使う道具や使い方を自分で選べる環境づくり

東京都狛江市立狛江第三小学校の特別支援学級「あおば学級」は、知的な障害や身体的な障害はないが、自閉スペクトラム症や場面かん黙などを抱える児童が対象の、市内唯一の自閉症・情緒障害特別支援学級だ。2018年4月に開級した。

通常教室2つ分の広さがある教室中央には、複数の机を合わせたグループ学習スペースがある。

狛江市内唯一の自閉症・情緒障害特別支援学級がある狛江第三小の「あおば学級」

窓際にはパーテイションで仕切られた個室スペース、廊下側にはラグマットとソファが置かれたリラックスの場などが点在する。バランスボール、円柱型、腰回りを固定できるものなどさまざまなタイプのイスが置かれ、子どもたちは自分の好きな環境で学ぶことができるようになっている。

自分の好きな環境で学ぶことができるよう工夫された教室

「あおば学級の子は、多くの子ができる“ふつう”に一生懸命合わせようとしながらも、それがうまくいかず『自分はだめだ』『どうせ何をしても無駄だ』と思っていることがあります。感情のコントロールや感覚過敏の課題が大きく、学びの土台に乗ること自体がしんどい子もいます。

そんな子どもたちの情緒の安定のために大切なのは、安心できる場づくり。使う道具を自分で選んだり、『今日は個室スペースで勉強する』と一人になるなどそのときの自分に合う過ごし方を知って行動に移したりできるよう“環境”を整えることで、過ごしやすくなることもあります」というのは、あおば学級担任の森村美和子氏だ。

森村美和子(もりむら・みわこ)
狛江市立狛江第三小学校自閉症・情緒障害特別支援学級指導教諭、学校心理士
国立大学の教育学部を卒業後、公立小学校教諭として知的障害学級、通級指導教室で実践を重ねる。著書に『特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメ―子どもの「当事者研究」の実践』(金子書房)などがある

森村氏は、2017年から狛江第三小に赴任し、同校に併設する通級指導教室(東京都では「特別支援教室」と呼ばれている)の「ひまわり教室」を経て2019年からあおば学級の担任となった。

もともとは通常学級を希望していたというが、教員1年目に特別支援学級に配属されて以来、特別支援教育を学んで免許を取得。知的障害学級、通級指導学級、巡回指導で実践を重ね、学校心理士の資格も持つ。

「あおば学級には、集団の中では本来の力を発揮しづらく、周囲の環境にストレスを感じ、不登校傾向の児童も多くいました。保護者の方も児童と同様に悩み、傷つき、学校に不信感を抱いているような状態でしたので、特別支援教育にキャリアと知見のある森村教諭に力を貸してもらおうと。

『今までの常識にとらわれることなく、子どもたちにとってよいと思うものは、どんなことでもいいからやってください』と、最初に伝えました」と言うのは、2018年に狛江第三小の校長に着任した荒川元邦氏だ。

タブレットやアバターロボットで「つながる」

狛江市の通常学級では、2020年10月に1人1台のタブレットが配られたが、あおば学級では2018年から利用を始めた。

荒川元邦(あらかわ・もとくに)
狛江市立狛江第三小学校校長
公立小学校教諭として12年勤務した後、東京都総務局人事部及び教育庁学務部の課務担当係長、教育庁指導部統括指導主事、教職員研修センター統括指導主事、主任指導主事、教育庁総務部教育政策担当課長等を経て2018年から現職

「対面でコミュニケーションを取るのが苦手な子たちなので、学校に来られなくてもタブレットをツールとして学校とつながってもらおうと、全員持ち帰りOKとしました。ただ、タブレットを渡したから子どもたちとすぐに画面越しでつながれるのかと言ったら、そんな簡単な話ではなくて。

画面越しに信頼ある落ち着いた先生がいるからつながれるわけで、最初は『今日、元気?』など文字だけのやりとりから始まり、少し慣れたら自分の代わりにぬいぐるみを置いて話すなどしながら、少しずつ距離を縮めていきました。顔を出して話せるようになるまでに時間がかかることもありましたが、その子にとっては大きな進歩であり、この積み重ねが保護者の方の理解や信頼につながっていきました」(荒川氏)

2022年秋からは、アバターロボットも使い始めた。提案したのは、森村氏だ。

特別支援学級では使用例がなかった『アバターロボットkubi』を導入
(写真:狛江第三小提供)

「感覚過敏があって家から出られず、学びたいけれども顔を出すことも不安で難しいという子がいました。本人が学校と楽しくつながれる方法を探していたときに、研修会で『アバターロボットkubi』の存在を知ったのです。

