海外子女の約7割が現地の教育制度で学んでいる

帰国子女とは、どのくらいの割合でいるものなのだろうか。2022年の外務省の調査によれば、海外で暮らしている未成年者(海外子女)は、永住者を含めておよそ26万8000人。地域は北米やアジア諸国、ヨーロッパが多いという。

帰国子女の数について、海外子女教育振興財団教育アドバイザーの菅原光章氏は次のように語る。

「帰国子女の数は、文部科学省の『学校基本調査』では多少の増減はあるものの、毎年1万2000人ほどが日本へと帰国しており、小学生がその半数を占めています。つまり、6000人前後の小学生が帰国している計算です」

現地での教育については、日本人学校に通っている子どもが2~3割、現地の学校やインターナショナルスクール(インター校)に通っている子どもが7割ほどだという。つまり、帰国時には現地の教育を受け、現地の学校文化になじんだ子どもが圧倒的に多いのだ。

さらに近年では派遣される社員の年齢も若年化の傾向があり、必然的に子どもの年齢も下がる。実際に、JOESに寄せられる相談でも「現地の保育園や幼稚園の情報を知りたい」といったニーズが顕在化しているという。

海外から帰国した保護者が次に悩むのは「どこの学校に編入させるか」だ。上記と同じ文部科学省の調査では、小学生の場合は95%が公立校へ編入、中学生では公立校は68%、私立校がやや増えて29%。さらに高校生では比率が逆転し、私立校へ編入する生徒が65%となる。帰国子女の受け入れが可能な学校とはどのようなものなのだろうか。

「私が台北の日本人学校にいたころは、まだまだ帰国子女は珍しい存在でした。もちろんそういった児童を受け入れる体制も整っておらず、帰国子女は肩身の狭い思いをすることもあったようです。保護者や本人が海外に住んでいたことを隠す、ということもありました。

しかし、せっかく外国の文化に触れてきた子どもたちです。彼らに“小さな外交官”としてその国のすばらしさを広めてほしいという思いを伝えていました。その後、日本でも国際理解教育に注力するようになり、国立大学の附属小学校などが『研究指定校』として、帰国子女の受け入れや指導について検討・実践してきました」(菅原氏)

日本語の授業についていけず、進路が狭まることも

帰国子女たちは、日本の小学校でどのような問題に直面するのだろうか。思い浮かびやすいのは言語や文化の壁だ。

菅原光章(すがはら・みつあき)
公益財団法人 海外子女教育振興財団 教育アドバイザー
奈良県の公立小学校で教諭、教頭、校長として勤務。1983年より3年間台北日本人学校へ赴任し、現地で海外子女の教育に従事したほか、同志社国際学院初等部で教育サポーターとして勤務する。奈良県国際理解教育研究会事務局長、副会長、会長を歴任。2016年より海外子女教育振興財団(JOES)にて教育アドバイザーに携わり、海外赴任を控えた保護者や、帰国後の教育に悩む保護者などからの相談にあたっている
(写真は本人提供)

「現地校やインター校で過ごした子どもたちは、現地の言葉や文化に慣れています。日本語よりも現地の言語のほうが使いやすいということも少なくなく、日本語の教科書が読めず授業についていけない、ハイレベルな内容を理解できないリスクが上がります。国内で受験対策をしてきた子どもたちとは互角に戦えず、進学の選択肢が狭まってしまいます」(菅原氏)

また、現地の文化に慣れていることで日本の学校文化になじめないことも考えられる。海外では自分の意見をきちんと発信できることに評価がなされることが多いため、授業でも積極的に挙手をして意見を発表する児童が多い。一方、日本では年齢が上がるにつれて挙手をする子どもが少なくなり、積極的な子どもは“浮いた存在”になってしまうこともある。

こうした問題を防止するために、先に述べた研究指定校や国際教育に注力する学校では帰国子女のための指導方法を考案・実践してきた。例えば課外授業として日本語の補習授業を行うなど、帰国子女のみで構成される「帰国子女学級」を設ける学校や、英語による教育の比率を高めている学校もある。

その一方で、こうした帰国子女の受け入れ体制の拡充は停滞しているともいう。

「多くの企業が海外進出するにつれ、保護者の海外赴任に同行する子どもも増えました。以前ほど帰国子女が特殊な存在ではなくなったわけです。

また、国際理解教育においては外国籍の子どものケアがより重視されるようになり、帰国子女に特化せず、多様な国の文化を尊重し、お互いの理解を促進するような指導にシフトする傾向が見られます」(菅原氏)

特に小学生の場合は、データからもわかるように一般の公立小学校へ編入させる保護者も多い。帰国子女を特別視する動きは、よくも悪くも“鈍化”していそうだ。

子どもたちと密なコミュニケーションとフォローを

帰国子女が直面する課題として、先に挙げた国語力不足や文化の違いはわかりやすい例だが、本質的な問題はそれらから派生する「自尊感情の喪失」であると菅原氏は言う。

「言葉や漢字に苦手意識があり、授業についていけない。日本の学校文化になじめず、学業に積極的になれない……。こうした状況から、帰国子女は自信を失ったり、いきいきと過ごせなくなってしまったりといった弊害が起こります。

そうならないために、保護者は学校の先生とのコミュニケーションをぜひ密に行っていただきたいと思います。特に低学年の場合は、子ども自身が『自分が何に困っているのか』をうまく言語化できないことも少なくありません」

例えば、編入前には学校側との面談がある。そこで子どもがどのように海外で過ごしたのか、得意なことや好きなこと、どのような気質か。様々な情報をシェアし、連絡をとりやすい状態を作っておくことがカギとなる。

「日本語力に不安がある場合は、日本語のフォローアップをしてもらえる学校を選ぶ、英語力を伸ばしたい場合は習熟度別の英語指導を行っている学校を選ぶ、など、お子さん1人ひとりに合わせた学校選びは必須で、JOESでもアドバイスを行っています。

受け入れる学校側でも、その子がいた国がどのような文化なのか、どのようなところで学んできたのかを積極的にキャッチアップしてあげるような取り組みがなされれば、帰国生にとってより安心できる学びの場所になっていくのではないでしょうか」(菅原氏)

以前から政府による教員の在外教育施設への派遣事業が行われている。教員自身が海外生活を経験することで、帰国子女の悩みや困難に寄り添えるようにするのもその狙いの1つだ。

海外から帰国する子どもたちは、言語や文化の違いにぶつかりながらもたくましく成長してゆく。世界へと羽ばたいてゆく、将来への大きな可能性を秘めた子どもたちの力を育てる大人にもまた、求められる力がありそうだ。

(文:藤堂真衣、注記のない写真:ふじよ / PIXTA)