プログラミングを体験的に学ぶ

「Turn left. Go straight two times. Turn Right. Go back two.……」

マス目が書かれたブルーシートを使って、子どもたちがすごろくのような遊びをしている。外から英語で指示を出す子と、その指示に従ってマス目上を動く子の2人が、チームとなってシート上のアイテムを取っていくゲームのようだ。再び、ネイティブの先生が英語でルールを説明する。

「You have to get a bag and a hat. And you can choose juice, onigiri, potato chips, odango, but you have to get a basket to get those foods and drinks. Sakura tree is a goal.」

これだけを見ていると、楽しく遊びながら英語を学ぶゲームのように見える。が、指示を出す子の手元にはボードがあり、カラフルなマグネットがいくつも貼り付けてある。「緑」は真っすぐ、「赤」は右に向く、「紫」は後ろに下がる、「黄色」は左に向くという意があるようだ。「×2」「×3」「×4」といったマグネットと組み合わせて、ボードを見ながらブルーシート上のチームメートに英語で指示を出す。

プログラムが書かれたボードを見ながら「ロボット役」の友達に指示を出す(東京・世田谷区にある保育園「HOPPA世田谷経堂」)

「次は…」と先生は、子どもたちに声をかける。「こうくんがロボットで、あきらくんがプログラマーね」。そうこれは、プログラミングを体験的に学ぶ取り組みだ。

子どもたちは「すごろく」で遊ぶ前に、ブルーシート上のアイテムを記した紙「プランシート」を見ながら、「緑」「赤」「紫」「黄色」のマグネットを使って「プログラム」を行っているのである。進む方向とマスの数はもちろん、「ロボット役」となる友達の体の向きがどの方向にあるのか頭の中で想像しながら、ボードにマグネットを貼り付ける。

プランシートを見ながら進む方向やマスの数、「ロボット役」の友達の体の向きを想像しながらマグネットでプログラムをつくっていく

そうして自分で組んだプログラムを「すごろく」で実際に確かめるわけだが、ブルーシート上に立ってしまえば簡単なことも、プランシートとマグネットだけを使ってプログラムをすることがいかに難しいことなのかを子どもたち全員が「プログラムを実行して」身をもって知ることになる。

学習塾を運営する京進が痛感する「土台教育」の重要性

東京・世田谷区にある保育園「HOPPA世田谷経堂」では、2019年10月からプログラミング教育を導入している。保育園を運営するのは、京都を中心に学習塾を展開する京進だ。その狙いについて京進 保育事業部 部長の水口加緒里氏は、こう話す。

京進 保育事業部 部長
HOPPA 取締役社長
水口加緒里

「20年4月に小学校でプログラミング教育が必修化されるタイミングだったことに加え、プログラミングで育成される課題解決力や論理的思考力の土台をつくりたいと考えました。日常の当たり前を不思議に思う純粋な探究心は、就学前の子どものほうが持っていると感じています。うまく保育と連動させながら、その探究心を追求するようなカリキュラムで、プログラミング思考のロジックを学ぶ環境を提供できればと考えています」

背景には学習塾である京進が、小学生から高校生までを指導する中で、就学前教育の重要性を痛感してきた経験がある。子どもたちが自ら学びに向かう力や、困難を乗り越える突破力は、成績向上や志望校合格の土台になる。そうした力を身に付けるために必要な自己肯定感の向上や学びの達成感を味わうことのできる場を提供したいと考え、保育園事業に参入した。プログラミング教育の導入も、その延長線上にあるというわけだ。

現在、京進はグループで全国に93の保育園(21年4月1日現在)のほか幼稚園とこども園を3園展開する。昨年4月からはプログラミング教育を、先行して導入した「HOPPA世田谷経堂」「HOPPAからすま京都ホテル」(3歳児以上)に続き、4歳児以上が在籍する保育園全園と幼稚園でスタートさせている。

木製のロボットを使って遊びながら学ぶプログラミング玩具「キュベット」

では、いったいどんな学びを行っているのか。「市販されているロボットなどの教材を使いつつ、カリキュラムはゼロから自社で独自に手作りしたもの」(水口氏)だという。試行錯誤のところもあるようだが、それは小学校で行われている端末を使ったビジュアルプログラミングのようなものとは異なり、日常の保育に組み込むことのできるものが中心だ。冒頭で紹介したカリキュラムは、市販されているプログラミング玩具「キュベット」での学びをベースに、自分の体を動かしてプログラミングを体験できるように発展させたもの。

今、幼児向けプログラミング教材市場は活況で、さまざまなものが市販されている。幼児向けのプログラミング絵本『ルビィのぼうけん』は有名だが、ロボットを使って遊びながら学ぶプログラミング玩具「キュベット」や「コード・A・ピラー」「Code & Go ロボットマウス」のほか、小学校でよく使われる「Scratch(スクラッチ)」や「Viscuit(ビスケット)」「Springin'(スプリンギン)」などのアプリにも、幼児が直感的にプログラミングを学ぶことができるものがある。

さらに、プログラミングを習い事として学べる教室も多く、中にはこうした教室と提携してプログラミング教育を導入する保育園もある。だが京進では、通常の保育の中で、それぞれの子どもの個性や成長を把握している先生がプログラミング教育に関わることを大事にしているという。

