私大の職員が、なぜ「奨学金YouTuber」に?
2020年3月に開設された、札幌大学学生課職員によるYouTubeチャンネル「サツダイ奨学金担当」。主にJASSOの給付型奨学金(以下、給付型)と貸与型奨学金(以下、貸与型)に関する情報を、制度を利用する学内の学生に向けて発信している。
開設以来、視聴回数や登録者数は伸びており、所属学生に限らず、他大学の学生や高校生とその家族、同業の奨学金担当職員などからも視聴されているという。11月15日現在、投稿されている動画は約120本、登録者数は2510人に上る。
チャンネルをのぞけば、学外のファンがいるのもうなずける。複雑な奨学金制度を親しみやすい言葉と軽快なテンポで解説していて、とてもわかりやすいのだ。手続きの方法だけでなく、「ゼロからわかる奨学金」や「奨学金を借りるあなたが絶対やってはいけない7つのこと」など、基礎から学べる親切な動画も多い。
そんな動画配信を一手に担っているのが、同大学務部学生課の水戸康徳氏だ。
14年の入職以来、奨学金業務を主に担当しており、これまで何らかの形でサポートをした学生の数は約2000人。関係者が「水戸さんは一部の大学職員の間で“神”と呼ばれている」と語るように、奨学金制度に詳しいことで知られる。
しかし、なぜ大学職員が積極的に動画配信を行うのか。きっかけは、20年度にスタートした「高等教育の修学支援新制度」だ。この制度の導入に当たり学生に提供すべき情報が激増、対面での「奨学金説明会」では伝えきれないため、動画で補足することになった。そこで、説明会を担当していた水戸氏に白羽の矢が立ったのだ。
しかも準備を始めた途端にコロナ禍となり、説明会は急きょすべて動画配信で行うことに。そんな流れで水戸氏は大学職員兼「奨学金YouTuber」となったわけだが、動画は学生たちにわかりやすいと好評で、YouTube配信は大学が学生を支援するうえでの大切な情報提供手段の1つになった。
奨学金を利用する学生が陥りがちないくつもの「落とし穴」
現在、1人でYouTubeチャンネルの運営を担う水戸氏。動画制作もYouTuberの経験もなかったが、「もともとパソコンやタブレット端末を扱うことは好きで、高校・大学での演劇活動で学んだ話し方も役立っている」そうだ。
「毎回新しい機能やアクションを試し、視聴回数や滞在率など細かいデータ分析を行い、動画の構成や見せ方、公開のタイミングなどをつねに工夫・改善をしています。学生が何かわからないことがあった際に、いつでもアクセスできる状態を目指して編集しています」
説明会の担当者としてコロナ禍前から一貫して大事にしているのは、「学生が実感しやすく、わかりやすい説明」だという。JASSOの公式情報は難解で、どこが大事なのかがつかみにくいからだ。水戸氏は、学生の「わからん」を、何とか「わかる」に変えたいと強く思っている。
「いきなり目次のない事典を渡されて『全部読めばわかるから』と言われたら途方に暮れますよね。奨学金制度を知るというのは、そんなイメージなんです。そもそも奨学金に対してネガティブな感情を持っている人も多いと思うので、動画も対面も、淡々と情報を読み上げて『伝える』のではなく、『伝わる』ことを意識しています」
水戸氏は、動画は何度も見直せるツール、対面は「ちゃんと手続きしなければ」という気持ちを醸成する空間と捉え、それぞれの特性に合った情報伝達を心がける。しかし、いずれも目指すところは「学生が自分で奨学金を理解し、手続きができるようになること」。そのため、対面・動画ともに説明会の実施前後のフォローも丁寧に行う。
「実施前の告知はもちろん、実施後には参加者と欠席者に分けて次に取るべきアクションを伝えるなど、イベント会社並みに通知メールを送ります。その結果、動画説明会の視聴回数は増え、対面説明会の参加率も上昇しています。それでも反応がない学生には電話をかけるなど、1人ひとりのフォローに努めています」
ここまで支援に力を入れるのは、奨学金制度の知識や理解が不足しているために、退学になってしまう学生を何人も見てきたからだ。制度が難解であるがゆえ、学生にとっての落とし穴もたくさんある。
例えば、給付型と貸与型の第一種奨学金を組み合わせて使うと「併給調整」されて第一種が0円になる場合もあるが、それを知らずに入学して「第一種が入金されない」と慌てる学生が少なくない。給付型の支給が止まったときなどに初めて第一種が振り込まれる仕組みなのだが、そういった詳しい説明を高校で受けていないケースが多いという。
「給付型奨学金と授業料減免についても、お得ながら不安定なものであることがあまり周知されていません。毎年10月に課税額に基づく支給額の見直しがあるため突然支給額が減ったり支給が止まったりするほか、出席率やGPA(平均成績)の基準に満たず卒業まで持たない学生も。だから進学後に申し込む在学採用の学生にはそういうリスクも最初に伝えますし、高校生向けの動画も作って情報発信しています」
在学中のリスクも多い。例えば、アルバイトで稼ぎすぎると給付額が下がる。奨学金の種類を問わず、成績基準をクリアできなかったり、毎年冬に行う継続願いの手続きを忘れたりすると、支給が止まる。給付型に至っては3カ月に1度、現況報告の義務がある。そのため水戸氏は「忘れないよう、スマホのリマインダー機能を活用しよう」といったハックも併せて情報提供を行う。
「わからないことはまず学校の奨学金担当者に聞いてほしい」と水戸氏は言うが、学校から提供される情報の質や量が十分でない場合は、どうしたらよいのか。
「私の動画をご覧いただくのもよいですが、ウェブサイトではJASSOの『奨学金相談サイト』や久米忠史さんが運営する『奨学金なるほど相談所』がわかりやすいです。奨学金検索サイトでは『crono』と『ガクシー』がお薦め。前者はコラムが充実していて、月末にはZoomで奨学金の勉強会なども開催しています。後者は検索や情報発信が若者向けに工夫されていて、お得な奨学金情報が豊富に入ってきます」
情報収集のニーズは大きく、水戸氏のYouTubeチャンネルやTwitter、マシュマロにも、所属学生に限らず、学外の学生や高校生、その家族などから質問が届く。今のところ対応可能な数なので、すべて回答しているという。
「わからなくて本当に困っていても『こんな質問をしていいのだろうか』と不安に思う学生は多い。だから学生の心理的安全性を確保するためにも、誰であろうと、どんな基礎的なことであろうと答えています」
ちなみに趣味の範囲で運営しているサブチャンネルのライブ配信「奨学金LIVE」では、その場で質問に対応しているそうだ。
知られざる「奨学金担当者」たちの苦悩とは?
