学んでいても「評定不能」、文科省通知を機に退職を決意
長崎県内の公立中学校で社会科教員として勤務していた大石真弘氏。長崎県教育センター教育相談課で不登校の児童生徒やその保護者の教育相談を担当したほか、長崎市立中学校の教頭も務めた。そうしたキャリアを手放してまで、大石氏がフリースクールを設立したのは、「必要な子に支援が届いていない」と長年感じていたからだという。
「30年以上教員をしていて、担任を務めた学級に不登校の子がいないことはありませんでした。別室登校で自主学習する子が多い学校での勤務も経験しています。そこでは、空き時間の先生を見守りとして充てるのが精一杯で、学年も心の状態も異なる生徒たち1人ひとりに勉強を教えるのは非常に困難でした。オンラインで教室の授業を中継して別室で学ぶ子もいましたが、文科省のルールでは、授業を受ける側にも教員がいないと授業を受けたことにはなりません。生徒1人ひとりに教員をつける余裕はありませんから、出席にはなっても欠課扱いになってしまう状況でした」
欠課が多いと、定期テストを受けても「評価材料が少ない」と見なされ、成績がつかない。すると、「中学校なら9教科すべて『評定不能』や『斜線』となり、評定(内申点)がついてもオール1の通知表になってしまう」(大石氏)。この現実が生徒の進路に大きな影響を与えると、大石氏は指摘する。
「長崎県の公立高校の入試では、9教科5段階評価で3年間の評定が必要。入試の得点が50%、中学校の評定が50%で評価されて合否が決まります。評定の基準をクリアすれば1次試験で合格という私立高校もあり、評定は入試において重要な要素となっています。しかし、3年間不登校だと、評定は135点満点中27点。これでは全日制高校の合格は難しい。入試の得点と評定の割合は都道府県や学校によって異なりますが、全国的に評定が不登校の子の進路選択の幅を狭めている一番の原因になっていると言えます」
別室で学んでも評価されない現状をどうしたらよいのかと考え続けていた中で、教育機会確保法が2016年に成立。不登校などの児童生徒に対し、学校に限らず学びの機会を確保し、出席を認めていくことが示された。さらに2019年の文科省の通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」において支援の強化が求められるようになり、大石氏は教員を辞めることを決めたという。
「2019年の通知には、自校の児童生徒がフリースクールなどの学校外施設に通っている場合、学校が主体となって積極的に連携して学びを評価することの意義が書かれていました。しかし、今の学校現場はいっぱいいっぱい。生徒数の多い学校では不登校の生徒が40人、つまり1クラス分くらいいるわけで、いくつもの学校外施設と連携することは難しい。別室登校の生徒も十分に支援できていないのに、外部との連携は無理だろうと思いました。実際、全国的にも学校と連携して評価まで踏み込んでいる学校外施設は見当たらず、『僕が学校外施設を作って不登校の子と学校をつなぐ役割を全部やればいいんじゃないか?』と思ったのです」
最も時間をかけるのは「自己肯定感の回復」
2023年3月に長崎市立中学校を退職した大石氏は、同年7月に長崎市内にフリースクールアリビオを設立。小学校から高校生を対象にしており、現在、小学生1名と中学生4名が在籍している。
主な活動は①登校が難しい、教室で授業を受けていない子の支援、②子どもや保護者の相談への対応、③教員の相談への対応、④その他(自宅を訪問するアウトリーチ型支援、講演会・研修会、いじめを中心とした出前授業)の4つ。不登校の子を学校とつなぐ支援は①に該当する。具体的にどのような支援を行っているのだろうか。
「不登校の子の多くが人と接していないので、まずは家から出て家族以外の人と話して褒められることが大切です。信頼関係ができたら、自己肯定感を回復・向上させる心理的支援を行います。ここに一番時間をかけますね。次に勉強です。勉強が遅れている子がほとんどですから、その子がつまずいたところまで戻ります。ポイントを押さえて学べば数カ月で当該学年まで追いつくので、『ここで学校の勉強をしてみる?』と聞きます。『うん』と答えた子は、学校の授業に沿った勉強を支援します」
この段階にくると、本格的に学校との連携を始めるという。
「僕が用意した“学習支援連携シート”を学校にお送りして、これから学習する単元と、評価材料(テスト、プリント、課題・作品等の提出物)を教科ごとに記入してもらい、送り返していただきます。それを生徒と保護者、僕が共有し、家でできることとアリビオでできることを振り分けて学習を進めます。その取り組みの成果を学校に提出することで、個人内評価も含めて評価をつけてもらっています」
不登校児童生徒が学校外でテストを受けることが認められないこともあると聞くが、大石氏は可能だと言い切る。
