「教職員の働き方改革」の神髄は「先生が幸せになること」
――「教職員の働き方改革」というと「残業時間を減らすためにはどうしたらよいか」といった視点だけで議論されがちですが、それ以外の視点で大切なことを教えてください。
いちばん大切なのは、教職員一人ひとりが「自分たちで幸せな学校をつくっていく」“当事者”であることを意識することだと思います。
他校の働き方改革の事例を聞いて、「うちはどうせ無理だ」「どうせ変えられない」と“諦めモード”でいるのはもったいなくて、自分たちの可能性を信じ、思っていることを口に出し、「職員室や学校という身近な社会を自分たちの力で少しずつ変えていこう」という空気を醸成していくこと。実際に行動し、思考錯誤を繰り返しながらも対話を重ねて“納得解”を生み出し、「変えることができた」と実感していくこと。
これらを積み重ねることで、以前よりも仕事でやりがいを感じたり、時間と心のゆとりを生み出すことができたりするなど「先生が幸せになること」が子どもたちの幸せにつながり、真の意味での「教職員の働き方改革」になると思っています。
――「残業時間を減らす方策を考える」のは、幸せな学校づくりのための手段の1つということですね。
残業時間が多く、睡眠時間もままならなかったり、時間に追われてしっかりインプットできなかったり、教育について校内で話し合うことができない状態が続くと、先生たちは新しい教育を創造することができず、結果的に教育の質が落ちてしまうことにつながりかねません。
教育の質の向上のためには、「時間を生み出す」ことが必要不可欠です。「これまで前例踏襲的に行ってきた会議を見直し、会議の進め方を工夫したところ、毎週1時間かけて行ってきた会議が15分に短縮され、より密度の濃いものになった」などというケースも多々あります。
会議や研修を洗い出して見直すこと、研修はそれが子どもたちに還元されているか、「(研修を行うための)指導案を作る」ことが目的になっていないかなどを検証し、必要に応じて廃止・縮小していくことも大切です。
防災対策で、「自助」「共助」「公助」という考え方があります。学校を幸せにするためには、「自助」=個人でできること、「共助」=学校組織としてできること、「公助」=教育委員会や国ができることなどといったように、それぞれの裁量でできることが異なります。「公助さえあれば」とおっしゃる先生も多いですが、実はどれも重要です。
私たちが業務改善で学校に入るときは、「自助」と「共助」へのサポートの依頼が多いため、まずは先生方に「自分たちで自分たちの学校を『共助』で今より幸せで働きやすい職場にできる」という期待を高めてもらったうえで、「(学校を幸せにしていくために)自分たちでできることは何だろう」と考えてもらいます。
「共助」を進めていくと、お互いのアイデアやノウハウを共有することで「自助」にも目が向き、先生一人ひとりの時間意識の高まりやスキルアップにつながり、自分の可能性を感じることができるようになっていきます。
管理職ではない現場の一教員でも、学校の風景は変えられる
――「共助」で学校をつくり変えていくために、まずするべきことはどんなことでしょうか?
役職にもよりますが、校長先生が「うちの学校の重点課題は働き方改革です」など学校経営計画の中にしっかり位置づけ、公式な取り組みとして行っていくようなら話はどんどん進んでいきます。
校長先生がそこまで乗り気でない場合は、働き方改革担当者やミドルリーダー、若手でも勢いのある先生など課題意識のある先生が、校長先生に働きかけつつ校内で必要性を感じている人たちの意識を高め、校長先生に「あ、これは必要なことだね」と思っていただけるような働きかけをしていくのが、最初の一歩として効果的です。
――管理職ではない先生でも、声を上げることはできるのでしょうか。
当研究所で行っている「働き方改革コンサルタント養成講座(校内コンサルタント養成講座)」を受講された都内の小学校の先生は、管理職ではなくいわゆる現場の一教員なのですが、勤務校の働き方改革の1つとして、校内研究のあり方を変え、学校をよくしていくために、先生同士の対話の場をつくりたいと思ったそうです。
でも、いきなり「これまでの校内研究を変えましょう」「対話の場をつくりましょう」と言っても反発されるだけだと思い、まずは研究主任の先生と日常的な対話を重ねていったそうです。「次回が楽しみになる校内研究って、どんな校内研究ですかね?」などと問いを投げかけながら距離を縮め、仲間となり、校内研究の一貫として先生同士の対話の場を実現されました。
教職員に無記名アンケートを行い、そこに出されたタブレットを用いた学習方法や宿題の出し方、授業準備、通知表の記入、指導案作り、やりたい仕事をする時間のつくり方などの課題について、対話の場で話し合うことができ、学校の風景が変わったそうです。
管理職でなくても、“当事者”意識を持ち、1人でも2人でも仲間を増やしてよい意味で周りを巻き込み、発信していくことで、組織が動き出すこともあるのです。
「PBL型業務改善」によって、教師の新しい専門性が向上
――「先生の幸せ研究所」では、2021年度、経済産業省「未来の教室」で実証事業を行ったのですね。
「教師のわくわくを中心としたPBL(Project Based Learning)型業務改善によって、『授業と学校組織の変革につながる』『教師の新しい専門性は向上する』」。これらの検証を目的に、2つの学校で業務改善を行いました。
そのうちの1校、大阪府の公立小学校では、キックオフで全教員30名が2時間対話して日頃思っている本音を出し合い、会議時間削減、職員室の美化、ICT活用など業務改善のための5つのプロジェクトが発足。10人の教員が業務改善推進チームに立候補し、プロジェクトを進めていきました。
コロナ禍で、感染予防対策に追われる教員たちが疲弊してプロジェクトが停滞したり、意見が対立して教員全体のモチベーションが下がった時期もありましたが、そこで諦めず、何とか対話を重ねてみんなの“納得解”をつくっていく努力を続けたところ、質の高いアイデアが出てくるようになりました。
キックオフしてから約4カ月で、ボトムアップで出た意見を自ら実現できる組織に変容し、目に見える効果を実感。「来年も続けたい」という教員の発案により、今年度も継続して業務改善を行っていくことになりました。
――「教師の新しい専門性は向上する」についてはいかがでしたか?
