「生理の貧困」の背景にある「知識の貧困」

経済産業省が今年2月に公表した試算結果によると、女性特有の健康課題(月経随伴症状、更年期症状、婦人科がん、不妊治療)による経済損失は社会全体で約3.4兆円に上る。そのうち月経随伴症状の経済損失は、欠勤が約1200億円、パフォーマンス低下が約4500億円と計約5700億円であることが示された。

こうした生理痛やPMS(月経前症候群)などの影響を踏まえた健康経営に取り組む企業も出てきているが、生理に対する理解が社会に浸透しているとはいえない。例えば、今年の元旦に能登地震が発生した直後も、SNS上で生理用品の支援を軽視する意見をめぐって議論が起こるなど、生理に対する無理解が注目を集めた。

長島氏はこうした状況について次のように話す。

「本来は緊急事態であればあるほど生理は丁寧なケアが必要なはず。災害時や紛争下の支援として国際的に参照されている『人道憲章と人道対応に関する最低基準』(スフィア基準)にも衛生面への配慮が示されていますが、日本は災害が多い割には対策が十分ではなく、被災者はさまざまな我慢を強いられがちです。生理にも自助を求める声がなくならないのは、そうした日本特有の背景もあると思います。また、生理の仕組みをご存じないのか、男性の中には『経血量は自分でコントロールできる』など誤った知識を持っている方もいるようで、基本的な知識が浸透していない現状があるように思います」

さらに、生理に関する知識が足りていないのは男性だけではないという。長島氏は、「コロナ禍で『生理の貧困』が話題になりましたが、これは『経済的な理由で生理用品が買えない』という問題だけでなく、『知識の貧困』も背景にあると考えています」と語る。

長島美紀(ながしま・みき)
政治学博士。公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンではアドボカシーグループリーダーとして政策提言事業に従事。とくにジェンダー主流化、「女性の社会での活躍」を中心に提言活動を行う。その他さまざまなNGO・NPO法人や財団の運営、広報・事業運営、政策提言活動などに携わる。認定NPO法人Malaria No More Japan理事、一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク理事、大妻女子大学非常勤講師
(撮影:梅谷秀司)

リスクにつながる「生理は隠すもの」という意識

公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンは2021年に、「生理がある」と回答した15〜24歳の女性2000人を対象に「日本のユース女性の生理をめぐる意識調査」を行っている。

この調査から、学生の支出において、生理用品は交際費や通信費よりも優先度が低い傾向にあることがわかったという。また、生理用品を入手できなかったり、購入をためらったときの対処法として「ナプキン(タンポン)など長時間使ったり、交換する頻度を減らしたりした」「トイレットペーパーやキッチンペーパーで代用した」という回答が多く挙がった。

「生理用品を長時間使用すると感染症のリスクが生じ、場合によっては命に関わることや障害につながる可能性も考えられます。しかし、そうした知識がないため大丈夫だろうと思ってしまい、とくに学生は節約をしたいために生理用品の購入も優先度が下がってしまうのでしょう」

また、生理用品を長時間使う、ほかのもので代用するといった行動からは、「生理は隠すもの」という意識も見て取れるという。

「調査では、学校で突然生理になったときに教員に生理用品をくださいと言いづらいという声もありました。日本に限りませんが、女性が生理について話すことはハードルが高いもの。とくに日本のユース世代の生理に関する相談相手は母親が一番多いのですが、その母親に『生理用品は隠して持ち歩きなさい』と教えられた人も多いと思います。ちなみに日本で生理用品が販売され始めたのは1960年代のこと。今の70代が思春期の頃です。私の母がこの世代ですが、市販品が一般的ではなかった当時の経験や恥ずかしいという感覚がそのまま代々引き継がれている可能性があります」

ほかにも、調査では、生理用品の購入時に別の袋に入れられるので恥ずかしいという声もあった。こうした「生理は隠すもの」という空気や環境が、「生理用品をください」と言えなかったり、購入を躊躇してしまったりすることにつながっているのではないかと長島氏は指摘する。

「生理による機会損失」、社会のあり方も関係

また、知識の欠如や意識の壁は児童生徒の機会損失にもつながりかねないことが、同調査の結果から浮き彫りになっている。

「調査では、『生理が理由で学校や職場を遅刻・欠席・早退した経験があるか』という問いに対し、32.8%が『ある』と答えています。学校の欠席は機会損失に、アルバイトの欠席は経済的な損失につながると言えます」

