演劇的手法で“ありのままの自分”を表現できる場づくりを
演劇教育。日本ではなじみが薄く、「演劇教育」と聞くと、多くの人は「学芸会の劇」をイメージするのではないだろうか。
欧米などでは、公教育に演劇教育(ドラマ教育)が組み込まれている。台本どおりに演じることが目的ではなく、現実とは切り離した「演劇」という手法を使って、相手にわかるように感情を伝えることや相手の感情を受け取る“コミュニケーションの練習”を目的としており、子どもたちは授業を通して多角的な視点や考え方を学ぶ。
日本には、このような一貫した演劇教育のサイクルはないが、2010年度より文化庁の「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」の1つとして「児童生徒のコミュニケーション能力の育成に資する芸術表現体験」を展開し、芸術家などと教師の連携による芸術表現体験活動を取り入れたワークショップ型の授業の実施などが推進されている。
子ども創作舞台演出家であり、一般社団法人「プレイキッズシアター」代表のむらまつひろこ氏は、こう話す。
「私自身、オペラやミュージカルなどの舞台演出に長年携わる中で子ども向けの舞台づくりに魅力を感じ、子どもたちの世界を知るべく学びを深め始めたところ、演劇教育に出合い、『これが自分のやりたかったことだ!』と。以来、演劇的手法を用いて子どもたちと舞台をつくっていくワークショップを全国で行っています。子どもたちみんなで舞台をつくり上げるプロセスの中では、『いいね!』が合言葉。ワークショップでは、子どもたち一人ひとりがトライ&エラーを繰り返しながら、じっくり考えたり、アイデアを出したり、自分の気持ちの変化を感じたり、想像する世界を周りの人に伝えたり、答えのない問いと向き合ったりしながら、“ありのままの自分”を表現できる場づくりを目指しています」
07年から活動を始め、これまでに延べ3万人以上の子どもと接してきたむらまつ氏。子どもたちとゼロから創作した舞台は40作品を超える。
「ワークショップをきっかけに、自分たちで作ったお話を小説や漫画にしたり、曲を作ったりし始めた子もいましたし、ワークショップを経験した子が大学生や社会人になって人と話し合う機会を重ねる中で、『周りに理解してもらえないことがあっても、きっとどこかに糸口があると思えるようになりました』と話してくれたこともあります。子どもたちは、大人が思う以上に自分の世界があり、その子なりの考えを持ち、成長し続けていることを実感しています」
演劇教育で地域、学校、保護者をつなぐ
こうしたむらまつ氏の活動に興味を抱き、自身の子どもをワークショップに参加させたのが、小金井市内在住の保護者であり「こがねい子ども創作舞台プロジェクト」メンバーの一員である齋藤瞳氏だ。
「私自身が演劇好きだったこともあり、プロの方に子どもの気持ちを引き出してもらえるような体験をさせたいと思っていました。たまたま近隣でプレイキッズシアターのワークショップがあることを知り、当時小学生だった子どもたち2人を参加させたところ、演劇の手法を用いて子どもたちの心の深い部分に入っていくむらまつさんのアプローチがすばらしくて。子どもたちの成長も見て取れ、地域の子どもたちにも体験してもらいたいと思いました」
PTA活動を積極的に行い市内の保護者や教育関係者とつながりを持つ齋藤氏による働きかけをきっかけに、有志が集まって実行委員会を結成。2021年4月、「こがねい子ども創作舞台プロジェクト」が発足し、活動がスタートした。
市内の小学4年生〜中学生を対象に参加者を募り、市内各所を会場に全15回のワークショップを行いながら子どもたちのアイデアと言葉と思いを紡ぎ、一つの舞台作品をつくり上げ、市内の会場で舞台発表を行うというプロジェクトだ。初年度の「こがねい子ども創作舞台プロジェクト2021」が好評だったため、第2回も開催することが決定。22年10月より、「こがねい子ども創作舞台プロジェクト2022」がスタートした。実行委員長の前田薫平氏は、こう話す。