経産省は、教員に必要な新しい専門性として、教育現場や学校環境の改善を進める「チェンジメーカー」であること、自ら追い求めるテーマを探究し続ける「アクティブラーナー」であること、同僚とチームで課題解決する「ファリシテーター」であることを掲げています。
今回、信州大学の荒井英治郎准教授、兵庫教育大学の清水優菜助教と協力してこれらの3つを数値化してみたのですが、業務改善プロジェクトを通して、推進チームに立候補された先生方の「チェンジメーカー度」「アクティブラーナー度」が上がったことが実証されました。
誰かが行動するのを待つのではなく、自分たちが行動して試行錯誤しながら前に進んでいく。その過程がまさに探究学習であり、本事業を「PBL型業務改善」と名付けた理由もそこにあります。
“探究学習”を続けた結果、業務改善が実現しただけでなく、先生自身の新しい専門性が身に付いたという“一石二鳥”の側面が実証されました。
カリスマリーダー1人に依存するのでなく、リーダーをたくさん生み出しコミュニティーをつくる「スノーフレーク型リーダーシップ」をもってPBL型業務改善を広げていくことが、学校全体の大きな変化につながっていく可能性が示唆されたと思います。
保護者にも発信し、「共助」の範囲を広げることも大切
――学校や先生がよい意味で保護者を巻き込み、「教職員の働き方改革」についての理解を促すことも大切だと思います。どのような伝え方がよいのでしょうか。
学校を挙げて業務改善に取り組んでいく場合は、まずは校長先生が、学校説明会など大勢の保護者が集まる場所で、「わが校ではこういう理由から業務改善に取り組んでいます」「業務改善に取り組むことで、子どもたちにこのようなよい影響があります」など、その必要性や子どもたちへの影響について、魂を込めた言葉で保護者に伝えていただくことが大切です。
もしそれが難しい学校であれば、例えばPTAの会合などで「持続可能な学校にするために、業務改善について一緒に考えてもらえますか?」などと持ちかけて「共助」の範囲を広げ、学校と保護者の対話の場を設けるのもよいと思います。
“一担任”としては、保護者会や個人面談など保護者と接する場や学級だよりなどを通して、よい意味で自己開示していくこと。なぜ先生になったのか、どんな生活背景を持っているのかなどを差し支えない範囲で、でも率直に伝え、「この先生、なんかよさそうだな」「応援してあげたいな」と思ってもらえるような発信をしていくと、先生自身がぐっと働きやすくなります。
――最後に、先生方の「自助」についてお聞かせください。
私自身、教員時代に長時間労働で非常に苦しんだ時期があったのですが、今振り返ってみると、その原因の1つとして「学校以外の外の世界とのつながりがなかったこと」が挙げられると思っています。
まったく逆のように感じる人もいるかもしれませんが、時間をつくるためにはまず少しでも学校外での予定を入れてしまうことが起点だと、私自身の体験と多くの先生たちの変化を見てきて感じます。自分をアップデートするような外の刺激があるからこそ仕事でのアウトプットの質が高まったり、短い時間でもより成果を出せるようになっていったりします。
私自身が「自助」をできるようになったのは、次のような考え方に出合ったことがきっかけです。「職場と自宅以外にも自分を支える柱があると、どれかがしんどくても立っていられる。人脈が増えると、アイデアも増える」。初めは半信半疑でしたが、どうにかこうにか時間を捻出して外と触れ合ってみると、それが本当だと実感しました。月に1回でもいいので、教員サークルや異業種交流で自分を広げてみてください。少しゆっくりできる夏休みはチャンスです。
また、休日、1時間でも余裕があれば、ちょっと気になるオンラインセミナーに参加してみることもお勧めします。「耳だけ参加」でも“外の世界”を知り、緩やかなつながりをつくることができます。一歩学校外と触れ合うことで、明日からの活力、肩の力が抜ける考え方、すぐに使えるアイデアやタイムマネジメント術に出合える可能性があります。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:澤田氏提供)