「学校組織を変えたい」と願う割には…

今、本屋の教育書コーナーに行くと「定時に帰る! 時間術」といった類いの本がズラッと並んでいる。これに僕は猛烈な違和感を感じている。定時に帰りたければ帰ればいいし、仕事が嫌いではない僕でも定時には帰りたい(無駄な会議が嫌いで、有給を消化して定時前に帰ることも、前職ではザラだった)。

ただ新人時代は仕事がまったくできず、毎日校舎が閉まる21時、学校に無理を言って22時まで働いて、さらに家でも仕事をしていた。だから、なおさら定時に帰ったほうがいいと思う。でも、この違和感は何だろう。そう考えるうちに、あるCMを思い出した。

飲み屋の隣の席から聞こえる「うちの会社はさぁ、新しいチャレンジを認めてくれなくて困ってるよ」。そんな話を聞くたびに心のどこかにしこりができるのを感じていた。変えるならきっと今だ――。

自分の可能性を試したい若者向け転職サイトのCMだ。それまでの違和感が、この飲み屋にいるサラリーマンの愚痴とつながった。「学校組織を変えたい」と願う割には組織論として話していない。ただ学校が変わらないことを嘆いている、誰かに変えてもらうことを待っている、それでいて変わることを拒否しているダサい教員の世界が僕は嫌いだった。自分が学校という組織を変えるきっかけをつくらなければ!と。

子どもの可能性を引き出すことは教員に「よはく」がないとできない

自己紹介が遅くなった。僕は10年間、私立の小学校で勤務をしていた。2015年には茨城県にある開智望小学校の立ち上げに関わり、22年にはヒロック初等部というオルタナティブスクールを立ち上げた。

五木田洋平(ごきた・ようへい)
HILLOCK(ヒロック)初等部 カリキュラムディレクター
私立小学校で10年間勤務した後、2021年3月に東京・世田谷にオルタナティブスクール、ヒロック初等部を創設、22年4月に開校。教員時代はクラス担任、学年主任、ICT部主任などを兼任し、学び合いの授業実践を研究しながら子ども同士が学び合う、自分たちを表現するクラスを運営。2014年度~20年度に私立開智望小学校の設立と運営にも参画し、ICTを用いて日本語版のインターナショナルバカロレアの理論を取り入れた探究学習を推進した。シンガポール日本人学校の研修講師や、大学の特別講座なども担当している。22年に『ICT主任の仕事術 仕事を最適化し、学びを深めるコツ』(明治図書)を刊行。またICTのみならず、学校組織のアップデートを目指し、ポリシーメイキングプロジェクトを主催している
(撮影:梅谷秀司)

もともと「中学校でハンドボールを教える先生になりたい」と教員になったが、開智望小学校の立ち上げに誘われて「学校の立ち上げを経験できる先生は100人に1人もいないだろうから、やってみよう」と挑戦することにした。結局その5年後、ヒロック初等部の立ち上げを仲間と決意し、独立するわけで……落ち着かない教員人生である。

僕は成功よりも、成長のほうが心が躍る。教員を志したのも、子どもの成長に携わること、可能性を広げることにロマンを感じたからだ。

可能性を広げること、それ自体を人間は求めていると思う。自分が変化して成長を実感するとき、充足感を得られる。子どもの可能性を引き出すことが当たり前の学校であれば、子どもたちの成長を共に喜び合える。ヒロックはそんな学校でありたい。「○○より勉強ができる、できない」の比較には、この充足感はない。

これらは僕個人の感覚だけでもないように思う。この文章を読んでくれている人も同じ気持ちではないだろうか。お金だけ、安定だけを目指して教員をやるのであれば、世の中にはもっとお金を稼げる仕事も、もっと安定している仕事もある。子どもの成長に携わりたかったのではないか。

そもそも、これだけ忙しい学校現場、心身のバランスを崩す人が多い業界が安定しているとはまったく思えない......教員を安定した職業という人はどこを見て安定していると考えているんだろう、と昔から疑問に思っている。だから僕は子どもだけでなく、先生を取り巻く学校の問題に強い関心を向けている。

学校現場からミドルリーダーが少なくなっている

現在、教育を取り巻く問題はさまざまだ。「塾依存度の高さ」「大量の宿題やテスト」「個性を尊重しない教育」「教育現場の人材不足」「教育格差」「モンスターペアレンツ」などなど。

その中でも、日本の教職員の多忙さは世界でもダントツの1位、という問題からは目を背けることができない。「OECD(経済協力開発機構)国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書」によると、日本の教員の1週間当たりの仕事時間は中学校で56.0時間、小学校では54.4時間と、どちらも参加国中いちばん多い。

僕が知る主任級の多くは複数の主任級……教務主任、指導部主任、ICT主任、特別支援級の主任、各教科の主任、学年主任などを兼任している。かくいう自分も私立小学校に勤務していた時は、学年主任とICT主任、年によっては入試主任や国語や算数の主任を兼任していたことがあった。

