大学進学後の留年や中退「世間のイメージ」よりずっと多い
各都道府県の進路指導協議会が主催する高校教員向けの研修で、よく上記のようなデータをご紹介します。研修では大学の実名をそのまま挙げるのですが、会場では毎回、驚きの声が上がります。
大学進学後の留年や中退は、世間の想像よりずっと多いのです。難関国立大学でも、留年率が3割以上の学部は珍しくありません。私立大学の薬学部や歯学部では、入学6年後に国家試験に合格できているのが3割程度というケースもしばしばです。
文部科学省は中退率も含めた情報公開を各大学に義務づけていますが、多くの場合、高校生が気づく場所には掲載されていません。大学が積極的に発信しないこともあり、ベテランの高校教員でも、中退や留年などごく一部の例外的なケースだと考えている方は少なくないようです。
私は、中退や留年が必ずしも悪いとは思いません。海外留学やインターンシップに伴う卒業延期などは、個人的にはむしろ勧めたいほどです。大学中退が人生の転機になったケースもあるでしょう。人生はさまざまです。
ただし、知っておいたほうがよいこともあります。現在、大学進学者の半数程度は貸与型奨学金など何らかの経済支援制度を利用していますが、留年や中退が決まると多くの場合、これらの給付は止まります。中退後、68%は非正規雇用、14%は無職の状態になるというデータも(独立行政法人労働政策研究・研修機構「第3回若者のワークスタイル調査」2012)。留年や中退によってご家庭が経済的に追い込まれるケースも少なくないのです。
未然に防げる中退については、可能な限り手を打ったほうがよいというのが私の立場です。そのためには高大接続の視点から高校の進路指導と大学側の学生募集、双方を見直すことが大切です。
進路指導のさまざまな課題が「中退」を生み出す要因に
1993年から2023年度までの30年間で、4年制大学への進学率は28.0%から57.7%へと倍増(文部科学省「学校基本調査」)。大学は身近な存在になりました。
以前なら進学しなかった層の若者たちも、現在は大学で学べます。多くの方が高等教育にアクセスできる社会になったというのは、基本的にはすばらしいことです。その一方で、上述した中退のような課題も静かに広がっています。
中退の理由は大学や学部により異なりますが、目立つのは進路選択でのミスマッチと、学力不足の2点です。さまざまな大学で中退者のデータを分析すると、1年前期の時点で単位がほぼ取得できていないなど、入学当初から問題が発生しているケースは非常に多いのです※。
とくに文系の学部では学びのミスマッチが目立ちます。経済学部では数学が必要と知らなった、経営学との違いをわかっていなかったなど、少し調べればわかるような単純なことを理解しないまま、進学しているケースも少なくありません。大学側の広報姿勢にも問題はあるのでしょう。
高校の先生方からも、進路指導に関する悩みをよく伺います。以下は、研修の場などでよく出るご意見です。
・大学進学希望者は増えたが、学びたいことが思い浮かばないという生徒も多い。
・保護者の影響力が年々強くなっている。本人ではなく保護者の意見で進学先が決まる。
・早く確実に進路を決めたいからと、指定校推薦枠から選ぼうとする生徒や保護者が増えた。
・3年生の最後まで勉強に集中してほしいが、年内入試で合格を得た生徒から遊びだす。
いずれも、生徒や保護者が「入試での合格が勉強のゴールだ」と考えているから生じる問題であるように思います。裏を返せば、「入試での合格はゴールではなくスタートである」という事実を伝えることは、これらを解決するうえで大切ではないでしょうか。中退率などのデータも、ときには有効と思います。
文科省「令和5年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」によると、私立大学入学者のうち一般選抜での進学者は39.7%。これに対して学校推薦型選抜は41.4%です。大学入試のあり方も変わりました。
これが悪いとは言いませんが、勉強をし続けなくても早くに進路を決められる手段として指定校推薦枠が使われるケースがあるのだとしたら心配です。入試を通過することはできても、進学後につまずく可能性が高いでしょう。
※一ノ瀬 大一「突発的中退者に対する職員の効果的アプローチに関する研究-消極的中退者に着目して-」 (KAKENHI-PROJECT-19H00039)
高校の進路指導でできることは?
大学合格ではなく、その後の成長をゴールにする。目の前の入試をいかに乗りきるかではなく、この先、どんな自分になりたいかを考え続ける。そうした進路指導を、高校3年間の中で積み上げていくことが大切です。
具体的に工夫できることもあります。私はいつも進学ミスマッチをなくすという観点で、以下の3点を整理しての指導をオススメしています。
→学ぼうとしている学問や職業分野の内容を理解すること。カリキュラムや扱うトピック、どのような仕事につながるかなど、「何を学ぶか」の理解。
→同じ学問でも大学によって教育目的や授業のあり方、学習環境などは違う。それらを比較し、各大学の特色を理解すること。「どこで学ぶか」の理解。
→自分はなぜそれを学ぶのか、学ぶことでどうなりたいかを改めて考え、自分について理解すること。「なぜ学ぶか」の理解。
夏休み中のオープンキャンパス参加を生徒に勧める高校は多いのですが、事前指導、事後指導が大切です。
文理選択を控えた高校1年生であれば、①の学問理解・職業理解が大切になるでしょう。文理それぞれの模擬授業を幅広く受講せよといったアドバイスが考えられます。2、3年生なら、環境が対照的な大学を選んで比較してみよといった指導を行うことで、②の学校理解が深まります。
中退率のような大学進学後の実態を伝えるデータを調べさせるのもおすすめです。各大学が行うサマープログラムや、普段の授業を高校生に開放する「WEEKDAY CAMPUS VISIT」などの取り組みに参加させると、③の自己理解に役立ちます。
予算や労力を割かずとも、工夫次第でミスマッチを抑制することは可能です。まずはできるところから実践していただければと思います。
(注記のない写真:EKAKI / PIXTA)