「18歳成人」によって起こりうる学校でのトラブルとは?

──成年の定義が変わるのは、約140年ぶりとのこと。今回の成年年齢の引き下げにより、何が大きく変わるのでしょうか。

成年年齢に達すると、親の同意なしに1人で有効な契約ができるようになります。資力審査によって実際にはできない契約もありますが、法的にはクレジットカードや携帯電話、自動車購入、アパートの賃貸などの契約ができるようになります。また、親の監護や教育の義務がなくなるため、住む場所や進学・就職などの進路も本人の意思で決められます。

さらに今回の成年年齢引き下げに合わせ、女性の婚姻開始年齢は16歳から18歳に引き上げられ、男女とも18歳に統一されました。「成年」と規定されるほかの法律も18歳に変更され、有効期間10年のパスポート取得や国家資格の取得など、18歳から可能になることが増えました。

裁判員裁判の裁判員や検察審査員、民生委員、人権擁護委員に選ばれる可能性もあります。また、18歳と19歳は「特定少年」として引き続き少年法で保護されることになった一方で、起訴された場合は彼らを顔写真付きで実名報道できることになりました。

つまり、18歳になった高校生は、自分の意思で決められることが格段に増える一方、責任が増すことも心得ておかなければいけません。

2022年4月から、18歳が手にする自由と求められる責任の一例。飲酒や喫煙、ギャンブルなどの年齢規定は変わらない
(神内氏への取材を基に東洋経済作成)

──こうした変化により、学校にはどのような影響がありますか。

成年者と未成年者が日常的な集団生活の中で混在することになります。私の勤務校の生徒指導担当の先生は「今後、高校3年生の4月生まれと3月生まれで公平に扱うのが難しくなるかもしれない」と話していましたが、そういった悩ましさが出てくるでしょう。

学校・生徒・父母などの三者関係も難しくなります。例えば、18歳の生徒が親に内緒で退学を決めた場合。学校側は、説得はできるかもしれませんが、ダメだとは言えません。三者面談でも、父母らが保護者の立場ではないことを前提に話をする必要があります。

18歳になった時点で誰もが身体的、精神的、経済的な「成人」としての実態を備えているわけではありません。それなのに、今までのように学校や保護者が守ることができなくなることで生まれるトラブルや不安もあるでしょう。

例えば、生徒が結婚する場合。結婚相手が学外の反社会的勢力の人で、配偶者として学校側にさまざまな要求をしてくるリスクもないとは言い切れません。

仕事も親の同意が不要になるので、アルバイトが可能な学校では、こっそり怪しげな仕事を請け負ったりする生徒も出てくるかもしれません。出会い系サイトの運営も可能になる点も不安要素です。

また、成年になると民事訴訟で原告になれます。自分で裁判を起こせるので、成人した生徒がほかの生徒や学校を裁判で訴えてくることも考えられるでしょう。

知らぬ間に金銭支払いの強制執行や敗訴の危険も!

──生徒への影響はいかがでしょうか。

主体性や責任感が育まれるメリットがあります。また、身近なクラスメートが大人として扱われることで、成年者の立場を高校生自身が深く考えるきっかけができると思います。

ただ、成人していない生徒としては不平等感が募るかもしれません。これまでも18歳で可能となる運転免許取得や選挙での投票の際に、クラス内で不平等感が生じる問題がありましたが、そういった機会は増えるでしょう。

自由になる半面、責任も増えます。例えば、自分で締結した契約は未成年を理由に取り消すことができなくなります。未成年者が成年年齢に達した友人の名義を借りていかがわしい契約をするなどのトラブルも十分考えられるので、契約の重みについてきちんと理解しておかなければいけません。

また、私が今心配しているのは、悪質な詐欺。成年になると被告としても扱われるので、注意が必要です。これまでも身に覚えのない出会い系サイトの利用料などの支払いを求める「架空料金請求詐欺」はありましたが、最近は「督促手続(※1)」や「少額訴訟手続(※2)」といった裁判所の手続きを悪用するケースが増えています。

※1 簡易裁判所の裁判所書記官が、簡易な手続きで金銭の支払いを命じ、判決の代わりに強制執行を可能とする処分をする手続き
※2 60万円以下の金銭の支払いを求める場合に、簡易裁判所で原則として1回の期日で審理を終え、即日判決を言い渡す民事訴訟

その場合、放置すると、何もしていないのに強制執行や敗訴といった不利益を被る危険があります。裁判所から書類が届いた場合は、それが本当の通知か確認し、本物であれば異議申し立てをする必要があります。今後、そのような18歳をターゲットにした悪質な詐欺が横行する可能性もあるので、用心してほしいと思います。

