教員志望者、保護者、地域住民など多様な立場で交流

東京学芸大学では、2021年度から「教員・教育支援人材育成リカレント事業」というプログラムを行っている。

教員免許の有無にかかわらず無料で受講でき、期間は4カ月間。内容は公教育や教育支援についての基礎知識を身に付ける基礎科目、修了後を見据えたキャリア形成、授業開発を実践する総合演習など多岐にわたる。3年目となる2023年度は前年同様20人の定員を予定していたが、要望の多さを受けて募集枠を10人以上引き上げた。それでも上限に達して受け付けを締め切ったということから、注目度の高さが伝わってくる。

この事業を立ち上げたのは、学芸大学の理事・副学長を務める松田恵示氏。ここまでの経緯を次のように説明する。

「教育分野のリカレント事業はまだ珍しいもので、本学のプログラムを始めた時点ではほかに同様の例はありませんでした。通常、こうした取り組みは教員になることを前提としますが、この事業では支援職を含めたさまざまな働き方を提示しています。多様な人同士をつなぎ、さらにそうした人たちを学校につなぐ『接点』を作ることが、このプログラムのいちばんの狙いです」

東京学芸大学理事・副学長の松田恵示氏

例年の受講者で多数派を占めるのは、教員免許を持たないが、自分にできることを探る「一般の人」だ。松田氏とともにこの事業を担当する准教授の萬羽郁子氏は言う。

「受講料が無料ということもあり、働き方も正規や非正規、主婦の方など、さまざまな世代・キャリアの人が集まっています。ごく少数派ですが学生も受講していますね」

熱意や目的、意欲にばらつきがあるため、開講直後の数回は、受講者の中に戸惑いがあるのを感じると言う。とくに今年度からは新たに神戸親和大学との連携を開始したため、教員を目指す受講者の割合が増えた。2023年度は、33人の受講者のうち約3分の1が教員免許取得者で、さらに4人が通信制などで取得を目指していた。こうした事情から、例年よりも参加理由や修了後の進路希望の違いは大きかったかもしれない。しかし松田氏も萬羽氏も、その「違い」こそが重要なのだと口をそろえた。

東京学芸大学で准教授を務める萬羽郁子氏

「現在は、実際の学校現場にも教員以外にさまざまな方が働いています。また地域の方がボランティア等で学校に入ることも多くあります。そのため、この講座には教員を目指す人だけでなく、多様な人が参加していることに大きな意味があると考えています」(萬羽氏)

例えば講義の中でいじめについて考えるとき、受講生の多様さが利いてくる。教員のみならず、保護者や地域住民の立場からも意見が挙がることが、この講義の特徴の1つなのだ。講義日程終了時には、「自分と違う視点に気づけてよかった」「異なる立場の人とのつながりができてよかった」と話す受講者も多いそうだ。

※本事業の修了者は、神戸親和大学通信教育部への入学金等が免除され、一部科目を教員免許(幼稚園・小学校)取得に必要な単位として読み替えることができる

人材の質を保ちつつ入職の速度を上げることはできるか

この事業のもう1つの特徴は、実際に東京都や兵庫県の小学校で2日間の現場実習が体験できる点だ。前述のとおりさまざまな人が受講しているため、現在の学校に対する知識がない人も少なからずいる。そうした受講者は、自分たちの子どもの頃との学校の変化にとても驚くそうだ。萬羽氏はこう話す。

「『聞いてはいたけれど、実際にここまで大変なのか』という声は毎年聞かれるものです。こうした実体験を経ながら、現職の教員に触発されたり受講者同士が刺激し合ったりもして、それぞれの選択にも変化をもたらしているようです」

現場を知ることで教員を助けたいと考えるようになり、支援職を目指す受講者もいる。一度学校を離れた教員が、再び教育への熱意を取り戻す例もある。臨時免許の取得を待たず、外部講師として学校を支える選択肢に気づく人もいる。

松田氏はこの取り組みを「入職を先行する仕組み」にしていきたいと言う。

「教員になりたいと思っても、現状では資格を取って現場に入るまで2~3年かかります。それは教員を目指す人にとっても、人手不足にあえぐ現場にとっても長すぎる。まずは入職し、実際に働きながら転職を完了させていくというプロセスを示せればと考えています」

入職の速度を上げるに当たって、課題になるのは人材の質の担保だ。入り口のハードルを下げるとき、クオリティーも下がってしまうのではないかと懸念する人は必ずいる。これについても、松田氏はこの事業でつかんだ手応えを語る。

「小学校での実習では、退職した校長など、教育現場の実情を知る専門家が受講者のメンターを努めます。こうした評価も含め、4カ月間の講座を通じて、人材の質はおおむね見極めることができていると思います。数字などエビデンスの可視化も課題ではありますが、今のところは学校の反応も好意的で、まったく不向きな人が受講しているということはないようです。実習先の学校からは、『意欲のある人がたくさんいるのはとてもうれしいこと』という声も多く寄せられています」

社会と学校を多様な大人が行き来する「流動性循環」を

松田氏の話から、現場もこの事業を前向きに受け止めていることがわかる。しかしそうした心情に反して、スピード感を持って入職を進めることは、実際には難しい。臨時免許がスムーズに発行されるかどうかは自治体による差も大きく、結局は新たな人材を採用できるかどうかは「今持っている資格」に左右される。松田氏は、現状の教員の「順序性」にも改善すべき点があると指摘する。

「通常はまず正規の教員で回しながら不足があれば非常勤を加え、それでも足りないときに臨時免許の先生を……という優先順位があります。しかしこれでは、英語や探究学習など、新たな学びが増える現場のニーズに柔軟に応えることができません」

こうした点も改善すべく、松田氏は各自治体との協議を進めている。例えば臨時免許は、非常勤の教員に対しては比較的交付されやすい。これを活用し、企業側の協力も得ながら、非常勤のダブルワーク教員として働いてもらうことはできないか。副業・兼業は2018年に政府がガイドラインを改定して促進しているが、なかなか社会に浸透しないのが実情だ。学校が変わるためには、社会がともに変容していく必要があるだろう。

そもそも教員も「一人の社会人」であるはずだが、現状では、教員になって学校に入ると、何となく社会から切り離されるような空気がある。松田氏はこうした教員のあり方を変え、社会と学校の「流動性と循環」を生んでいくべきだと考えている。

「教育に対して強い理念を持っている社会人は多いと感じています。多くの大人は、日々の時間や生活をともにする中で、子どもたちに伝えられることをたくさん持っているはず。教科の学習はもちろん大切ですが、そうした多様な大人と接することも、子どもたちにとって重要な学びになる。学校で働く大人はもっとフレキシブルに、社会と学校を行き来できてもいいのではないでしょうか」

どう仕組みを変えていくか、財源はどうするか、どう理解を得ていくか。課題は決して少なくないが、期待を込めた模索が続く。

(文:鈴木絢子、写真:東京学芸大学提供)