一般的に仕事が上手になって「脂の乗った」ミドルリーダーたちは、ただでさえ多忙な学校組織の中で複数の主任業を兼任している。中には心身ともに悲鳴を上げている教員もいる。その影響なのか、学校現場からミドルリーダーといわれる層が少なくなっている。僕の体感としてもミドルリーダーが現場から減っているし、SNSで教職を辞した先生もよく目にする。

こうしたミドルリーダーに煩雑な業務が集中し続けることを早急に解決しなければならない。それは若手教員のメンターがいなくなるという別の問題も引き起こすからだ。若手教員の目の前にいるミドルリーダーが、多忙で目に希望の光を宿していなかったらどうだろう。本来のパフォーマンスが出せないのはもちろん、ミドルリーダーだけでなく若手教員の離職にもつながりかねない。

こんな状況が続けば、学校全体で新人教員を育成するどころか、「たまたま体力があった」「ミスをしない(挑戦をしない)」「職員室の立ち回りがうまい」新人だけが生き残る。つまり、新人教員は「育成」ではなく、「選抜」の対象なのである。

ポリシーメイキングが「学校組織を変える」第一歩?!

そんな教育現場で育てられる子どもたちに希望はあるのか――。教育の現場はもっともっと希望にあふれるべきだ。それと真逆のことが起きている現状にメスを入れるにはどうしたらよいのか。1つ紹介したいのが「ポリシーメイキング」という考え方だ。

ポリシーメイキングとは、組織がどんな方向に進んでいくべきなのかを考え、メンバー間で納得するプロセスのことだ。ポリシーとは「原則や方針」を意味する。また「自分のポリシーは子どもの『したい』を尊重することだ」といったような信条も範疇に入る。どちらにせよ、組織のメンバーが「立ち戻るべき考え」と定義していいだろう。

ポリシーメイキングを作り上げるプロセスは「何を大切にするか」という視点だけでなく、「なぜ大切にするか」というお互いの価値観を可視化する作業でもある。

ポリシーメイキングで思い出すのは、コロナ禍でICTを導入して教員や子ども、保護者と対話してからオンライン授業を開始した時のことだ。教員も子どもも、保護者もみんな不安だった。だからオンライン授業で目指すことをロードマップで示し、全員で話し合ったのだ。

大切なのは対話して「共通点」を見いだすことである。不安や不満が出たからといってクレームだと悲観しなくてもいい。そういう声があることを意識しながら結果を出していく。結果とはもちろん、子ども一人ひとりを成長させることだ。子どもが成長することは、教員と保護者の共通の目的のはず。共通の目的を達成すれば味方になってくれる保護者も多いだろう。

一方、学校現場でポリシーメイキングを行う場合は、管理職と話す時間を設定することから始めるとよい。立場が上で、普段話し慣れない人と話すことに躊躇される方もいると思う。そういうときは「水曜日の放課後、お互い会議が入っていないので、30分ほど校長の考えを聞きたいのでお時間をいただけますか?」といった声がけができれば十分だ。

大切なのは、お互いの考えをただ言い合うだけの時間をつくることで、答えを出すのが目的ではないということ。お互い過度なプレッシャーがない状態で30分〜1時間、ゆっくり話せるといい。話すのが苦手という人は、下記のような図を使ってもいい。左側には自分の考えを、右側には管理職の考えを書いていく。真ん中には共通する考えを書く。

管理職と話すのは決定権を持っている人の考えを知ることと、決定権を持つ人に自分の考えを知ってもらうことが目的だ。対話の中で共通点を見つけることができれば、お互い共通の目的のために働いているという気持ちになれる。保護者と同様、共通の目的を達成すれば、立場が違っても味方になることができる。

お互いの考えをただ言い合うだけの時間をつくることで、答えを出すのが目的ではない。上記は記入例
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こうしたポリシーメイキングを始めるにしても、まずは「よはく」が必要だろう。日本の教員は働きすぎだし、とくにミドルリーダーの多忙さは尋常ではない。「よはく」をつくるには、子どもの成長に関わらない業務からなくしていくのが基本だ。

ポリシーメイキングを通じてお互いの「共通点」を見出すことで、日常的に対話が起こりやすい組織をつくることができる。

学校組織を変えるには、「よはく」と対話が土壌となる。どんな努力をしても変わらない学校があるかもしれない。そんな時は、この言葉を思い出してほしい。あるボクシング漫画の名コーチいわく「努力した者がすべて報われるとは限らん。 しかし! 成功した者は皆すべからく努力しておる」。

こと組織に関しては「対話をしたものがすべて報われるとは限らん。しかし! 組織を変えたものは皆すべからく対話しておる」なのである。ますます教育の重要性は高まっていく世の中だ。子どもたちのためにも、教員のためにも、「よはく」と対話に満ちた学校が増えることを願っている。

(注記のない写真:jessie / PIXTA)