社会全体で考える必要があると思うのは、例えば、事故を起こして損害賠償が発生したケース。未成年者の場合、不法行為で生じた損害と親権者(監督義務者)の監督義務違反との間に因果関係があるときに親権者が責任を負います。一方、成年者は本人が責任を取ることになるのですが、ほとんどの場合は資力がありません。それでは被害者が泣き寝入りすることになりかねません。将来的には被害者救済のため、賠償責任を負う者に親権者であった者も含むといった法解釈に変わる動きが出てくる可能性もあります。

大切なのは18歳成年の意味や重みを生徒に伝えること

──現実的な諸問題への視点を欠いたまま、成年年齢を引き下げてしまったような気がします。

海外とは学校のあり方や文化が異なりますし、日本で一律に18歳を成年とすることが合理的なのかという議論を、もっと重ねる必要があったのかもしれません。法律家には教育現場の実態へのまなざしが不足していると思います。法律の画一性が、多様な能力と個性を扱う教育と相いれないことを理解すべきです。

とくに高校は小中学校とは比較にならないほど、学校によって個人差が大きい。主体性や責任感が育まれ、精神的にも成熟した生徒の多い学校であれば、学業とのバランスを考えて自分の行動を決めていけると思います。しかし、規範意識に乏しく精神的に未熟で、親の同意なく何でも勝手にやれると考えるような生徒を抱える学校の先生は、「何かしでかすのでは」と気が気ではないでしょう。

──学校は18歳成年に対して、どう向き合っていけばよいのでしょうか。

2つの方向性があります。1つは18歳成年について、自ら考える教育の機会をつくること。

例えば、契約などの消費者教育は公共、保健体育、家庭科の授業で行っていますが、ここは活用できます。あまり時間を取れないのが現状ですが、各教科の先生たちで内容が重複しないよう調整し、カリキュラムマネジメントをしっかり行って、いろいろな切り口から成年者になることの意味を伝えていってほしいと思います。

ただ、教科書も副教材も、消費者トラブルの例を挙げて、被害に遭わないようにとリスクを警告するものが多いのが難点。生徒が契約することを過度に避けてしまう可能性もあり、そうなるとせっかく18歳に成年年齢を引き下げられた意味がなくなってしまい、本末転倒です。大切なのは、賢い消費者を育てていく視点です。

私が学校で契約について教えるときは、例えば携帯電話の契約書を用意して、まずみんなで一緒に読んでいます。そして、気をつけるべき点を説明して「これを理解してサインするのが賢い消費者だよ」と伝えています。生徒たちが興味を持てるポジティブな教材や授業がもっと増えるといいなと思っています。

もう1つの方向性としては、学校のポリシーで生徒の行動を制限していくこともできます。

──それは、校則を変更して厳しく対処するということですか。

確かに学校の教育目的を達成し、安全配慮義務を履行するうえで必要なルールを校則で制定することは法的にも許容されていますが、18歳の生徒の行動を制限する目的で校則を作ることには無理があると思っています。

ただ、成年になっても生徒であることは変わりません。問題行動があればこれまでどおり校則を適用して処分できますし、アルバイトや結婚を機に学業不振になったケースなどに関しては、「学業に支障が出る」という理由で指導をしていくことはできます。そういう方向で説得、指導するアプローチは取れるでしょう。

そもそもやってはいけないことを教えると、かえって生徒がそれをやりたがるおそれもあります。実際そのように考え、保護者への発信に重点を置くことにした学校もあります。18歳成年について保護者会で話をしたり、お知らせプリントで伝えたり、入学時に「生徒心得」のようなものを配ったり、工夫されているようです。

──親はどう対応すればいいですか。

問題が起きたら話し合うのがいちばんですが、親子の関係が悪いとそうもいきません。そうなると、親はスポンサーとしてお金を出さないという形で子どもの行動を制限するしかないのかもしれません。

今はまだ学校も、保護者も、高校3年生になる生徒も、18歳成年の実感を持てていないのが現状だと感じます。三者それぞれが18歳成年の重みを受け止め、自主性と責任感を育んでいくことを願っています。

神内聡(じんない・あきら)
兵庫教育大学大学院学校経営コース准教授・弁護士。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。専修教員免許(社会科)保有。日本で初めて弁護士資格を有する教員として私立中高一貫校に常勤教諭として勤務(現在は非常勤)しながら、現場の実情に通じた弁護士として各地の教育委員会のスクールロイヤーなどを担当。現在は教職大学院で理論と実務の懸け橋を意識した教育学研究にも従事。近著に『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』(くもん出版)
(写真:神内氏提供)

(文:田中弘美、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)