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【独自】ニデックで摘み取られた改革の芽、知られざる関潤氏退社の真相、初めて明らかになった「叱責メール」の壮絶な中身

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2020年2月の社長交代会見に臨んだ関潤氏(左)と永守重信氏。一時は「後継者問題に決着がつく」ともみられていた(撮影:ヒラオカスタジオ)

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2021年に日本電産(現ニデック)のCEO(最高経営責任者)の地位を永守重信会長(現グローバルグループ代表)から引き継いだ関潤氏は、22年4月、社長兼COO(最高執行責任者)に降格。その5カ月後、業績悪化の責任を取る形で会社を去った。当時の永守会長は「外部にいい後継者がいると考えたのは錯覚だった」と述べ、自身と創業から苦楽を共にしてきた小部博志氏を後任に指名した。
昭和のモーレツ社員のごとき働きぶりを志向する「永守イズム」に異を唱え、時代に合わせた経営への転換を模索した関氏だったが、逆に永守氏の逆鱗に触れ、辞任に追い込まれたとみるのが妥当だろう。
永守氏の「標的」になったのは関氏だけではない。関氏と同じ日産自動車から招かれた吉本浩之氏、カルソニックカンセイ(現マレリ)から招かれた呉文精氏、シャープから招かれた片山幹雄氏ら、名だたる経営者が日本電産に入社しては時を経ずに去っていった。
第4回は、「教育の基本は叱ることに始まり、叱ることに終わる」と説いてきた永守氏の功罪を問う。

「日本電産創業以来50年余りの経営者生活において、最大最悪の大失敗は君を私が創業した日本電産の社長として採用し、信じ切って任せてCEOに任命したことである。悔やんでも悔やみきれない毎日である」

「日産のような会社で井戸の中の蛙のごとく自己満足の世界で『自分は出来る人間である』と錯覚して甘い、遅い、中途半端な仕事を40年近くやってきた人間」

「君と私の経営力の差は100倍以上はあると考えて、本当に基本から学び直していかないと、何処に転職しても役に立たないと思うぞ!」

これらは2022年4月、日本電産(現ニデック)の永守重信会長(現グローバルグループ代表)が同社の役員ら幹部50人ほどに送った一斉メールの文面である。名指しされている「君」とは、当時日本電産社長兼CEO(最高経営責任者)から同COO(最高執行責任者)に降格となった関潤氏のことだ。

この2年前の20年、永守氏は日産自動車副COOだった関氏を三顧の礼をもって特別顧問として迎え、21年には初めてCEOのポストも引き継がせた。永守氏は当初「経営手法は私に似ている。決断力や人格どれを取ってもCEOにふさわしい」と手放しで関氏を評価し、成長の柱と位置づけた車載事業本部の指揮も関氏に任せていた。

ところが、22年に入ると雲行きが怪しくなる。

「永守会長が関社長に失望感」の報道

22年1月25日、米ブルームバーグが事情に詳しい複数の関係者を情報源として、「永守会長が関社長に失望感」と報じる。記事によれば、「(永守氏は)特に主力事業の一つである車載事業で業績が悪化していると認識しており」「低収益企業からの中途入社の増加で持ち込まれた諦めや怠けなどの悪習で汚染されていることが原因だとの見方を社内で示した」という。また、同じ記事で「(永守氏は)経営力の低い人物をトップに据えたのは判断ミスだったとの見方を明らかにした」とも報じられた。

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