、開校時から在籍した教員の多くが、相模原市や神奈川県内の別の学校などに異動し、夜間中学での経験を広げようとしている。そして、夜間中学の設置を検討している複数の自治体が同校を視察に訪れている。開校3年目の夜間中学から、新たな動きが始まっている。

中野 龍(なかの・りょう)
フリーランスライター・ジャーナリスト
1980年生まれ。東京都出身。毎日新聞学生記者、化学工業日報記者などを経て、2012年からフリーランス。新聞や週刊誌で著名人インタビューを担当するほか、社会、ビジネスなど多分野の記事を執筆。公立高校・中学校で1年2カ月間、社会科教諭(臨時的任用教員)・講師として勤務した経験を持つ。

 

(写真:中野氏撮影)