一方、奨学金制度の複雑さに頭を抱えているのは学生だけではない。水戸氏を含め、奨学金担当者たちも皆、大変な思いをしているという。「毎年のように小型の変更や大型のアップデートがあります。しかも今どきはゲームでさえ攻略動画があるのに、奨学金にはいっさいガイドがありません」と、水戸氏は漏らす。
例えば、各種変更における注意すべきポイントについてはJASSOから渡されるとは限らない。アナウンスがない場合、奨学金担当者が資料を読み込んで注意点に気づくしかない。
「子どもの学校からのお手紙で、何枚か合体しないと読み解けないものってありますよね。あんな感じで奨学金制度も、ある情報が追加された場合、すでに提供されていたAの情報やBの情報との関係性や注意点は各自で読み取ってくださいというスタイルなんです」
奨学金担当者は制度を理解しようと猛勉強するまじめな人が多いというが、担当者の善意と努力に依存する今の状態では、もし見落としがあっても強く責めることはできないのではないか。
しかし、見落としは「学生に必要な情報が届かない」ことにつながる。「中には『私のせいで何人かの学生に迷惑をかけてしまった』と心を病んでしまうケースもあると聞きます」と、水戸氏。水戸氏の元にも、外部の奨学金担当者から「こんな制度に誰がしたのか」「ついていけるわけがない」「実質ワンオペで手が回らない」といった悲痛な声が届くことがある。
「答え合わせをしようにも、JASSOの電話はつながりにくく、私たち担当者は『これでいいのかな?』といつも不安。そもそも業務はほぼ紙ベースで、奨学金の利用者が増えているので昔より業務量そのものも多くなっている。でも、結局それをまとめるJASSOも大変で、誰のせいでもないんですよね」
そのため水戸氏も解決策は持っていないが、「担当者はどうか自分の心を守ってほしい」と願っている。
「担当者は制度を変えることはできません。でも、今年課題が残ったら、次年度はそれを生かして改善することはできる。そういう転換は気持ちを前向きにしますし、結果的に学生を守ることにもつながります。昔に比べて制度も業務量もまったく変わっており、周囲も『こういう協力ができるけど、必要?』など、可能な範囲でいいので気にかけてもらえると本当に助かります」
前述のとおり、水戸氏はデータ分析を学生支援に生かしているが、今後はさらにデータから最適なアクションにつなげる「仕組み化」を強化して業務効率を上げ、学生に必要な情報をしっかり届けていきたいと話す。
「学生から動画配信への感謝の声をいただきうれしく思っていますが、動画が好調なだけでは意味がありません。重要なのは、給付型を利用する学生なら無事に卒業すること、貸与型を利用する学生なら返還金を延滞しないこと。とくに延滞率の改善は大きな課題ですが、大学の体面以前に所属学生が将来苦しむ事態は絶対に避けたい。だから学生に自分を守る知識や情報を渡すためにも説明会の参加率の向上は大事で、そこを根性ではなく『仕組み化』で何とかしていきたいと考えています」
また現在、「奨学金担当者だらけの会」という、奨学金担当者がZoom上で気軽に集える会を持っているが、校種を問わずもっと広く担当者とつながりたいという。
「学校横断で奨学金のノウハウを共有するなど、新しい試みができたらもっとみんなハッピーになれるのかなと思っています」
奨学金を扱う現場の最前線では、水戸氏をはじめとする奨学金担当者たちが、学生の未来を守ろうと必死で奮闘している。最近では現場の業務をDXで改善しようと乗り出すスタートアップ企業もあり(関連記事はこちら)、うまくいけば少しずつ困難は解消されていくかもしれない。
しかし、奨学金は本来、学生が未来を切り開く重要な手段であるはずだ。現場職員や学生の自助・共助に頼らなければ回らないような複雑な仕組みのままでよいはずはない。JASSOの奨学金制度への批判はすでに数多くあるが、情報提供や手続きなどの面も含め、学生がもっと利用しやすいよう見直されるべきだろう。
(文:編集部 佐藤ちひろ、写真:水戸康徳氏提供)