「地域と学校と保護者って、つながっているようでいて、実はつながっていない部分も多いと思うんです。このプロジェクトで『子どもたちが舞台をつくり上げる』という活動は、子どもたちも楽しいし、関わる保護者や活動を見守る地域の人も楽しいものです。また、市内のさまざまな学校や学年の子どもたちが交流を持つ機会を創出するため、教育委員会・教育長からサポートしていただきながら、市内の全小・中学校にプロジェクトの案内チラシを配布し参加者を募るようにしています。地域、学校、保護者がうまく連携しながら、演劇教育の裾野を少しずつ街全体に広げていければと思っています」
市内で子どもと地域を文化でつなぐ活動を行うNPO法人「遊び・文化NPO小金井こらぼ」実行委員会事務局長の水津由紀氏は、これまで自身の団体で、子どもたちと舞台や音楽を鑑賞したり、遊びを含めた文化体験を提供したりなどの活動を行ってきた。
その中で、ワークショップ形式の演劇教育の必要性を感じていたところ、前田氏より今回のプロジェクトの話を聞き、協働することに。実行委員会事務局長として、活動会場の確保や整備、事務手続きなどを担当している。
「現在、むらまつさんをはじめとするプレイキッズシアターの方に全面的にお力をお借りしながら、とてもよい形でプロジェクトを進めることができています。小金井市内には学芸大学があり、表現教育コースも設置されています。今後は、ここで学ぶ学生さんや先生方のサポートも受けながら、活動場所や発表場所としての場をお借りするなど新たな土壌づくりにも目を向けつつ、小金井市に芽吹いた文化を地域でどのように継続させていくのかを考えていきたいですね」(水津氏)
“遊ぶ”から“つくる”へ、ワークショップで自分を表現する子どもたち
22年10月のとある週末。「こがねい子ども創作プロジェクト2022」の第3回のワークショップの様子を取材させてもらった。市内の公共施設に、約20名の子どもたちが集合。約2時間の活動の時間の前半は、“遊び”をメインとした“安心・安全の場”づくりだ。
むらまつ氏の導きの下、リズムに合わせて簡単な動きをまねし合ったり、「夏休み」などお題として提示された単語をみんなに説明して当ててもらうゲームをしたり、「ふわふわ」「とげとげ」「ビリビリ」などの擬態語をジェスチャーで伝え合ったりなどのワークを行いながら、大声で笑ったり、ときには困ったり、照れたりなどさまざまな表情を見せる子どもたち。
ワークの最中、むらまつ氏は、子どもたちからのちょっとした声に耳を傾け、「いいね〜」「なるほど〜」「あ〜、そう思ったんだ」など、絶妙のタイミングで言葉をかける。大げさな褒め言葉も不自然な叱咤激励もない、正直で真っすぐな言葉やまなざしが、子どもたちの心を解きほぐしていく。
活動の後半は、“遊ぶ”から“つくる”へ。4〜5人ずつのチームに分かれ、「日常生活で『えっ!?』と思うワンシーン」についてみんなで出し合い、その中の1つを選んで数十秒のシーンを創作する。大人は基本口を挟まず、子どもたちを見守る。話し合いがなかなか前に進まないチームに対しては、スタッフが子どもたちに寄り添い、子どもたち自らが主体的に動いていけるように「しかけて、待ち」ながら、子どもたちの世界観を尊重する役割に徹する。
そして、ミニ発表会。1グループずつ順番に、「乗ろうとした電車に乗れなくて悔しがる人がいた!」「下校中に酔っ払いとすれ違った!」など、いかにも子どもらしい「日常生活で『えっ!?』と思うワンシーン」についての創作劇を発表し合った。
最後の振り返りの場では、子どもたちがわれ先にと言わんばかりに挙手して今日の活動の感想を言い合っていた。中には自身の学校生活の悩みについて蕩々(とうとう)と話し出したりするなど、自分の“殻”を取り払い、自分の気持ちを表現し合う姿に感動を覚えた。
「ワークショップを重ね、子どもたち同士で舞台をつくり上げていくプロセスの中で、『自分のアイデアが周りからどう思われるかな』『批判されないかな』など迷いや不安を抱きながらも心理的安全性が確保された環境の中でお互いを認め合い、対話を重ねていくうちに、自分の中のいろんなブロックが外れていき、子どもたちは、“自分の言葉”を発するようになります。そして、一つの舞台が完成するとき、その子たちにしか見えない世界に出合えます。『生きるって、楽しい!』『自分って、すてき!』とでも言っているかのような子どもたちの輝く表情に、これまで何度も出合ってきました」と、むらまつ氏。