さらに、低用量ピルで生理痛やPMSを和らげられることについて10人に6人は「知っている」と答えたものの、生理によって「遅刻・欠席・早退した経験がある」と答えた女性のうち、実際に低用量ピルや鎮痛剤を購入したことがあるのは30.8%にとどまった。「薬に頼るのはよくないという意識や、ピル=避妊というイメージから『遊んでいる子と思われるのでは』という意識があるようです」と、長島氏は説明する。

生理による機会損失が生まれる背景には、社会のあり方も大きく関わっていると言える。

「日本だけに限りませんが、1日8時間、月曜から金曜まで働くスタイルは健康な男性を前提としており、生理やPMSなどで体調に波のある女性を想定したフレキシブルな形にはなっていません。一方で、日本には世界的にも珍しい生理休暇があります。これは戦前から議論され、1947年に労働基準法で定められたものですが、2020年度の厚生労働省『雇用均等基本調査』によると、生理休暇を請求した女性労働者の割合はわずか0.9%。企業で働く私の友人なども『生理は突然重くなることもあるし、何人もの上司の決裁が必要で取得しにくい』と言っており、うまく機能していません」

「個人的な問題」ではなく「社会的な損失」だ

学校の教育活動もおそらく、女性に体調の波があることは前提になっていない。例えば、プール授業や一発勝負の試験において、生理中の女子児童や女子生徒に十分なケアや評価が行われている学校はどれくらいあるだろう。女性教員も、プール指導や宿泊行事など生理による負担が大きい場面で「ここは代わってほしい」とは言いづらいのではないだろうか。

こうした中、文科省が2023年12月19日に出した通知が話題を呼んだ。それは月経随伴症状等の体調不良で高校入試を受けられないケースも追試験の対象とするようにというもの。これは大きな一歩と言えるだろう。

長島氏は、生理をめぐる問題を解消していくには、こうした制度面の充実とともに、1人ひとりの意識の変化が重要になると話す。

「生理やPMSの重さについては個人差があります。だからこそ、『自分はこうだったのにあの人は怠けている』といった個人的な問題に終わらせないこと。最近では更年期離職による経済損失も課題として捉えられ始めていますが、更年期障害も同様です。生理や更年期による不調は個人的な問題として語られがちですが、実は社会的な損失。そうした意識が1人ひとりに共有されていけば、女性は職場で働きやすくなるはずで、学校でも機会損失は生じにくくなるでしょう」

こうした意識変革のカギとなるのは、やはり教育だ。小学校の4年生になると保健体育で生理が扱われるが、「大人も若者も知識の欠如がまだまだ大きい」と長島氏は指摘する。

「生理の仕組みはもちろん、PMSや生理が終わった後の更年期についても教えるべき。生理の重さや経血量を自分でコントロールすることはできませんが、鎮痛剤のほか、今は生理周期を把握しやすいアプリなどのフェムテックもありますし、そうしたツールの活用を含めた自分の身体との付き合い方も学ぶ必要があると思います。生涯にわたる身体との向き合い方について、学べるようにすることが大切ではないでしょうか。また、生理痛が軽い母親には生理痛が重い娘の辛さがわからないというケースもあるため、やはり身体に関わる教育は、家庭ではなく学校が担うべきだと思います」

また、生理の話は女性だけが知っていればよいというものではない。第二次性徴期や更年期は男性にも訪れる。男性も、自身の身体の変化はもちろん、女性の生理や妊娠、出産の知識もしっかり学ぶべきだという。

「男性も女性も、お互いの身体へのリスペクトが大事。子どもたちにはそれを大前提に、男女の身体の変化に伴う心の変化は成長過程として当たり前のものだということ、そしてその両方の変化についてきちんと教えてあげることが大切です」

生理にまつわる体験はセンシティブでプライベートな側面も強いが、社会と無関係なものではない。女性も男性も大人も子どもも、身体の変化やその向き合い方について知ること。それが、誰もが活動しやすい社会の実現につながると言える。

(文:吉田渓、注記のない写真:Graphs/PIXTA)