適正規模に満たない小規模校の今
学力の向上だけでなく、集団の中で多様な価値観に触れ、互いに協力しながら切磋琢磨し、社会性を身に付ける場所。それが学校だ。
そのため、公立の小学校や中学校には適正規模の基準が設けられている。しかし、山間部や島などでは統廃合で適正規模を維持することが難しい。また、学校は地域の要でもあることから、小規模校・過小規模校として存続するケースも少なくない。文部科学省でも2015年から小規模校のメリットを最大化し、デメリットを最小化させるための取り組みを推進している。
こうした動きが起こる以前から、小規模校の教育に取り組んできた北海道教育大学 へき地・小規模校教育研究センターでは、21年11月に「第19回へき地・小規模校教育推進フォーラム2021」を開催。日本各地から集まった4名のパネリストがへき地や小規模校の課題を解決するICT活用の先進事例を発表した。
学校管理下のSNSで児童が得たもの
「ICT活用の先進事例はへき地・小規模校から始まっているものが多い」
こう話すのは、自身も山間地域の中学校で社会科教諭として勤務した経験を持つ、和歌山大学 教育学部教職大学院教授の豊田充崇氏だ。
豊田氏によると、和歌山県は県庁所在地にも複式学級を持つ学校があり、県内全域に小規模校が点在する。10年からは県とインテル、研究者の協業で「T21プロジェクト」を実施。1人1台端末で学校間の交流のほか、学校の管理下で学習目的のSNSを使い、へき地の小・中学校と大学の教育学部生がバーチャル学級を構築するなど、ICT活用事例を蓄積してきた。
「極小規模校では、先生も友達も家族のような存在。学級新聞などを作っても、見てくれる人が限られてしまいます。しかし、SNSを通じて外部の人に読んでもらい、コメントをもらうことで児童は創作意欲をかき立てられ、敬語や社会性を学ぶことができるのです」(豊田氏)
別の山間地域の中学生は地域CMを作ったり、Scratchで地域特産をモチーフにしたゲームを作成したりという経験をしている。将来の進路にプログラマーを意識するようになった生徒もいたという。
「ICT活用では学習効果に注目が集まりますが、へき地・小規模校の子どもにとっては経験自体が大事。その経験が新たな学習展開の発想を得ることにつながります。実際、遠隔授業を経験した児童生徒は『リモートでも学べる、働ける』とわかっているため、成長して都市部に出ても地元に戻ってくる子がいます」(豊田氏)
こうした中、豊田氏が示唆するのが小規模校をつなぐマッチングサイトの可能性だ。各校の地域性や取り組みなど、各地の小規模校のデータを蓄積し、学校間交流の相手を見つけやすくするというもの。実現すれば川の上流と下流、山間部と海岸部など、地域特性の異なる小規模校がお互いのことを学ぶことができそうだ。
綿密に設計された徳之島型モデル
続いて鹿児島県・徳之島町教育委員会教育長の福宏人氏が紹介したのが、「徳之島型モデル」として注目される遠隔合同授業だ。これは2校の複式学級をICTでつないで遠隔で双方向の授業を行うというもの。
徳之島町の複式学級保有率は63%と、鹿児島県の42%を大きく上回る。しかし、複式指導の経験を持つ教員が少ないうえ、教員の数も少なく、指導法を深めるのも難しい。そこで、タブレットや電子黒板、テレビ会議システム、自学ソフトウェアなどを活用した、遠隔合同授業による複式指導が導入されたという。
「複式学級はいい面もありますが、少人数ゆえの課題もあります。小規模校の3校の先生をまとめてチームにすることで、課題解決ができるのではと考えました」と福氏。
徳之島型モデルのイメージはこうだ。A小学校の5・6年学級とB小学校の5・6年学級をテレビ会議でつなぎ、A小学校の担任が5年生を、B小学校の担任が6年生の授業を担当する。ただし、45分間ずっとテレビ会議で指導するわけではない。まずは導入の約10分、テレビ会議を通じて2校同時に指導を行う。その後、15分ほど各学校で話し合う時間に充てる。
その間、教員は自校の5年生、6年生双方の学習状況を把握する。その後、再び2校をつなぎ、両校の意見交換などの協働学習を行う。その際、最初の10分は5年生、次の10分は6年生という形で両校の教員が協働学習をサポートする。教員がついていない学年は、児童のリーダーを中心に主体的な学びを行う。
