20年以上の実績、日本初「条例に基づく子どもの救済機関」

兵庫県川西市の「子どもの人権オンブズパーソン」は、いじめ・差別・体罰・虐待などで苦しんでいる子どもたちを救うため、20年以上前に市の条例により創設された公的第三者機関だ。

1990年代以降、全国の学校で深刻ないじめの問題がクローズアップされたことが創設の背景にある。当時、同市もいじめ問題を重要視し、小・中学生にアンケート調査を実施。すると、クラスで1~2人の子どもが「生きているのがつらい」と感じるほどのいじめを受けていることが判明した。

そこで元教員だった当時の市長が、国連の「子どもの権利条約」(日本は94年に批准)を体現すべく、自治体に求められる行政と立法のアプローチとして、子どものための公的第三者機関の設置を目指したという。そして98年12月に市の条例が可決され、翌年に市長の付属機関として「子どもの人権オンブズパーソン」が誕生。子どものための独立した権利擁護機関としては国内初の設置となった。

21年度のオンブズメンバーは、市長に委嘱されたオンブズパーソン(非常勤特別職)が3名で、弁護士や大学教員で構成されている。相談員と呼ばれる調査相談専門員(会計年度任用職員)の4名は、教育学、心理学、福祉学などの大学院修了者らが担当。そのほか事務局職員が1名、オンブズパーソンから要請があった際にアドバイスを行う専門員として、精神科医やNPO関係者、元オンブズパーソンらが11名おり、総勢19名で子どもの救済に当たった。

対象となる子どもの定義は、同市に在住・在学・在勤の18歳までの子どもたちだ。まず相談員が相談者の話を聞き、オンブズパーソンが指揮・支援する体制をとる。

子どもの救済に加え、制度改善の提言や勧告も

現在、条例に基づく子どもの権利救済機関を設置している自治体は三十数カ所を数えるが、取り組み方はそれぞれ異なる。川西市で2021年度まで6年間、オンブズパーソンを務めた佛教大学准教授の堀家由妃代氏は、同機関の特徴について次のように説明する。

堀家 由妃代(ほりけ・ゆきよ)
佛教大学准教授。専門分野は、特別支援教育、教育社会学。元川西市代表オンブズパーソン
(写真:川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局提供)

「子どもに対して相談員がカウンセリングするだけでなく、学校や教育委員会、家庭との調整を行います。必要に応じて調査を実施し、市の制度などに問題点があれば勧告や提言できる権限を持っていることも大きな特徴です」

例えば、18年には教育委員会に「いじめ防止等の対策をより効果的に推進するための提言」を行い、いじめ防止基本方針やマニュアルの作成など改善が図られたという。また、最近では全国的にメールやLINEを活用した相談窓口も増えているが、「子どもの本音にたどり着くためにも、できるだけ直接会うことを大切にしています」と堀家氏は言う。

さらに週に1回、相談員とオンブズパーソンが各案件の対応について協議する。相談員の平野裕子氏は「さまざまな立場から問題を丁寧に考えていく点も、川西市の特徴といえます」と話す。

平野 裕子(ひらの・ゆうこ)
調査相談専門員。日々、子どもたちの相談に対応している
(写真:川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局提供)

最近の傾向としては、不登校に関する相談がコンスタントに寄せられているそうだ。要因はさまざまで、その1つひとつに相談員が丁寧に対応しているが、昔と比べて問題が深刻化・複雑化している印象だという。

「昔は解決の方向性もはっきりしていました。例えば、体罰事案なら『先生と生徒』の問題と、構図もわかりやすかったですから。しかし、今は子どもも何が問題かわからないままで相談に来るケースも増えていて、親も学校も霧の中にいるような状態です。家族関係や家庭環境、生活スタイルが変化していく中で、旧態依然の学校の文化が今の子どもたちにマッチしなくなっているのでしょう。そうしたストレスが、身体症状や不登校といった形になって表れているのだと思います。コロナ禍では保護者と学校のコミュニケーションが難しくなったことも影響しているかもしれません」(堀家氏)

保護者が介入していじめ問題などが悪化するケースも散見されるという。例えば、保護者が学校側の対応に疑問を持って子どもの登校を制限し、2次被害的に子どもの学習権が奪われてしまうケース。そのような場合には、保護者の気持ちを解きほぐしながら、子どもの真意を測りつつ、子どもが不利益を被らない状態を目指して学校や教育委員会と調整を図っていく。

