未就学児の3〜4割がすでにメイクを経験

――まず、「装い」とは何でしょうか。

簡単に言うと、身体の外観を整えたり飾ったりして変化させることです。例えば、化粧、服装、アクセサリーなどによる装飾、ヘアスタイリング・ヘアカラーなどが挙げられます。それだけでなく、痩せるためのダイエットや歯科矯正、タトゥー、美容整形なども装いに含まれています。人は、どのような時代・文化にあっても何かしらの装いを行っています。

――鈴木先生の調査によれば、未就学児でも3〜4割がスキンケアやメイク、ネイル、アクセサリーでの装いの経験があるそうですね。

私が2018年に調査を行ったこの結果に対し、よく言われるのが「思ったより割合が高い」や「低年齢化が進んでいる」ということ。しかし、子どものおしゃれの実態に関しては今までデータとして明らかになっていなかったため、過去から実際にどのくらい増えているのかはわかりません。子どもがメイクに興味を持つこと、親に隠れてメイクをすることなどは昔からあったわけで、最近の子どもが急におしゃれに関心を持ったというわけではないと思います。

メイクアップの経験割合(未就学児から高校生まで)

ただ、今は子ども向けのネイルやメイクアイテムがおもちゃ屋さんで売っていますし、100円ショップにも置いてありますから、昔よりは購入しやすい環境だと言えます。また、子どもがおしゃれすることに対して、昔より世の中が寛容になっていることもあり、おしゃれを経験する子どもの割合は大きくなっていると思われます。

――自分の容姿や外見を気にすることは、子どもの成長においてどんな意味を持つのでしょうか。

それは、社会に適応するうえで重要なことです。例えば、就職活動で周りがリクルートスーツを着ている中で、半袖短パンで行ったら変な目で見られるし、大事な用事で人と会うときに身なりが乱れていれば、相手に対する敬意がないと思われてしまいます。外見を意識することは、文化の中で他者を慮って生活している、社会に適応しているという1つの指標と言えます。

また装うことは、「自分はどんな人間なのか、どうなりたいのか」にも通じます。「この服は自分には似合うのかな」「周りの人に変に思われないかな」などと悩み、葛藤しながら自分の状態と憧れを社会規範の中ですり合わせていくことは、自分を構築するという意味でもとても重要なことです。

そして、うつ病や認知症などになると、外見を気にしなくなって装わなくなっていく方もいます。つまり、装うことは社会との接点、バウンダリー(境界線)でもあります。健康なときはできていたことができなくなるということは、社会への適応状態を表すバロメーターにもなると言えるでしょう。

なぜ大人は「容姿を磨くより勉強すべき」と思うのか

――子どもがメイクやダイエットといった「装うこと」に興味を持ったとき、戸惑ってしまう保護者もいるかと思います。どう受け止めるのがいいのでしょうか。

子どもが外見を意識することは、本来悪いことではありません。今はまだ、「勉強できるほどよい」という評価基準を社会、そして人々が持っているから、勉強を頑張る子が評価されますよね。また、スポーツも許容されているので、「スポーツができればあまり勉強しなくてもいい」と考えるかもしれない。

東京未来大学の鈴木公啓准教授
鈴木公啓(すずき・ともひろ)
東京未来大学 こども心理学部 こども心理学科心理専攻 准教授
東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は社会心理学、性格心理、臨床社会心理学。装いや外見、身体に関する研究を幅広く行う。編著書に『装いの心理学-整え飾るこころと行動』(北大路書房)、『〈よそおい〉の心理学-サバイブ技法としての身体装飾』(北大路書房)、『痩せという身体の装い-印象管理の視点から』(ナカニシヤ出版)など
(写真:本人提供)

しかし、もし外見で評価される社会であれば、「勉強をしないで外見を磨きなさい」となるはず。今の社会では、相対的に勉強ほど外見が重視されていないため、子どもがおしゃれにハマると親が心配しますよね。いわば、社会や親の都合で「勉強しなさい」と言っているわけです。

それに、例えば「吹き出物があっただけで一日中落ち込む」といったことは昔からあること。今の子に限らず、若い頃は外見を気にするものですよね。もちろん、それが長期にわたって日常生活に支障をきたすのであれば問題だと思いますが、外見を気にすること自体は10代ではむしろ自然なことです。

――外見を過度に気にしたり、装ったりする中で生じるネガティブな影響もあるのでしょうか。

子どもは皮膚の構造や免疫システムが未熟ですから、皮膚トラブルを起こしやすく、アクセサリーや化粧品で皮膚がかぶれることがあります。さらに、成長期の子どもがダイエットのしすぎで体調不良になるなど成長が阻害されるのも問題です。

