社会変化や市特有の状況から「学校の役割」増加

横浜市教育委員会が教員の働き方改革に本格的に取り組むきっかけとなったのは、2013年度の「横浜市立学校 教職員の業務実態に関する調査」にある。この調査から、仕事にやりがいを感じつつも約9割の教職員が多忙と感じていることや、勤務時間内に「授業準備」にかける時間が十分に取れていない実態が明らかとなったのだ。

具体的には、小学校で約5割、中学校では約7割の教職員が休憩時間をまったく取れておらず、約4割の教職員が月4日以上休日出勤していた。また半数以上が、育児や介護などの事情があっても休暇取得や早めの退勤ができないと回答したという。同市のストレスチェックにおいても、高ストレス者が年々増えており、とくに時間外勤務が長いほどメンタルヘルスの状態が不良となる傾向が見てとれた。

そもそも同市は、約370万人超と市町村の中では全国1位の人口を抱える巨大都市だ。市立学校数は小中学校などを中心に509校にも上る。この規模と社会変化が相まって、同市の教育現場は多様化かつ複雑化の一途をたどり、教員の負担が大きくなっていった。近年の社会変化について、同市教育委員会事務局教育政策推進課担当課長である石田恵実子氏はこう説明する。

横浜市教育委員会事務局教育政策推進課担当課長の石田恵実子氏(中央下)
(提供:横浜市教育委員会)

「学校では『個』に応じた教育への転換をはじめ、いじめ防止対策やアレルギー対策、学校安全対策などが求められるようになりました。特別な教育的ニーズがある子どもも増えています。とくに本市は国際都市だけに外国籍や外国につながりを持つ子どもが1万人を超え、日本語指導が必要なケースも増加しています」

さらに、同市では10年以下の経験年数である若い教員が約5割を占め、今後彼らが「出産・子育て」世代となり、やがて「介護」に携わる教員も増えていくことが予想された。つまり、若手が学校の中核を担うミドル層になる頃を見据え、彼らが家庭の事情を抱えていても経験を存分に発揮できる環境づくりも迫られていたのだ。

ICカードや外注、教科分担制が奏功

こうした同市ならではの背景も重なり、同市教育委員会では教員の負担軽減に取り組んできたが、抜本的な改善に至らなかった。そこで、達成目標を明確にし、18年度から5カ年計画で「教職員の働き方改革プラン」をスタートさせたというわけだ。4つの達成目標を掲げ、4つの戦略と40の取り組みを設定して多面的に推進してきたというこのプランは、主にどのような成果を挙げているのだろうか。

まずは達成目標の1つである「時間外勤務(土日を含む)月80時間超の教職員の割合を0%にすること」だが、19年度は繁忙期の時間外勤務が大きく減少し、1年間の平均値は前年度の15.2%から12.6%(一斉臨時休校中の3月を除く)へと減少した。石田氏は、この結果についてこう語る。

「20年度の実績(詳細は21年5月ごろに公表予定)も、一斉臨時休校が終了した学校再開後に同程度の割合で減少が見られます。20年度はコロナ禍に見舞われたため、これまでと単純比較はできませんが、着実に成果が表れていると感じます。ICカードを先駆けて導入し、全教職員の勤務時間を客観的に把握できるようになったことが大きいです」

図は各月の割合。1年間の平均値は、前年度の15.2%から12.6%(一斉臨時休校中の3月を除く)へと減少

教員たちから非常に評判がよいのが、学校をサポートする専門スタッフなどの配置だ。部活動指導員の配置やICT支援員の派遣のほか、「職員室業務アシスタント」という人員サポートも行っている。これはいわゆる「スクールサポートスタッフ」で、すべての小・中・義務教育学校に2名、特別支援学校に1名ずつ配置しているが、とくに雑務で忙殺されがちな副校長の負担解消につながっているという。

校内清掃の外注も一部の学校で進めている。20年度は同市教育委員会で196校分のプール清掃を一括外注した。「障害者就労施設にも依頼しているのですが、働き方改革だけでなく、地域連携の観点からも学校の力になっていく取り組みだと考えています」と、石田氏は説明する。

床掃除やワックスがけ、エアコン清掃などを障害者就労施設に外注している
(提供:横浜市教育委員会)

