そもそも「インクルーシブ教育」とは何か?

インクルーシブ教育について、私はユネスコ2005年に発行した「インクルージョンのガイドライン(Guidelines for inclusion: ensuring access to education for all)」を参考に以下の定義をしています。

「多様な子どもがいることを前提として、その多様な子どもが地域の学校で学ぶ権利を保障するための教育システムを改革するプロセス」

 

ポイントは、子どもはそもそも多様であることを前提とすること。そして、当たり前に地域の学校で学ぶことを保障すること。そのために既存の教育システムの枠組みそのもの(教育内容、指導方法、組織体制など)を改革していく必要があるということです。

野口晃菜(のぐち・あきな)
博士(障害科学)/一般社団法人UNIVA理事
学校、教育委員会、企業などと共に、インクルージョン実現のために研究と実践と政策を結ぶのがライフワーク。文科省新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議委員など。著書に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』(学事出版)、『発達障害のある子どもと周囲との関係性を支援する』(中央法規出版)、『LDの子が見つけたこんな勉強法』(合同出版)など

今の学校は、多様な子どもが当たり前に通い学ぶことが前提になっていません。例えば、障害のない子ども、性的アイデンティティーが男か女どちらかに当てはまる子、保護者がいる子、などのマジョリティーを中心に学校はつくられているため、地域の学校に通うことができない子や、地域の学校に通っていてもほかの子と同じように学ぶ経験をすることが難しい子もたくさんいます。

今の学校教育のあり方を何も変えずに「同じ場にいる」のみではインクルーシブ教育ではありません。「同じ場で学ぶ」ことと同時に、共に学び過ごすために、学校教育のあり方そのものを多様な子どもがいることを前提としたシステムに変革していくことが、インクルーシブ教育には必須です。

そのために必要なのが「合理的配慮」です。合理的配慮は障害者権利条約において、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、 均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されています。

例えば、今の授業は印刷された文字を読める子どもが受けることが前提になっています。音声で学ぶ、読みに障害のある子どもがいることは前提となっていません。そのため、教科書を読んで教育内容を学ぶことが難しい子は、教育内容にアクセスできません。その格差を、音声認識のアプリを使うなどして埋めるのが合理的配慮です。

まず取り組みたいのは「基礎的環境整備の充実」

合理的配慮の提供は2016年の障害者差別解消法により、公立の学校に義務付けられました。2024年4月には障害者差別解消法の改正により、私立の学校や企業にも義務付けられます。しかし、法律上は合理的配慮の提供は義務付けられているものの、実際に学校で進めていくうえでの困難さをよく聞きます。そこで、ここからはよくいただく3つの質問にお答えしていきたいと思います。

「1:40人学級で担任が1人、合理的配慮を提供するのは無理」

 

学校の先生から一番よくいただくご意見です。取り組みのポイントは、まず「基礎的環境整備の充実」を検討することです。基礎的環境整備とは、個別の合理的配慮を検討する以前に、多様な子どもがいることを前提として学校を設計しておくことです。国や都道府県、市区町村の教育委員会、そして学校単位や学級単位といった各レベルでできることがあります。

まず、国や教育委員会レベルでは、十分な人員配置、教材や研修の予算の確保、学校施設のバリアフリー化、学校をバックアップする専門家チームの用意、などがあります。学校はできないことまでやる必要はなく、限界があることについては国や教育委員会に声を上げていくことも大切です。

一方で、国や教育委員会の環境整備が充実していなくても、学校単位でできる環境整備もありますし、そのうえで合理的配慮を提供することはできます。まずは学校におけるさまざまな取り組み、例えば時間割、行事、生徒指導、評価、学校文化、教材教具、などについて、「多様な子どもが来ることが前提になっているか」を見直してみましょう。

「学校全体で取り組むポジティブな行動支援(スクールワイドPBS; Positive Behavior Support)」という手法を使い、学校全体の文化や生徒指導のあり方などを変えた学校もあります。そのほか、時間割を見直して放課後のゆとりを生み出した学校、通知表をなくした学校、子どもたちが1人ひとりのペースで学習を進める「自由進度学習」を推進している学校もあります。

こうした基礎的環境整備を進めることで、個別の支援が不要になる子どももたくさんいます。例えば、以前はノートの代わりに情報端末でメモを取りたいという子どもは、合理的配慮として個別に情報端末を持ち込む必要がありましたが、現在は1人1台端末が基礎的環境整備として用意されているのでその必要がありません。前述のスクールワイドPBSを推進している学校では、先生や子ども同士がポジティブな関わりをするようになったら、授業中に離席行動を繰り返していた子どもが離席をしなくなったそうです。

学級単位でできる基礎的環境整備もあります。例えば、学びのユニバーサルデザインに基づく授業づくり。ある学級では、歴史の年表を覚えるために、歌で覚えるブース、書いて覚えるブース、動作と共に覚えるブース、写真と結び付けて覚えるブースを作り、自分に合った覚え方を子どもが選択するという授業をしていました。

この学級には書くことが難しい書字障害の子もいますが、覚え方の多様性を踏まえた授業にしたため、個別的な支援はこの授業の間は不要でした。このように、授業の目的に合わせてはじめから多様な選択肢を用意することは、子どもの多様性を前提とした基礎的環境整備としてとても効果的です。