――ダイエットに関しては、親からの影響も大きいんですよね。

実際に子どもが痩せているか太っているかは関係なく、親が態度や言動などで「太っているのはよくない」「痩せていたほうがいい」というプレッシャーを与えると、子どもは自分の身体に不満を持ち、「痩せたい」と思うことが調査でも明らかになっています。とくに、母親から娘への影響が強いようです。しかし、いくらその人の価値観だといっても、子どもの成長に問題が生じるほどの親の痩せ信仰はよくないですね。

痩せたいという思いが強すぎて、ダイエットを繰り返すと、摂食障害(体重を気にして極端な食事制限をして必要な量を食べられない、あるいは過剰に食べて体重増加を防ぐために嘔吐を繰り返すなど、食事のコントロールが難しくなる病気)になるおそれもありますから注意が必要です。

「子どもの美容整形」はリスクが大きい

――最近、子どもの美容整形が話題になっています。子どもに美容整形したいと言われたら、親はどう対処すべきなのでしょうか。

低年齢の美容整形には身体的な面をはじめ、さまざまなリスクがあります。成長してどう変化するかはわかりませんし。日本では保護者の同意があったうえで医師がやろうとすれば美容整形を受けられてしまいます。ただ、子どもの場合はどこまでが自分の意思で、どこからが親の考えなのか、線引きが難しいもの。数年後に振り返ったとき、「自分は本当はやりたくなかった」と気付いて親子関係がこじれる可能性もあります。

子どもは判断力が成熟しているとは言えませんから、大人が止めないと、勢いで美容整形を受けて後悔するということもあり得ます。自分できちんと判断し、責任が取れる年齢になるまでは避けるべきでしょうし、日本で美容整形を受けられる年齢についてルールがあったほうがいいと考えています。

――美容整形に限らず、「装うこと」について子どもと話し合うときのポイントは。

悪手なのは頭ごなしに否定し、叱ること。大切なのは「何がいけないのかを親がきちんと説明したうえで、子どもと話し合ってルールづくりをする」ということ。それには普段から親子の関係性がきちんと築けていることが重要です。でも、これはメイクに限ったことではなく、お小遣いやスマートフォン、ゲームの使い方にしても同じですよね。なお、おしゃれに興味を持った子どもを親がからかうのもよくないです。

「見た目がすべて」にならないために

――校則で髪色などが決められている学校もあります。学校や教員は子どもが「装うこと」について、どんな視点を持っているべきだと思いますか。

その時代のその地域の文化や、学校という環境は無視できません。また、環境がすべて子どものおしゃれに許容的である必要はありません。その環境にいかに適応し、学校の校則や親子で決めたルールの中でどこまでおしゃれを楽しむか。場合によっては少し逸脱しつつ、ルールとのせめぎ合いの中で自分を模索することも1つの学びですし、発達には重要なこと。社会に出てからも環境に適応しようとしつつ、自分のあり方を探っていくものですから。

――今、子どもを取り巻く環境にルッキズムは広がっていると思いますか。

アメリカなどではルッキズムは外見による差別を指していますが、日本では「外見に価値をおき、それに基づいた判断をする外見至上主義」という意味に置き換えられている場合が多いです。こうした外見至上主義が昔と比べて今の日本でどのくらい広がっているかを判断するのは難しいですね。

ただ、今はYouTube、TikTokなどのSNS、インターネット広告などで美容や脱毛など外見を意識させるコンテンツがたくさんあり、子どもが容易にアクセスできる環境です。インターネットの影響はそれなりに大きいと考えられていますが、外見至上主義とインターネットの関係については、まだ日本では十分に研究が行われていません。

一昔前の日本では、建前でも「人間は中身が大事」とされていましたよね。しかし、最近は「やっぱり外見が大事」と言いやすい社会になっているのでは。「外見がいいほうが高評価になる」と感じているところがあると思います。そうでなければ、履歴書の証明写真を美しく修整することもないでしょう。

いずれにせよ、1つ言えるのは、自分の外見を気にすることと、人の外見についてあれこれ言うことは別の問題だということ。「あの子は勉強ができないよね」と言ってはいけないように、外見のことでも、そのほかのことでも、人のことをとやかく言うべきではないと思います。

――こうした中、保護者や教員、周囲の大人はどのような視点を持つべきでしょうか。

装いを通じて自分を構築することも子どもの発達には大切ですが、人にはいろいろな側面があり、いろいろな評価軸があると知ることも重要です。それは勉強やスポーツを頑張っている子も同じで、「勉強さえできれば」「スポーツさえできれば」「外見さえよければ」となってしまうと、ほかのチャレンジをしなくなりますし、今頑張っているものがうまくいかなくなったときにダメージが大きくなります。

「そうは言っても見た目がすべてじゃん」とならないよう、外見以外で評価されること、打ち込めること、楽しめることがあることを、子どもが腑に落ちる形で伝えていくことが大切です。

(文:吉田渓、注記のない写真: USSIE / PIXTA)