徳之島型モデルの効果も実証されている。参加した3つの小学校では、標準学力調査のCRTやNRTで、遠隔合同授業を実施した単元の正答率が向上したという。また、1学年当たりの直接対面指導時間は、通常の複式指導では約21分だったが、複式双方向型遠隔指導では約36分に増加。児童は多様な考え方に触れ、相手意識を持った発表ができるようになったほか、教員間の指導法の研究も深まったと述べた。
遠隔合同授業で扱う内容も精査している。例えば、国語なら感想を話し合う、社会なら調べたことを発表して共有するといった具合に、他校の児童の多様な意見を聞ける単元や場面で遠隔合同授業を行っている。スムーズに授業が行えるよう、「学習の目当ては赤で囲み、学習のまとめは青で囲む」など、指導方法なども学校間で統一しているという。ICT機器を導入して終わりではなく、授業を円滑に進めるためのこまやかな工夫が随所に見て取れた。
へき地の学びを変えたICT活用、少人数だからできることがある
北海道・積丹町教育委員会教育長の十河昌寛氏は、積丹町の合同学習とICT活用の取り組みを紹介。同町は小学校4校のうち3校が極小規模校のため、修学旅行や社会科見学、スキー合宿などを3校合同で実施してきた。加えて、15年度からは国語・算数・社会・理科の集合学習も開始。というのも、3校合わせると「一人学年」がなくなり、単式授業ができるためだ。積丹町では小規模校活性化推進事業交付金事業として45万円の予算をつけて、活性化につながる取り組みを後押しした。
さらに、教員からの希望で積丹町ではICT活用先進地域の視察を実施。視察後は教員から声が上がり、遠隔授業を始めることになった。そこで18年度の交付金で3校に2台ずつタブレットを配備。19年度には残りの1校を含むすべての小学校に3台ずつタブレットを用意し、2校または3校、4校で遠隔授業を始めた。遠隔であっても他校の児童と一緒に学ぶことで多様な意見に触れることができ、対話的な学びや多面的な思考を育む効果があるという。
「小規模校のメリットは、遠隔でも一人ひとりの生徒の表情がよく見えること。また、日頃から他校の先生や児童と関わっているため、自然に交流しています。集合学習の下地があったからこそ、遠隔授業もスムーズにできたと思います」(十河氏)
ただし、対面と遠隔の使い分けは必要だと十河氏は指摘する。また、北海道では極小規模校の教員が3〜4年で異動になることも多いため、特定の教員に頼り切ってしまうと取り組みが途絶える可能性があると指摘した。
現在は、北海道教育大学の学生が週1回1時間程度、タブレット越しに小学生の放課後学習を担当するなど、ICT活用も進みつつある。十河氏は「今後も優れた地域の取り組みを参考に進めていきたい」と話した。
へき地教育の未来を支える学生とICT
北海道教育大学札幌校准教授の前田賢次氏が話したのは、教育学部の学生の学びにおけるICTの活用だ。約半数の学校がへき地・小規模校となっている北海道。そのため北海道教育大学では2年生・4年生を対象とした「へき地校体験実習」を実施しているという。しかし、コロナ禍では、学生の実習を受け入れてもらうのが難しい面もあったようだ。
「それでも、地域によっては実習生のワクチン接種やPCR検査まで手配してくださるなど、温かく受け入れてもらい、実施できました」
この実習の参加要件となっている授業では例年、複式指導案を作成している。コロナ禍の今年は、学生たちが会議ツールを使って遠隔合同模擬授業を体験したという。
「学生たちも、当初は『単式でも難しいのに複式の模擬授業を遠隔でやるのは難しい』と思っていたようです。ところが、実際にやってみるとさまざまなICT活用の意見が学生から挙がってきました」(前田氏)
極小規模校で始まりつつある遠隔合同授業を模擬授業で経験したことで、学生たちはICTの可能性と不可能などの両方に気づいたという。今年はへき地体験実習の報告会もZoomで行われ、実習先の教員も参加するなど、大学教育におけるICT活用の可能性についても前田氏は示唆した。
このように小規模校や複式学級のポジティブな面を引き出しながら、課題解決する可能性を秘めているICTの利活用。その取り組みやノウハウの蓄積は、今後さらに少子化が進むにつれて、ますます求められていくことだろう。
(文:吉田渓、注記のない写真:iStock)