子どもたちの声から始まった、「映像制作」のクラブ活動
「今日の授業の最後に、みんなが作った映像を発表し合います。発表は15時30分ごろから始めるので、それまでに、各自自由に撮影、編集してくださいね」
先生の言葉を聞いた瞬間、子どもたちはiPad片手に教室を飛び出し、三々五々校内のさまざまな場所に散らばっていった。
ここは、新渡戸文化学園のクリエイティブラーニングスペース「VIVISTOP NITOBE」。レーザーカッターなどデジタルファブリケーション機材が置かれ、近未来的な空気が流れる一方で木のいすや机が置かれ、ぬくもりも感じられる。心地よさに加え、その時間、そこに存在する人たちの創造的なエネルギーが軽やかに循環していることが感じ取れる、独特な空間だ。
休み時間や放課後に、児童・生徒が自由にものづくりをする場として開かれ、一人ひとりの「つくりたい!」を実現する場として存在している。21年7月からは、土曜日にイベントを通して地域の子どもたちにも開放していく予定だ。
日中は、図工・美術、総合的な学習の時間などの授業、放課後を過ごす「アフタースクール」のアート系のプログラムに加え、アート、デジタル系のクラブ活動(4〜6年生の希望者対象)などが行われている。
毎週木曜日の6時間目、デジタルツールを使って作品作りを行うクラブ活動(4〜6年生)「デジタルクリエイションクラブ」の授業が、このスペースで行われている。
担当するのは、山内佑輔先生と海老沢穣先生。子どもたちに「指示を出す」「押し付ける」のではなく、「見守り、子どもたちからの問いにその都度対峙する」「授業を共に楽しむ」といった姿勢で向き合う姿が印象的だ。
約束の時間に戻ってきた子どもたち。ある子は自ら制作したアニメ作品を、ある子は友達同士で学校を舞台にした学園ドラマ風の作品を、みんなの前で順番に発表し合った。編集の時間が足りず同じような映像が延々と繰り返される作品にも、大人から見たら不可解に思われるような作品にも、「よい」「悪い」の評価はせず、拍手を送る。
「デジタルクリエイションクラブ」のこのような活動は、「映像を作りたい!」という子どもたちの声から始まった。今後はシナリオライターを養成する「シナリオセンター」とコラボし、プロの技術を学びながらシナリオを作り、より本格的に映像作りの授業をつくっていくという。
STEAMの本質は、子どもも大人もワクワク、ドキドキすること
GIGAスクール構想により「1人1台端末」環境が全国のほとんどの小・中学校で整備された。ICTを活用することにより生まれる余裕時間を、実社会での問題発見や課題解決に生かす教科横断的な「STEAM(Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematics)教育」に注目が集まっているが、「『これはSTEAMだけど、あれはSTEAMではない』など一部分をフォーカスして議論するのは違うと思っていて。STEAMの本質は、2021年4月に本校で開催したオンライントークセッションに登壇いただいたSTEAM教育者・中島さち子さんがおっしゃるところの『Playful』。子どもも大人(教師)もワクワク、ドキドキして本気で問いを立て、何か形にしていこうと試行錯誤していくことが、自然と教科を超えた学び=STEAMにつながっていくのだと思います」と、山内氏。
14年から知的障害のある子どもたちが通う特別支援学校でiPadを積極的に活用し、子どもたちの創造性・表現力を引き出すアプローチを行ってきた海老沢氏は、「STEAMの中でも『A』(Arts)がとても大事。ICTに写真、絵画、デザインなどのArtを取り入れながら、どれだけワクワクしながら学んでいけるのか、そのきっかけを大人(教師)がつくり、新しい価値を生み出していくのがSTEAMなのだと思います。『あえて苦しい目標を立てて頑張り、勝ち残る』といった価値観から脱却し、大人も子どもと一緒に楽しみ、Well-beingの状態で学びを深めていくことが大切だと思います」という。
図画工作の目標は、あ!と自分でひらめくこと