特別支援学級では使用例がなかったのですが、ぜひ試したいと校長先生に相談したところ、『どんどんやってください』と。何かを新しく始めようとするとき、『それは難しいんじゃない?』と言われてしまうこともあるのですが、すぐにGOサインを出してくださる校長先生の存在は非常に大きいですね」(森村氏)

ICTを活用し、自宅から算数の授業に参加したり、あおば学級の教室から通常学級の理科の実験に参加したり、図工の工作に取り組んだり。子どもたちは、森村氏のサポートのもと、オンラインで自宅と学校、特別支援学級と通常学級がつながり、自分に合う方法を試しながら授業に参加している。

また、東京芸術大学の先生と連携し、リモートで「香りの開発」の共同研究にも取り組んだ。その後、東京芸術大学と香料会社と児童が共同で、新しい香りを開発したという。

「ICTは、子どもの可能性を広げる道具の1つ。自分には無理だと思っていたことが、ICTの活用によりできるようになることで、『これまで自分はダメな子、できない子って思っていたけれど、“やり方”を工夫すればできるんだ』と気づき、自信につながるんです。それを積み重ねていくと、子どもは変わっていきます」(森村氏)

本人の「好き」から始める

「特別支援学級は、本人の苦手なことやできないことへのアプローチが多いんですよね。『苦手の克服』は、特別支援学級の自立活動の教育課程にも出ているのですが、そのためにはまず本人の『好き』から始めることを大切にしています。その子が好きなもの、得意なもの、心地よいと感じているものについて本人と保護者の方に聞き、それらをリソースとして学級経営や授業に取り入れています」と、森村氏は話す。

「学校なんか壊す!」と激しい言葉を発したり、言葉の代わりに暴力をふるう子も少なくないというが、時間をかけてその子と向き合い、「好き」を把握する。

「『ゲームが好き』という子とゲームについていろいろ話しているうちに、一人でプログラミングができることを教えてくれました。それを校長先生に話したら、プログラミング教育を通じて人材育成を行っているNPO法人『WRO Japan』とつないでくださり、連携してロボットプログラミング授業を行いました。

思考錯誤を繰り返しながらプログラミングでロボットを動かしたり指定コースを走らせたりすることを学ぶうちに、オリジナルのゲームを作って友達に楽しんでもらい、人の役に立ったり認められたりする経験を重ねることができました。ただ、これはあくまでも1つの成功例。うまくいかないことも、日々山ほどあります」(森村氏)

WRO Japanと神奈川工科大学総合工学部の教授によるロボットプログラミング授業
(写真:狛江第三小提供)

感情を言葉に表すことで、困りごとの解決につなげる

森村氏が日常的に実践しているのが、「感情を言葉に表すこと」だ。

「毎日朝の会で、子どもたちに、今日の感情を言葉に表してもらっています。グループで行うこともあり、ある子の『今日は疲れている』という言葉に対し、ほかの子が『心が疲れているの? それとも体が疲れているの?』と聞くと、その子は『いや、こんなことがあってさ』などと話すことで、少しずつ周りに自分のことを理解してもらったり、自分自身も感情のコントロールがしやすくなっていきます」と言う。

「例えばある子が『嫌だー!』と叫んだとき、そのままだと、その子はすべてが嫌だと感じたままになってしまうことがあります。本人とできる方法で『いつ嫌だったの? どう嫌だったの? 誰が嫌だったの?』など、嫌のおおもとを分解しながら聞いていくと、嫌な部分が実は全部ではなく限定的なことだったりすることもあります。それを解決する方法を、一緒に考えていきます」

感情表現が苦手で、ことあるごとに「うるせえ!」「あっちいけ!」などと叫び、ときには暴力をふるう児童がいた。時間をかけて少しずつ自分の感情を言葉で表せるよう関わるうち、その児童は“音”が苦手でうるさく感じ辛かったことがあるとわかった。

そこで、うるさい、嫌だと感じたときや心が落ち着かないときに、一人で安心してこもれる部屋を相談して教室内に作るなどの関わりを続けたところ、暴力をふるわなくなったという。

森村氏は、2012年に東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎氏と出会い、当事者研究の試みを参考に、子ども自身が困っていることや学び方などを自分で研究し、先生や仲間と一緒に対処法を考えていく「自分研究」という活動を行っている。

「自分自身が困っていることを分析し、『泣き虫ゴースト』『イカリボール』などとキャラクター化する→キャラクターに対する対処法を自分で考えたりグループで話し合ったりする→対応を実践しながら、最後に発表する」など、その子に応じたプロセスで取り組んでいるという。

