なぜ「奨学金」に特化したサービスを提供?

高等教育費の家計負担が重いといわれる日本。日本学生支援機構(以下、JASSO)の「令和2年度 学生生活調査」によれば、2020年度の奨学金受給状況は大学昼間部49.6%、短期大学昼間部56.9%、修士課程49.5%と、前回調査より増加している。

このように学生の約半数が奨学金を必要としている中、利用者を増やしているのが、国内の奨学金情報を検索できるウェブサイト「ガクシー」だ。21年に本格的にサービスを開始し、会員登録数は学生や保護者を中心に12万人を突破した。

ガクシー代表取締役の松原良輔氏は、「強みは1万6000件以上という、国内のほぼすべての奨学金を網羅したデータベース」だと語る。さらにランキングや人気テーマなどさまざまな条件で検索できるほか、奨学金関連のコラムの充実も図っている。自分の目的に合った奨学金を見つけやすい点が、利用者の心をつかんでいるようだ。

奨学金サイト「ガクシー」の画面

さらに同社は、奨学金の運営団体に対しても、募集から選考、支給管理まで奨学金業務を一元管理できるクラウド型プラットフォーム「ガクシーAgent」を展開。こちらも昨年からサービスを開始したばかりだが、大型の海外奨学金を提供する笹川平和財団をはじめ、複数社が同システムを導入するなどすでに実績もあり、大学や財団、これから奨学金をつくりたいという企業や篤志家などから問い合わせが急増しているという。

そんな同社の創業者である松原氏は、シリアル・アントレプレナーの一人。新卒で三井化学に入社後、最初は08年に会社の先輩とともにグローバル採用支援のスタートアップ企業を立ち上げた。海外の優秀な工学系人材と日本企業をマッチングするサービスを提供し、欧米をはじめ、中国やインドなど33地域、270以上の大学で人材採用企画の立案・運営や採用プラットフォームの構築に携わってきた。

松原 良輔(まつばら・りょうすけ)
ガクシー代表取締役
慶応大学卒業。三井化学にて経営企画や採用業務に従事。2008年に海外の優秀な工学系人材と日本企業をマッチングするジョブテシオを創業、17年に売却。19年に再び起業、日本の将来を担う若者のために奨学金市場のDX化を目指し、奨学金サイト「ガクシー」の運営と、奨学金DXプラットフォーム「ガクシーAgent」の提供を行っている。22年10月に社名をSCHOL(スカラ)からガクシーに変更

ここでの経験が、現在の奨学金に特化した事業につながっている。採用支援を通じて世界のトップ大学の学生と触れ合う中、海外では学費が安かったり奨学金制度が充実していたりと、金銭的な心配をせずに学生が学業に集中できる環境が整っていることを実感したのだという。

「起業するに当たり調べてみると、米国の奨学金の種類は日本の10倍ほどあり、高等教育の授業料に占める奨学金の割合も日本は8%程度であるのに対し、米国では70%に上ることがわかりました。欧州も国の施策によって、大学の授業料が無償だったり学費が安かったりと、奨学金が必要ない場合が多い。例えば、フランスでは5~6割の学校の授業料は無償で、奨学金は企業が採用で学生を一本釣りするために提供するものくらいしかありません。一方、日本では東大の大学院生でも生活費に困り、アルバイトに時間を取られて研究に専念できないといった現状があります。こうした日本の将来を担う若者のペインを解決したいと思い、奨学金領域に特化したのです」

最大の課題は「情報の非対称性」と「運営現場の非効率性」

松原氏は、日本の奨学金の最大の課題は「情報の非対称性」と「運営現場の非効率性」だと考えている。「学費というテーマは誰もが通る道なのに、なぜか奨学金運営の現場ではこの2つの問題が長年放置されてきました。私たちはこれらをDX化によって解決したいと思っています」と語る。

今、多くの高校生や大学生は、奨学金情報を学校経由で受け取っている。しかし、その中身はJASSOの奨学金の案内がメインであり、企業や財団、自治体などが運営する奨学金情報は学生たちに十分に届いていない。地域や学校によっても受け取れる情報の質や量に差があり、奨学金を必要としている人に適切な情報や支援が届きにくいという現状があるという。この「情報の非対称性」を解決すべく、同社は奨学金サイトを作ったというわけだ。

また、同社の調査によると、奨学金の運営元の8割以上が、募集を郵送や窓口で受け付けており、その管理を紙とExcelで行っているという。このアナログな「運営現場の非効率性」を解消しようと提供を始めたのが、ガクシーAgentである。