山内氏は、「デジタルクリエイションクラブ」の授業に加え、3、4年生の図画工作の授業も担当する。
「図画工作の目的は、作品を作ることではなく、『作品作りを通してどのように人間性を高め、感性を育んでいくのか』ということ。『単に美しいモノ、きれいなモノを作るためにこの授業をしているのではない』ということを、子どもたちにしっかり伝えます。目標は、あ!と自分でひらめくこと、あ!と周りを驚かせること、あ!とみんなで面白がること。作品の良しあしは関係ありません」
例えば4年生の図工の授業「Paper Movie かみのどうが」では、まず子どもたちが、さまざまな厚さの紙を丸めたり、折ったり、くしゃくしゃにしたりして紙と“遊ぶ”。その後、これらの紙を、iPadにコマ撮りアニメーションが制作できるアプリを加えて思い思いに撮影し、動画作品を完成させた。
「このような活動に、正解はないんです。『これはどうかな?』『これでいいのかな?』など、自分や周りの仲間と探究しながらそれぞれにとって“いい”形を作り上げていく。その環境をつくることで、子どもたちはもちろん、教師である僕自身も『成長型マインドセット』(成長し続ける人が持っている考え方や姿勢)を育てていくことができると考えています。〇か×かといった『結果』よりも、形になるまでの『過程』が大切なのです」
ハピネスクリエイターを目指すツールとしてICTを活用
21年春から講師に加わった海老沢氏は、「デジタルクリエイションクラブ」の授業に加え、小1から小6対象にそれぞれ隔週で行われる「情報」の授業を担当する。
「『情報』というと堅いイメージがありますが、自分を表現するツール、『ハピネスクリエイター』を目指すためのツールとしてiPadを活用する授業を行っています。デジタルクリエイション、プログラミング、デジタルシティズンシップの3つをベースに、デジタルクリエイションはApple社の『Everyone Can Create』を使用。『写真』をテーマに、iPadを駆使して身の回りのものをアングルや見え方を工夫して撮影したり、プレゼンテーションアプリ『Keynote』を活用してデジタルアートを作ったりしています」
日本ではまだ十分な研究が進んでいないといわれている「デジタルシティズンシップ」とは、「ICTの利用における適切で責任ある行動規範」を指す。似た概念として「情報モラル」が浸透しているが、「情報モラル」教育は「スマホやSNS依存は悪」など抑制的な意味合いが強いのに対して、「デジタルシティズンシップ」教育は、ICTを「生活に欠かせないすばらしいもの」と捉え、よりパブリックでポジティブな意味合いが強い。
「デジタルシティズンシップの授業は2学期以降に開始予定ですが、動画や教材を選定し、子どもたち自身が考えたり判断したりできるワークを取り入れながら、ICTとのポジティブな向き合い方を学ぶ授業にしていければと思っています」
新渡戸文化学園のSTEAM教育、ICT教育を牽引する山内氏と海老沢氏。実はこの2人、教育やICTをテーマとしたイベントやワークショップを開催しているラーニングコミュニティー「SOZO.Ed」の代表(海老沢氏)と副代表(山内氏)という“盟友”でもある。
「STEAMって、“捉え方”だと思うんです。例えば、『1人1台端末』が進んで学校のパソコン室が一部屋空いた。そこで、『この教室はどうなるんだろう』ではなく『この教室で新しいワクワクを生み出すにはどうしたらいいだろう』など、“捉え方”を変え、自ら動く。そんな力がこれからの時代には必要だと思いますし、僕自身も蓄えていきたいですね」
こう話す山内氏に、海老沢氏も続く。
「STEAMやICTに苦手意識を持つ教員の方もいますが、まずは、『自分も一緒に楽しむ』というマインドを持つことが大切。中央教育審議会の『令和の日本型学校教育の構築を目指して』には、子どもたちの未来に向けての希望があふれています。先生方は、昭和から続く学びの風景の一大変化を感じ取り、学校の外に、一歩出てほしい。そこには、そんな先生に協力したい、助けたいと思っている人がたくさんいるはずです」
(文:長島ともこ、撮影:梅谷秀司)