「あの先生、また休んでいるの?」と言われたくない
日本の学校の先生は、世界一忙しいといわれる。授業にとどまらない多様な業務内容が長時間労働を常態化させており、教員のなり手不足にもつながるとして問題視されている。
こうした過酷な教育現場で教員として働きながら子育てをしている母親を、東ちひろ氏は「ママ先生」と呼ぶ。
仕事と家事・育児を両立するワーキングマザーを数多く見てきた東氏は、かつて自身もママ先生として学校に勤務していた経験から、「ワーキングマザーの中でも、ママ先生には特有の悩みがある」と話す。
「ママ先生には圧倒的に時間がありません。学校の実態として時短勤務制度が形骸化している場合も多く、産休・育休を経て復帰した後も学校の仕事がつねに手いっぱいのまま。とくに小学校の先生の忙しさは尋常ではありません。ほぼすべての教科を受け持つだけでなく、児童の年齢が低いため安全管理に手がかかるうえに保護者からの要望も多い。そのためさらに自分の子育てとなり、疲弊してしまうのです。
また、学校では産休・育休の取得期間にかかわらず、年齢順に学年主任となります。そのため、実際の経験値が少ないのに重役を任されたり、業務が増えたりすることもあるようです」
加えて、先生はなかなか学校を休めないイメージがある。例えば自分の子どもが急に体調を崩したときなど、緊急の事態にはどう対応するのか。
東氏が言うには、学校側もママ先生が休むことには理解があり、休み自体が取れないわけではないという。休みの場合は担任を受け持っていない先生がフォローに入るなど、バックアップ体制も比較的整っている。しかし、小学校の担任は少し事情が違うようだ。
「とくに低学年の場合、親御さんが先生に対して高い関心を持つ傾向にあります。子どもの体調不良や学校行事などを理由に何度も休んで、『あの先生、また休んでいるの?』と言われないかどうしても心配になりますよね。また、先生は出張などで学校にいない日が案外多いため、なおさら家庭の都合では休みたくないと考えるようです。私も当時は常々、『休まない先生のほうがよかった』とは言われたくないと思っていました」
ママ先生は「子育て上手」という風説
ママ先生の悩みは学校の外でも尽きない。先生は教育のスペシャリストであるがゆえに、子育てには困らないと思われがちだ。しかし東氏は「そうした周囲の期待の目が、かえってプレッシャーになることもある」と話す。むしろ、学校でさまざまな子どもを見るからこそ、自分の子どもと比べて自己嫌悪にも陥りやすいそうだ。
東氏によると、ママ先生の子どもにはしっかりした子が多い一方で、情緒が不安定な子もおり、両極端に分かれがちだという。
「ママ先生の強みは、やはり勉強を教えてあげられること。経験上、勉強の教え方において親がどこまで関わるべきかを心得ているので、教育者の知見・経験を生かせるのは事実です。実際に、夏休みの自由研究では先生のお子さんが賞を取るケースが多い。その一方で、わが子と触れ合う時間がなくて子どもが寂しい思いをしてしまうこともあります。よく、子どもは親の時間とお金を食べて大きくなると言いますが、とくに時間は大切な要素なのです」
東氏自身も、子育ての時間が確保できなくなり教員を辞めたという経緯がある。東氏は、「両親以外にもう一人、子育てを手伝ってくれる人がいると楽になる」と話す。
「例えば、祖父母やファミリーサポートなどの協力を確保できれば、ママ先生はキャリアを継続しやすいと思います。先生の仕事は年がら年中忙しいので、安心してお願いできる人を見つけられるといいですね」
家でも「先生の顔」は子どもが悲しむ?
ママ先生の悩みはほかにもある。わが子の学校や担任の先生が手を抜いていることに気がついて気になったり、家でもつい先生の顔を見せてしまって子どもに嫌がられたりすることもあるのだそうだ。
「ママ先生は、学校でのちょっとした出来事を子どもに話してしまいがち。そんな母親を見て、『お母さんは自分よりも学校の子に興味がある。ほかの子ばかりで自分を見てくれていない』と感じてしまう子もいます」
わが子の気持ちに寄り添うには、家では学校の話を避け、「先生」を封印することが大切だという。
とはいえ、誰かに弱音を吐きたくても、職員室では誰が聞いているかわからず、また同僚にも自らの失敗や愚痴を言いにくい雰囲気がある。結果、不満や不安のはけ口がなくて心の病気で休暇を取る教員も非常に多いそうだ。
「先生は生身の子どもを相手にしているので、思いどおりにいかないことだらけで当然。それを少しでも吐き出せればよいのですが、自分の中にモヤモヤをため込んだまま日々のタスクが積み重なるので心が限界にきてしまうのです。とくにママ先生は定時にすぐ帰らなければならず、弱音を吐く時間すらないというのが現実です」
ママ先生のメンタルヘルスを整える具体策
モヤモヤを吐き出すには、コミュニティーに参加するのも一つの手だという。例えば、明治大学の心理臨床センターが運営する教員のサポートグループ、通称「教師を支える会」では、いま抱えている問題を教員同士がお互いに相談したり、その解決方法をグループで模索したりするサポート活動を定期的に行っている。
わが子はもちろん、学校の子どもたちや保護者のことを考えるあまり、自分の体調管理やメンタルケアを後回しにしがちなママ先生。最後に、東氏からママ先生たちにアドバイスをもらった。
「ママ先生は、仕事でも家庭でも生身の子どもを相手にしており、日々膨大なエネルギーを消費しています。とくに先生になる人には頑張り屋さんが多いので、どうしてもストレスをためがちです。そこでぜひ、毎月のお給料のいくらかを自分のために使ってください。私たちは、自分のケアが足りなくなるとイライラしてくるものです。よく、お母さんから『子どもを感情的に怒ってしまいます』という相談を受けるのですが、その原因は“ご自愛不足”。『あなた自身が悪いのではなく、あなたが自分の時間を取れていないだけなんですよ』と伝えています。後ろめたさを感じる必要はないので、自分を楽にするものを見つけましょう」
東氏は「お金で解決できるものはどんどん取り入れてほしい」と話す。例えば、自分の時間を捻出するために家事をアウトソーシングするのも有効だ。
「先生という仕事を長く続けるためには、職場の仲間に悩みや愚痴を言えることも大切だと思っています。教室で思いどおりにいかなかったことを『自分の落ち度だから』とため込まず、先生同士で少しでも共有し合えればストレス発散になるはずです。自分のメンタルヘルスが不安定な状態では、子どもに優しく接することができません。先生は、ご自身のメンタルヘルスを積極的に整えてくださいね」
(文:せきねみき、注記のない写真:Watto/ Getty Images)