「ガクシーAgent」の管理画面

「奨学金の応募者と運営元の支援を両輪で行い、将来的には就職支援サービス『リクナビ』の奨学金版のようなプラットフォームにしていきたい」と、松原氏。とくにガクシーAgentの導入が広がれば、運営元の業務が楽になるのはもちろん、学生も簡単にガクシーの中で複数の奨学金の応募や管理ができるようになり、双方の負担軽減が期待できる。

「大学に負荷が集中している点も大きな課題。JASSO関連の業務量が多く、大学は書類作成に追われています。ここを効率化する機能を9月にリリースしましたが、提案時から40~50件の相談依頼が入るなど反響が大きかったですね。それだけ学校の奨学金担当者の方々は事務業務を回すのに精いっぱいなんです。担当者の皆様が学生に『こんな奨学金があるよ』とフォローしてあげるような本来のお仕事に注力できるよう、今後も機能を向上させたいと思います」(松原氏)

若者がお金の心配なく挑戦できる「諦めなくていい社会」へ

松原氏は、給付型奨学金が一般的な海外と異なり、JASSOの奨学金の大半は返済が必要な貸与型である点も問題だと指摘する。実際、雇用の不安定化や学費の高騰などを背景に返済できないケースが増えており、厳しい取り立てなども社会問題化している。一方で、明るい動きもある。

「私たちの調査では、2015年ごろの日本の給付型奨学金は全体で100億円程度だったのですが、現在までに3000億円程度まで増えており、その8割ほどをJASSOが担っていることがわかっています。JASSOが17年度から返済義務のない給付型奨学金事業を始めているためです。背景には貸与型の社会問題化もありますが、国にはとくに博士や修士など優秀な人材を育成して国力を上げたいとの意図があるのでしょう。また最近のスタートアップ業界では、メルカリCEOの山田進太郎さんのように、ビジネスで一定の成功を収めた創業者などが後進のために財団を設立して奨学金制度を開始するような動きも増えてきています。こうした流れが続くのは望ましいことです」

政府は修学支援の拡充も予定しており、今年9月にはその工程表が発表された。そこには24年度から高等教育の修学支援新制度の対象を中間所得層にも拡大するほか、「出世払い」できる奨学金制度の導入などが盛り込まれている。ただ、松原氏はこうした国の提言について、次のように評価する。

「教育費は無償化できるといいのですが、難しいのが日本の現状です。そんな中、こうした修学支援の拡充はすばらしい流れだと思いますし、国が音頭を取るのは大事なこと。しかし個人的には、子どもが多い世帯や理系の学生などに限られるなど細かな制限が付いており、実行してもごく一部しか恩恵を受けられないのではと懸念しています」

では、今後どのような支援が求められるだろうか。松原氏は奨学金を投資の一部だと捉えれば、いろいろな支援の仕組みが考えられるだろうと話す。

「海外では投資としての奨学金も増えていくと思いますが、日本では国民性を考えると大きな潮流にはならない気もします。そこで今、給付型奨学金の総量増を目指して考えているのが、ふるさと納税型の奨学金制度の創設です。米国では奨学金への出資や寄付が税額控除の対象となっているため、寄付をして誰かを助けたいと考える人たちが多い。米国ほどではありませんが、日本も一定の条件で税額控除の対象となる仕組みがあるので、私たちが奨学金の運営元になって米国のような機運をつくりたいと思っています。ガクシーには学生が集まっており、システムで手軽な仕組みをつくれる強みがあるので、『控除の恩恵を受けながら奨学金を実施したい』というニーズを掘り起こせると考えています」

同社は、今年の6月末に銀行系や教育出版社系のベンチャーキャピタルなどから総額約1億円の出資を受けることになり、10月1日からサービス名の「ガクシー」に社名を変更して新たなスタートを切っている。松原氏は、今後のどのように同社を成長させていこうと考えているのだろうか。

「日本の若者がお金の心配をまったくせずに自分のやりたいことができる、『諦めなくていい社会』にしていきたいと思っています。そのため、若者がお金や知識の流れを整理できるようなプラットフォームやツールをつくり出していきたい。ふるさと納税型の奨学金制度の創設もその一つですし、クラウドファンディングのような学生がやりたいことのためにお金を集められる仕組みをつくるのも一案です。将来的には、中国やインドにも進出していきたいと考えています」

(文:國貞文隆、写真:ガクシー提供)