まずは日常的な校務でICTを活用することから

自治体、学校のICT活用アドバイザーとして広く活躍する情報通信総合研究所の平井聡一郎氏。前編「ICT教育『先進的な自治体』と残念な自治体の差」では平井氏に、なぜICT教育がなかなか進まなかったのか、先進的なICT教育に取り組めている自治体と、そうではない自治体の差はどこにあるのかなどについて話を聞いた。

うまく進めることができている自治体として、トップがICT教育に積極的で、強力なリーダーシップの下、組織をオープンにして外部のネットワークを活用しながらICT化を進めている広島県や熊本市。県や市町村の首長と教育長がしっかりと連携している例として戸田市(埼玉県)、県が主導して市町村と一緒にICTの共同調達に動く珍しいケースとして奈良県と鹿児島県の名前が挙がった。

では、教員がうまくICT教育を進めていくためのコツは何なのか。それは「小さく始めて、大きく育てる」ことだという。

「まずは、ハードルを上げないこと。いちばんできない先生にレベルを合わせて、できるところから始めればいいのです。すごいことをやろうと思わず、一部のできる先生に合わせるのではなく、『これならできそうだ』とすべての教員に思わせることが大事です。ただし、その最初の取り組みが次のステップにつながるようにすることも忘れてはなりません」

情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 特別研究員 平井聡一郎

次に気をつけなければならないのは、すぐに授業でICTを活用しようと急がないこと。確かに、新学習指導要領で目指す「主体的・対話的で深い学びの実現」におけるICT教育への期待は高い。だが、多くの教員はICTを活用することに慣れていない中で、いきなりICTを使って協働的な学びをやろうと思っても、そう簡単にできるものではない。

そこで平井氏は、授業以外の出欠確認や保護者への連絡など、日常的な校務からのICT利用を並行して進めていけば、教員や保護者もしだいに慣れてくるはずだと提案する。また、授業で活用する最初のステップとしては、アウトプットでICTを使うことをお勧めする。

アウトプットでICTを使うことを勧める理由

「既存授業で“調べ学習”と呼ばれるものがあります。その学習は本来、課題を解決するために調べるものですが、“調べ学習”では調べることが目的化し、調べるだけで終わってしまっていることが実際にはよく見かけます。よくある失敗のパターンで、目的と手段を履き違えてしまっていて学びがないということです。それを防ぐためには、授業では課題を明確にしたうえで、必ずアウトプットを前提にすべきです。そこにICTを利用すればいいでしょう」

例えば、東京の聖徳学園では、子どもたちが自分で学んだ内容を動画にまとめて発表させるアウトプットのための動画作りを徹底させているという。しかも、こうした動きがほかにも数多く見られるのだ。

「大学では、慶応のSFCがAO入試のエントリーで、自己紹介を3分間の動画で提出することを必須としました。自分のプロモーションビデオを作れない人は、受ける資格もないということです。また企業の採用試験でも、コロナ禍で面接ができないこともありますが、カルビーが動画を活用するなど300社ほどで同じ動きが見られます。どんな状況であれ、人にきちんと納得してもらえるようアウトプットするには、自分自身がしっかりと理解していなければならないし、興味を持ってもらうための仕掛けが必要です。こうした事例からもわかるように、自分が得た知識をアウトプットするというクリエーティブなスキルが求められる時代になっています」

今後は、授業においても積極的に子どもたちにアウトプットを促していく組み立てが求められるということだろう。それは、これまでの先生が一方的に話す“チョーク&トーク”といった教えることが主体の授業ではなくなっていくことを意味する。

「教えたくて先生になったという人は多いと思うけれども、先生はしゃべりすぎずに、子どもたちが主役になるような授業をつくってほしい。自分が考えていることや学んだことをグループで発表させるなど、インプットとアウトプットを繰り返すのです。これまで授業が7:3でインプット中心だとしたら、インプットが3でアウトプットが7ぐらいのイメージ。ついICTを使うこと自体が目的になりがちですが、このインプットとアウトプットを効率的に行うための手段としてICTを使えばいいのです。結果として、授業の改善が進むと考えています」

ICTを活用した授業というと、年齢が若い先生のほうができると考えがちだ。しかし、平井氏は「年齢は関係ない。必要なのは“頭の柔らかさ”だ」と話す。むしろベテランの教員がICTを活用できるようになれば鬼に金棒。だからこそ、授業の上手なベテラン教員がICT伝道師として“エヴァンジェリスト”になったほうがうまくいくと平井氏は言う。

「何も授業のすべての時間でICTを使う必要はないのです。15分程度でも構わない。学ぶ内容によって学び方を変えていけばいいだけなのです。ICTと対面の授業を組み合わせて、学び方を変えていく。そうした経験を積んでいけば、どこでICTを使えば効果的なのかがわかってくるはずです」

学校は今、ビフォーコロナの対面授業のみの時代に戻りたくて仕方がないはずと平井氏は指摘する。どうだろう。心当たりのある人はいないだろうか。しかし、対面授業ができるようになってもビフォーコロナに戻ることはできない、ICTは使い続けなければならないと肝に銘じるべきだと平井氏は警鐘を鳴らす。

「Zoomを使ったオンライン授業をはじめ、オンデマンド教材や説明動画、ドリルなどをオンラインで使う方法もある。知識の理解ならオンデマンド教材やドリル、探究型授業なら対面やZoomのほうがいい。学ぶ内容によって学び方を変えればいいというのは、こういうことです。これから教育の形は確実に変化していきます。そのためにも校長こそがマインドセットを変えるべき。もう後ろは向かずに、頭を柔らかくしていかなければなりません。そして保護者の方も学校だけに任せることなく、一緒に子どもたちの未来、この国の未来について考えてほしいですね」

情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 特別研究員 平井聡一郎(ひらい・そういちろう)
茨城県の公立小中学校で教諭、中学校教頭、小学校校長として33年間勤務。その間、茨城県総和町教育委員会、茨城県教育委員会で指導主事を務める。茨城県古河市教育委員会で参事兼指導課長として、 全国初となるセルラー型タブレットとクラウドによる ICT 機器環境の導入を推進。2018年より現職。茨城大学非常勤講師、文部科学省教育 ICT 活用アドバイザー、2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会ワーキンググループ委員、総務省プログラミング教育事業推進会議委員を歴任。経済産業省の「未来の教室」とEdTech研究会にオブザーバーで参加。戸田市、下仁田町、小国町など複数の市町村、私立学校のICTアドバイザーも務める

(写真:今井康一)