「目に見える行動や表情だけではわからない気持ちもあります。子ども自身が表現する手段を持つことの大切さ、大人が子どもから謙虚に学び、子どもから見える景色について想像力を働かせることの大切さを日々実感しています」(森村氏)

「インクルーシブな学校づくり」を校内研究のテーマに

狛江第三小では、2022年度、インクルージョン研究者で一般社団法人UNIVA理事の野口晃菜氏を迎え、学校全体でインクルーシブな学校づくりの研修を行った。荒川氏は言う。

「本校では2021年度、文部科学省からの依頼で、特別支援教育に関する実践研究を行いました。そのときに専門家に伴走いただいたのですが、インクルーシブな教育の知見がすばらしく、非常に参考になったのです。通級指導学級と特別支援学級の専門性を高めるためだけの学びにとどめるのはもったいないと、2022年度は通常学級の先生もまじえ、学校全体の校内研究のテーマにしました」

同じ校内にいるのに、通常学級と通級指導学級・特別支援学級は、児童も教職員も交流が少ないことが多い。荒川氏は着任時から「チームKOMA3(狛江第三)」を合言葉に、専用の職員室にこもってしまいがちな通級指導学級・特別支援学級の教職員に、授業の合間や放課後はメインの職員室に戻るよう声をかけるなど、対話の機会を作り続けてきた。

「『インクルーシブとは、単に“みんなで一緒に同じ教室で授業を受けること”ではなく“多様な子どもがいることを前提にして教育内容、指導方法、組織体制を変えていくこと”』など、野口先生の話を直で聞くと、通常学級の先生たちも、目から鱗なんですよ。『これがインクルーシブの考え方なんだ』ということがわかってくると、当事者である子どもを大事にしながら本人の意見を聞くことが必要であること、子どもの“好き”や“強み”がすべてのベースになることなどを改めて理解し、その価値観が学校全体に広がっていくんです」と話す荒川氏に、森村氏も続く。

「研修を受けた通常学級の先生が、『これまで子どもの苦手を何とかしなきゃとずっと思っていたのに、子どもの強みを見つける思考にシフトすることで、気持ちがすごく楽になりました』とおっしゃっていたのが印象的でした」

校内研究が終了した後も、森村氏を中心に教職員有志が自主的に「インクルーシブ有志の会」を発足。2023年度は研修会を年に3回、有志の会を年に12回、あおば学級を会場に開催しているという。指導教諭も務める森村氏は、こう話す。

「1回目はカフェ風にしてお茶を飲みながら、2回目は焚き火をテーマに教室にテントを張り、キャンプ場風の空間を作って開催しました。インクルーシブをテーマに『学校は多様な子どもたちがいることが前提となっているか』ということについて皆で徹底的に考えたのに加え、先生たちの対話の場としても活用し、困っていることや悩みを打ち明けたり、お互いの強みを認めあったりしています。

子どもたちだけでなく、先生たちも自身の強みを生かしながら教育活動に取り組んでいけたらと話しています。とはいえ、今学校は多忙で私自身も含め、先生たちも苦しい面もある。個人の努力や頑張りを求めるだけではなく、構造上の問題や苦労についても声を出していいんだと思えることが大事だと感じています」

「インクルーシブ有志の会」を作り、あおば学級で研修会を開催している。写真は焚き火をテーマに教室にテントを張り、キャンプ場風の空間を作った

学芸会で、あおば学級の児童が撮影・編集した特別支援学級の紹介動画を全校の児童や保護者に見てもらったりなど、特別支援教育の理解啓発にも力を入れる。

通常学級の児童から「あおば(学級)のイスにすわってみたい」という声があがり、あおば学級で授業を行ったり、通常学級のキャリア教育に森村氏が実践している「自分研究」のアイデアを取り入れたり、特別支援の外部専門家と通常学級が連携した授業や通級指導教室で用いている教材を職員室におき、通常学級の先生が必要に応じて授業で活用したりなどの取り組みが、校内にじわじわ広がってきているという。

「副校長先生も、通常学級の児童が使う廊下の一角に、気持ちを落ち着かせたいときに一時的に入るクールダウンの個室を作っていらしたんです。すばらしいなぁと思いました」(森村氏)

取材で訪れた狛江第三小学校は、目には見えないけれども、学校全体が温かで、明るく澄んだ空気に包みこまれているように感じた。

特別支援教育には、学校教育全体、そしてインクルーシブな教育において大切にしたい要素が数多く存在する。そして、学級の枠を超えた交流は、すべての子どもが安心して学び、成長できる学校を作るための土台であるといえるのではないだろうか。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:長島ともこ撮影)