小学校高学年における「一部教科分担制」というチーム体制の導入も拡大中だ。教員は教材準備が効率化されるのと同時に、クラスの数だけ同じ授業を繰り返すのでその質も上がる。また、複数の目で児童を見ることができ、学年経営力の強化という点からもこの体制の導入は現場から評価されているという。

「19年度にはいわゆる“給特法”の改正で残業時間は月45時間以内という原則も示されました。そんな中、本市は残業80時間超の先生が減っているとはいえ、まだ1割いる状態。この点は真摯に受け止めなければいけません。私たちも先生と同じく『子どもたちファースト』ですが、『先生ファースト』でもあり、大前提として先生にはいつも元気であってほしい。そのうえで、単に残業時間を短くするのではなく、子どもたちの学びと両立できる環境をつくっていきたいと考えており、福祉との連携や教科分担制といった形の施策にも力を入れているのです」

21年度は時間割の工夫にも踏み込む

19年度のほかの目標達成状況については、「19時(平日のみ)までに退勤する教職員の割合を70%以上にすること」は、18年度の69.7%から70.8%(一斉臨時休校中の3月を除く)と上昇し目標をクリア。一方、「年休取得日数を全員10日以上にすること」は7割以上の教職員が取得を実施したが、目標達成には至っていない。「健康リスク・負担感指数を全国平均(100)未満にすること」も前年と同数値の109となり目標をクリアできなかった。こうした結果を踏まえ、石田氏は、今後の改善点についてこう語る。

「効果の出ているアウトソーシングはさらに拡充する予定です。制度面では、2年間試行してきた『教職員版フレックスタイム制度』という時差勤務制度も21年度から本格実施します。現状、保育園の送迎などのために使う方が多いですが、19年度は担任を持ちながら利用した先生が6割いました。さらに活用が広がればと思います。

一方、働き方改革は学校経営に直結すると考えており、学校の判断で既存の枠組みの中でできることもしっかり後押ししていきたい。例えば、一部の学校で時間割の工夫も行っていきます。先生に勤務時間内に裁量できる時間を持ってもらうため、年間の総授業時数分の時間を確保しつつ、1単位時間を40分にすることなどで下校時刻を早める取り組みです。これにより充実した授業準備や残業時間の減少が期待でき、子どもたちの学びも豊かになっていくと考えています」

職員室業務アシスタントをはじめ、部活動指導員や写真のICT支援員など専門サポートスタッフの配置は今後も拡充する予定だ
(提供:横浜市教育委員会)

学校の業務改善支援の取り組みとして挙げているICTの活用もさらに推進する考えだ。これまでも、学校と保護者の連絡を担う情報共有システムの実験導入や、教材などの共有システムの構築を行ってきたが、GIGAスクール構想の前倒しを受けて同市教育委員会は20年7月にLoiLoと連携協定を締結した。

今後は同社が提供する授業支援システムの「ロイロノート・スクール(クラウド版)」を活用して子どもの学びの充実や家庭との連絡調整を図っていくという。また、研修については、集合し対面することでより効果が期待できる研修と、eラーニングやZoomなどのオンライン研修を組み合わせるなど、目的に応じた実施方法を検討しながら進めていく。

必要なのは、対等なパートナーシップ

これから改革を強化していく自治体にはどのようなことが必要だろうか。石田氏は、こう考えている。

「私たちもプランを基に改革を進めてはいますが、つねに現場とのギャップを意識するよう努めており、可能な限り学校に足を運ぶようにしています。決まったことをただ伝えるのではなく、納得いただけるまでお話ししていくことも大事だと思います。現場が主体的に子どもたちの学びと働き方をセットで考えていくことが重要なので、とくに『どのような学校にしていきたいか』ということをお話しするようにしていますが、そうすると皆さんが納得感を持って考えてくださると感じています。

働き方改革プランを3年間実施してきましたが、現場の意識がだいぶ変わってきているように見えます。校長先生だけでなく主幹教諭や教務主任の方々も自ら考えてアクションを起こしてくださる方が増えました。コロナ禍もあり、皆さんが学校のあり方について、原点に返って考えていらっしゃるのかなと。改めて、国、教育委員会、学校が対等なパートナーシップで取り組んでいくという意識が大事なのではと感じているところです」

(注記のない写真はiStock)