写真はオハイオ州のある学校の通常学級だが、集中しやすい椅子を選んでよいことになっている。これも多様性を前提とした基礎的環境整備だ

まずは国や教育委員会が用意している基礎的環境整備は何か、そして学校における基礎的環境整備はどうなっているか、もっとできることはないかといった点を整理しておくことがポイントです。とくに、40人学級で合理的配慮を必要とする子どもが多すぎるのであれば、基礎的環境整備の見直しから始めてみてください。

本人が学ぶうえでの「バリア」を明らかにする

次のような質問もよくいただきます。

「2:合理的配慮と『甘え』の違いは何か? 合理的配慮をしたら甘えにならないか?」

 

前述のとおり、今の学校はマジョリティーの子どもを前提としているため、ある子どもたちにとっては社会的障壁が生じています。合理的配慮は、そのバリアを解消するために必要です。そのため、まず明らかにしたいのは、本人が学ぶうえでのバリアです。

例えば、車椅子ユーザーの子が「スロープやエレベーターを設置してほしい」と言うのは甘えではありません。歩く人を中心として学校が設計されていて、車椅子ユーザーの子どもが来ることが前提となっていないことが問題です。

同じように、「ちゃんと座って」「みんなと仲良くして」といった抽象的なコミュニケーションではなく、具体的なコミュニケーションのほうが理解しやすい子どもが、先生に「具体的に伝えてください」と言うのは、甘えでしょうか。学校が具体的なコミュニケーションをする子どもがいることを前提としていないことが、バリアになっているのです。

同じ障害種でも、何がバリアになっているかはそれぞれ異なります。合理的配慮では、学ぶうえで何がバリアになっているかを明らかにし、そのバリアを解消するためにどんなことが必要か、何が現実的にできるか、本人を含めて話し合うことがとても大切です。また、合理的配慮はやって終わりではなく、実際にその合理的配慮がバリアを解消できているかを確認し、見直しもしましょう。

合理的配慮は「宿題をやりたくありません」と意思表明したら宿題をやらなくてすむ、というようなものではありません。また、勝手に先生が「あなたには難しいから宿題はやらなくていいよ」というものでもありません。

宿題が問題となっているならば、宿題の目的は何か、宿題はマジョリティーの子(読み書きができる、親が宿題を見てくれる、一人で集中して取り組める子など)を中心にしていないかという点を見直す。そのうえで、本人の特徴を踏まえた時に生じている障壁を明らかにし、宿題の目的を達成するためにどんな工夫がよいか、本人も含めて(年齢や子どもの特徴によっては保護者と)考え、対話を通じて合意形成をするというものです。

もし本人・保護者が学校に求める合理的配慮が学校にとって難しい場合、学校はその理由を説明し、共にバリアを解消するための代替案を考える必要があります。

合理的配慮は障害のある人にとっての権利です。学校のみでなく、受験時、就職時などありとあらゆる場面で合理的配慮の意思表明をする権利があります。本人自身が合理的配慮についてその権利が自分にはあること、自分が必要な合理的配慮の意思表明の方法を知る機会をつくることもとても大切です。

子どもたちは将来、障害のある人たちと共に働く

3つ目のよくある質問が、こちらです。

「3:合理的配慮をしてほかの子どもが『ずるい』と言ったらどうするのか?」

 

ここまで説明してきたように、合理的配慮はずるいものではありません。マジョリティーを中心につくられているがゆえに生じているバリアを解消するものです。むしろマジョリティーの人たちにとって今は「ずるい環境」を、マイノリティーの人にとっても過ごしやすいように変えていくためのものです。

もし子どもたちが「ずるい」と言うのであれば、合理的配慮を受けている本人や保護者と相談したうえで、合理的配慮の概念を子どもたちに説明することをおすすめしています。いかに今の社会がマジョリティーに偏ったものになっているか、その偏りを解消していく必要があるかなどを話し合ってみましょう。

障害者雇用率は年々増加しており、子どもたちは将来、確実に障害のある人と共に働くでしょうし、顧客に障害のある人が含まれるサービスの提供者になります。民間事業者も義務付けられる合理的配慮について知っておくことは、子どもたちにとって必要なことではないでしょうか。

子どもたちが学校で学ぶ大切なことの1つは、「多様な人とどう共存するか」です。合理的配慮は、マイノリティーの人も含め異なる人たちが共存するためにどうしたらよいか、環境をどう変えたらよいか、自分がどう変わったらよいか、どう対話をしたらよいかを教えてくれます。

ここまで、合理的配慮の概念や学校で合理的配慮を推進するためのポイントをお伝えしてきましたが、これらはすべて先生が1人でできることではありません。学校組織として、合理的配慮の理解を進め、基礎的環境整備の推進や、合理的配慮のフローを仕組み化することが重要です。

誰もが過ごしやすい学校は、誰もが望んでいるものではないでしょうか。合理的配慮の推進を通じて学校におけるバリアを明らかにし、できるところから一緒に変えていきましょう。

(写真:野口氏提供)