「最近は親子関係などが背景にある相談が多いです。子どもが本音を親に言えない、あるいは子どもが本音を言っても親に伝わらないなど、家庭内で問題を処理できないことによるトラブルが増えています。21年度は、自ら相談窓口までアクセスできない幼い子どもや重度の障害がある子どもたちの意見表明権をどう保障していくのかといった課題に直面するケースもありました」(堀家氏)

「子どもの最善の利益を共有できない文化」が解決を困難に

2021年度の年間ケース数は70件、年間相談者数は134人。年間相談・調整回数は802回で、ここ数年は800回を超える。1ケース当たりの相談・調整回数は、平均11.46回。15分程度の電話相談で問題が解決するケースもあるにはあるが、年単位で何回も相談を寄せる子どももおり、年々長期的な関わりや関係機関との複数回にわたる連携や調整が必要なケースが増えているという。

川西市役所のオンブズパーソン事務局内のほか、近くの複合ビルに設けている相談室「子どもオンブズくらぶ」でも相談を受けている
(写真:川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局提供)

「21年度は親御さんからの相談がいちばん多くなっており、学校や教育委員会とうまくいかず、こじれてしまったケースを扱うことも少なくありません。しかし、どんな案件でも私たちは、親御さんの意向では動かないことを大事にしており、子どもに必ず話を聞きます。子どもが小さいほど親御さんの影響も強くなるので調整に時間がかかる大変さはありますが、子どもと親の双方にアクセスして動ける点が、この制度のよいところだと思います」(平野氏)

堀家氏も、「例えば、ニュースになるような子どもの問題は氷山の一角。私たちは、その水面下に隠れているたくさんの問題を何とか顕在化しないよう抑える役割を果たせていると思います」と話す。また、日本で子どもの問題が山積しているのは、子どもの権利条約が認知されていないことが大きな要因だと考える。

「日本には『子どもは大人が導くもの』『子どもに権利や自由を与えるものではない』と考える文化が根強くあります。1990年代に学校現場で子どもの権利条約が注目された時期がありましたが、立ち消えてしまったのもこの文化の影響だと思います。いまだに私たちも調整を図る中で、『子どもの最善の利益』を学校や家庭に共有してもらう難しさを感じます。一方、児童福祉法改正で『児童の権利』という言葉が条文に入ったことは、国もここに課題感を持っていると明言しているに等しい。今後は教員養成課程でも子どもの権利を学ぶようにするなど、いかに浸透させるかが重要になります」(堀家氏)

オンブズパーソンを務める弁護士の三木憲明氏は「制度的にも日本の子どもの権利に関する取り組みは遅れている」と話す。日本は94年の子どもの権利条約批准以来、国連の子どもの権利委員会から、数年ごとに勧告を受けている。子どもの権利のための独立した公的第三者機関の設置を促されているものの、いまだ国レベルのものはつくられていない。

三木 憲明(みき・のりあき)
弁護士。専門分野は子どもの権利に関わる領域や学校問題で、スクールロイヤーも務める。川西市のオンブズパーソンに就任して4年目
(写真:川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局提供)

足元ではこども家庭庁の創設に合わせて第三者機関の設置が議論されていたが、22年3月、「こども基本法案」の要綱には盛り込まれなかった。これを受け、三木氏は次のように語る。

「国際社会でも人権対応に関してプレゼンスを発揮しなければいけない状況にもかかわらず、非常に残念。こども家庭庁の創設に向け、公的第三者機関を国家的プロジェクトとして位置づけるべきだと思います。全国的に第三者機関を設置する自治体では相談員の待遇の向上が望まれており、自治体に予算をつけることも必要です。弁護士会としても、制度面の充実に向けて役割を果たさなければいけないと考えています」(三木氏)

年に1回、子ども条例に基づく公的第三者機関を有する三十数カ所の自治体が意見交換を行うシンポジウムを開催。コロナ禍でこの2年間は中止
(写真:川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局提供)

川西市にも課題はある。救済を担うオンブズパーソン機関に関する条例があるだけなので、「本来なら実定法上の根拠となる『子どもの権利総合条例』を作る必要がある」(三木氏)という。

「条例と機関がセットになっていない自治体はほかにもあり、そもそも1700以上の自治体がある中、三十数カ所しか公的第三者機関がないのも問題です。自治体と国、両輪で取り組んでいかなければいけないと思います」と、堀家氏も課題を指摘する。

今後、子どもの権利の保障はどのような形で実現されていくのか。引き続き、国の動きを注視したい。

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:tropchou19981027/PIXTA)