HOPPA世田谷経堂 園長
奥川由紀

「月1回、本社の企画教育部門の研修を受けた後、園内でプログラミングを担当するメンバーでミーティングを行っています。これなら子どもたちが楽しめる、学べるなというものが出来上がってからやる、腑に落ちなかったら企画教育部門に戻してミーティングを重ねます。子どもたちが何を感じてくれるかを大事にしたい。だから、つくられたものをそのままではなく、先生たちも学びながら提供しています」

こう話す「HOPPA世田谷経堂」園長の奥川由紀氏は、当初プログラミング教育を導入すると聞いて実現できるか心配だったが、子どもの思考を育てるのは、これまでの保育の中でもやってきたことだと今では考えているという。

「例えば防災訓練では、地震が来たらダンゴムシになって防災頭巾をかぶります。ガラスが割れているかもしれないので、靴を履いて、逃げるというのを一瞬で考えなければなりません。年長さんが『これってプログラミングだね』と言ったんです。お散歩も同じで、どういう順番だと効率よく準備してお散歩ができるかなど、頭の中で考えて動くのは、まさにプログラミングの考え方につながっています」(奥川氏)

幼少期からプログラミングは早いのではないか?

とはいえ、いまだ小学校におけるプログラミング教育の必修化に懸念を示す人もいる。幼児のうちからプログラミング教育は早いのではないかと考える保護者も多いに違いない。実際のところはどうなのか。

プログラミング教育に詳しいCANVAS代表の石戸奈々子氏は「これからを生きる人たちの基礎教養として、小学校でプログラミングが必修化されました。本人が関心を持つのであれば、幼少期から触れる体験はよいでしょう」と話す。

CANVAS代表
慶應義塾大学教授 石戸奈々子
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。著書には『子どもの創造力スイッチ!』『日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える』『プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン』『デジタル教育宣言』をはじめ、監修としても『マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育』など多数。これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長を務める子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&1児の母としても奮闘中。https://creativekids.jp/
(写真:本人提供)

「何より、幼少期に大事なことは『プログラミングって楽しい』と感じる体験です。自分の絵を動かしたり、オリジナルゲームをつくったり、ロボットを動かしてみたり。プログラミングは、自分のアイデアをかたちにするツールです。子どもたちにとって、つくる体験はとても楽しいもので、興味を持って『楽しい』と思うことこそが学びの原動力になります。それは小学校以降の学びにもつながるでしょう」

またプログラミングを体験することで、プログラミングが何か、コンピューターが何かを理解でき、日々の生活の中でプログラミングがどういうところに活用されているのかがわかるのも大きいという。駅の自動改札や信号機、お風呂の湯沸かし器など、身近な電子機器がどのような命令によって成り立っているのかを、子どもと一緒に考えると、仕組みへの理解も深まる。

さらに石戸氏は「私たちは、日常的に問題を解くための手順を考えている。今まで習慣化していたアルゴリズムをもう一度考え直すと、実はもっと効率的で、ミスの少ない方法が見つかるかもしれない」と、普段の生活にプログラミング思考を取り入れてみること、また幼少期にコンピューターを実際に使って体験してみることも勧めている。

ただ、あくまでプログラミングやコンピューターは、自分のやりたい目的を達成するための手段やツール。コンピューターやプログラミングに興味はないが、絵を描くことやものをつくること、音楽を奏でることが好きな子には、プログラミングで自分の絵を動かしたり、3Dプリンターで立体物をつくったり、専門的な知識を学ばなくても作曲体験ができるといった自分の好きなことを探究するためにプログラミングが役立つことを知ってほしい。

「プログラミングで大事なことは、それを使って、何を表現し、何を創造するかです。子どもたちにはプログラミングと併せて、五感を使ってたくさんの経験をする中で、豊かな感性や発想力を育んでほしいと思います。何より、子どもにとって、自分で指示したとおりに動かせた感動は大きく、学びのモチベーションにつながります。知識も大事ですが体験に勝るものはありません」(石戸氏)

小学校でプログラミングが必修化されたことに加え、保育園でもプログラミング教育を導入するところが出てきた。プログラミングが学べる玩具やアプリ、教室のほか、地域のボランティアによる無料の学びの場、夏休みや冬休みにのみ開講されるプログラミングキャンプ、週末に参加できる単発のワークショップなど多様で発展的な学びの場も増えているという。

石戸氏は「年齢に応じて適切な学びのツールや環境を選び、それらを活用してまずはやってみること。どの教材や環境が適しているかは子どもによって違うため、子どもに合った学びの場を探ることが大事。もはやすべての人の基礎教養となったプログラミングですから、親が社会の変化を受け入れ、共に学び続ける姿勢を見せることは、子どもにとって大きな刺激となる」と親子で共に学ぶことも提案する。

幼少期や小学校においては、プログラミング言語でコーディングを学ぶことを目的としていない。あくまで自分の頭で考えて効率のよい方法を見いだしたり、アイデアをかたちにするプログラミング思考を鍛えることを目指す。プログラミングは、今や将来にわたって必要とされる学びだ。学ぶには早すぎる、また大人になってから学ぶのにも遅すぎるということはなさそうだ。

(注記のない写真は尾形文繁撮影)