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ニデック永守氏が豪語した「買収先のリストラはしない」の裏側、買収先企業にコスト削減の異常なプレッシャーを掛けて社員の大量退職も

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ニデックの牧野フライス製作所に対する強引なTOBは頓挫し、永守氏の「失敗ゼロ」のM&Aは曲がり角を迎えた

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2025年12月19日にグローバルグループ代表を辞任し、名誉会長に退いた永守重信氏は、買収先の会社にも「永守イズム」を浸透させ、ニデックグループの驚異的な成長を実現させてきた。しかし、グループ企業の現場は疲弊し、大きなひずみも生まれていた。永守氏が「すべて成功、失敗はゼロ」と豪語していたM&Aの裏側で何が起きていたのか、ジャーナリストの竹中明洋氏が迫る。

日本電産(現ニデック)の成長の源泉はM&A(合併・買収)にあった。創業から11年後の1984年にアメリカのファンメーカーの事業を買収したことを皮切りに、その数は25年7月までに75社に上った。ここ数年は三菱重工工作機械やOKK、TAKISAWAなど工作機械メーカーの買収を立て続けに行ってきた。24年12月には、やはり工作機械メーカーの牧野フライス製作所に対し、事前接触なしにTOB(株式公開買い付け)の意向表明という強行策に打って出て、業界を驚かせた。

ところが、牧野フライスに対するTOBをめぐっては、経営陣のみならず労働組合からも「シナジーが不透明」「過去の買収事例で労働条件の悪化や不当労働行為が確認された」などと猛反発を受ける。

結局、買収防衛策の差し止めを求めた申し立てが東京地方裁判所に却下され、25年5月にTOBは撤回に追い込まれた。この案件を主導したのは最高M&A責任者の荒木隆光専務執行役員(当時)。東京銀行(現三菱UFJ銀行)出身で16年に日本電産(現ニデック)入りし、同社の数々のM&Aを指揮してきた。25年4月に最高M&A責任者のポストに就くが、牧野フライスのTOB撤回から3カ月後の25年8月に会社を去った。

「M&A巧者」の現実

永守氏は、22年に日経BP社から出版した『永守流 経営とお金の原則』(以下『永守流』)でこう述べている。

「M&Aは成長のために時間を買う戦略である。(中略)我が社の場合、50%をオーガニックな自力の成長、残りをM&Aによる成長という両輪でやってきた。それをシナジー、相乗効果で高めていく」

パズルのピースをはめていくようにシナジーを生む企業を厳選し、高値づかみは決してしないという永守氏は、M&Aの成果に絶対的な自信を持つようだ。この著書の中で「(M&Aは)すべて成功、失敗はゼロ」と自賛している。メディアも永守氏の言葉をなぞるように「M&A巧者」「買収王」などと持ち上げてきた。本当にそうなのか。

23年2月に東洋経済オンラインは「日本電産、業績急悪化に潜んだ巨額買収のツケ ヨーロッパ買収企業が顧客とトラブル、損失に」とする記事を配信している。記事の概要はこうだ。

15年に日本電産はドイツの車載ウォーターポンプ製造会社GPMを買収する。ところが、4年後の19年3月になってポンプの不具合が発覚する。流量を制御する機能がうまく作動しないために冷却水の水温が上昇し、それが原因でラジエーターのファンが騒音を出すというのだ。GPMはソフトウェアを変更する改善策を取ったが、部品交換代やソフトウェアの変更コストとして21年に英ジャガー・ランドローバーから31億円余りを請求されるに至った。

永守氏は14年12月12日付日本経済新聞で「(GPMは)75年の歴史があり、多くの人が商品イメージを持ち、技術力を高く評価している」と述べていた。しかし、買収前からその技術力を不安視する声もあった。当時の日本電産幹部は「GPMの買収ではデューデリジェンス(買収前の調査)が甘かった。買収過程ですでに一部顧客とのトラブルも浮上していた」と証言する。

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