「単元テストや定期テストは僕が学校に取りに行き、教室でテストが行われる日にアリビオで僕の立ち会いの下で実施し、その日のうちに答案を学校に持っていきます。先生はテストが終わって10日くらいで評定(成績)を出します。その時点で提出されていなければ評定から外されてしまいますし、中には『リアルタイムでやっていないのにテストじゃなかろう』という先生もいますから。“同じ日に行い、その日のうちに持っていく”ことを大切にしています」
学校連携で重要なのは、担任ではなく、“学校”とやり取りすることだと大石氏は語る。
「教頭などの管理職とやり取りすれば、それは学校とのやり取りになりますから、全教科の先生方と連携できるようになります。実際、去年アリビオにいた中学3年生の子はアリビオで教材を使った学習を行い、学校の別室でテストを受けた結果、個人内評価も含みますが、ほとんどの教科で評定がついて全日制高校に合格しました」
“その日のうちに”が重要なのは、テストだけではないようだ。
「例えば、“今日、この生徒が来て勉強しました”という報告も、在籍校にその日のうちに報告しています。すると、学校側はその子の状況をその日のうちに記録でき、スムーズに事務処理ができます。本来なら学校が連携の主体となるべきではありますが、学校外施設も学校や先生にしっかりと歩み寄り、『できることを一緒にやらせてください』というスタンスで“子どもまんなか”の支援を考えることが大事だと思っています」
「新しい環境で学校生活を楽しみたい」という子は多い
なぜ大石氏はそこまで学校連携に奮闘するのか。それは、子どもたちが秘めている思いに気づいたからだという。
「全日制がよくて通信制がダメということではないのですが、中には不登校で成績がついていないから無理だ、と諦めて通信制を選ぶ子もいます。そういう子に『願いが叶うならどうしたい?』と聞くと、『高校で写真部に入りたい』と言ったりする。僕は大学時代にいわゆる非行少年の家庭教師を次々と引き受けていたのですが、その中にも『俺も高校に行きたい』と言う子がいました。多くの子は、友だちと一緒に昼ご飯を食べたり、帰りに寄り道したり、楽しく過ごしたいと思っているのです。実際、中学時代に不登校を経験した子が高校に入ってガラッと変わり、学校に行けるようになったケースはたくさんあり、もっと進路の選択肢を広げてあげたいです」
いじめで不登校になった子、先生や学校の方針が怖くて学校に行けなくなってしまった子も、学校が嫌いというより、自分の今のクラスや学校が怖いのであって、「新しい環境で学校生活を楽しみたいと思っている子は多い」と大石氏は話す。
そうした本音を言えない子もいるので、アリビオではアサーショントレーニングやアンガーマネジメントなどのソーシャルスキルトレーニングも行っている。
「アリビオで自己肯定感が回復し、勉強の遅れも取り戻した頃、『授業が怖くなくなった』と言って学校に復帰する子もいます。相談だけ来て『ダメになったらここに来ていいですか?』と言って、その後毎日登校している子もいます。いざというときに助けてくれる人がいるというだけで人間は頑張れることもありますから、そういう場になれたらと思っています」
大石氏は経験上、何らかのいじめが引き金となり、不登校になる子どもが多いと感じている。そのため、子ども・保護者と学校との中立の立場として、いじめ問題の解決にも介入しているほか、「長崎の子どもたちをいじめから守る市民の会」を立ち上げ、いじめ防止対策推進法の周知や、市議会へのいじめ対応の充実を求める陳情なども行っている。今後は、「いじめの予防対策や解決につながる出前授業にも力を入れていきたい」と話す。
法令改正でより「学校外施設との連携」が重要に
文科省は、2023年にも「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」において、学校外施設や自宅などでの学習が成績に反映されるようにすることを明記した。しかし、「多様な学びの場は確保できましたが、学びの確保ができていないのが現状。学校の先生方に文科省の通知が十分周知されていないことが課題」だと大石氏は指摘する。
こうした中、文科省は8月29日、不登校児童生徒の欠席中の学習成果を成績に反映できることを法令上明確化するため、学校教育法施行規則を一部改正した。評価の要件として、学習の計画・内容が教育課程に照らし適切であること、教育支援センターや民間団体等との連携、不登校児童生徒と学校の関わりの維持などを挙げている。
そのため今後、学校側は成績評価に関して積極的な姿勢が求められ、学校外施設との連携もさらに重要になるだろう。しかし、教職員はすでに両手いっぱいに荷物を持って走り続けている状態だ。子どもたちの学びを確保して選択肢を広げるためには、教員や学校の視点に立った連携についてもさらに議論・検討する必要がありそうだ。
(文:吉田渓、写真:フリースクールアリビオ提供)