自己効力感、向社会的スキルに上昇傾向が見られる
演劇教育が、子どもたちの資質や能力にどのような影響を及ぼすのか。
「こがねい子ども創作舞台プロジェクト」では、これらを学術的な視点からも検証するべく、豊橋創造大学で「対人コミュニケーション論」を教える同大学教授・加藤知佳子氏をスタッフに迎え、活動の視察、参加した子どもたちと保護者へのアンケートによる調査を依頼している。
昨年の調査では、プロジェクト終了後、子どもたちの「目標を達成するための能力を自らが持っている」と認識する「自己効力感」、友達への援助や友達との関係をつくるスキルである「向社会的スキル」が、プロジェクトスタート時と比較しともに上昇傾向が見られたという。
今年度も継続して調査を行っており、「共感性」、困難に遭遇しても立ち直る力である「レジリエンス」の観点から、同様の方法で検証していくという。
演劇教育は、答えのない問いを探すのに大切なツール
本プロジェクトの“応援団長”と公言してはばからないのが、小金井市の大熊雅士教育長だ。
「先行き予測困難な時代を生きていくこれからの子どもたちには、一人ひとりの問題解決能力、みんなで力を合わせて集団で問題を解決していく能力の両方が必要不可欠です。このような時代の到来を予測してきた世界各国では教育改革が進み、“知識の量を評価する教育”から“子どもたち一人ひとりの資質や能力を育む教育”への移行が進んでいるのに、日本では、いまだに子どもたち全員が前を向いて先生の言うことを聞く画一的な一斉授業が主流です。もちろん、これらの授業で基礎的な学力は身に付きますが、これだけでは、答えのない問いに果敢に挑戦する力や問題解決能力を養うことは難しいでしょう」
大熊氏が続ける。
「演劇教育は、答えのない問いを探すのにとても大切なツールです。子どもたちは、今回のような体験を通し、自分の中にあるモヤモヤを言語化し、言葉や動作などで表現することを学びます。そこで大切なのは、『自分の表現が相手に伝わっているか』について考えるということ。相手に伝われば、相手の心が動き、その子なりの表現が新たに生まれますが、相手の心を動かしていないと感じた場合は、自分の表現方法を変える必要があります。
試行錯誤を重ねながら、『どうやったら相手に伝わるか』を考え続けること、自分の考えと相手の考えを掛け算してよりより舞台にしていくこと。演劇教育を通してこのような経験を積み重ねていくことが、問題解決能力の向上につながるのではないかと思います」
プロジェクトスタート初日から会場に駆けつけ、「自分の気持ちを言葉にして、形にして、人に伝えて、相手の気持ちを動かすこと」「劇をつくることを通して、人とつながる力をつけること」の大切さを参加者全員に伝えた大熊氏。
ワークショップにも、時折“飛び入りスタッフ”として参加し、子どもたちと一緒に声を上げ、体を動かしながら子どもたちの表情の変化を洞察。それをスタッフにフィードバックする。子どもたちが成長し、「見る人の心を動かす舞台づくり」というゴールに向かって伴走する、心強いサポーターだ。
共感的対話の大切さ
近年、日本の子どもたちはほかの先進国と比較し自己肯定感が低いことが指摘されている。子どもだけでなく親も自分に自信が持てず、子どもとのコミュニケーションに悩む保護者も少なくない。
1児の母親でもあるむらまつ氏に、演劇教育の視点から、親子のコミュニケーションについてメッセージをもらった。
「保護者の方は、わが子を心配する気持ちから、子どもへの語りかけが『早く宿題しなさい!』など“指示”や“命令”になってしまいがちです。子どもも保護者も、『うれしい』『悲しい』など自分の感情や気持ちを親子間で伝え合えるようになれたらいい、と思うんですよね。
そのためには、ほんの少しでいいのでわが子への視点を変えること、『YES but』=『いいねー、でもさー』ではなく『YES and』=『いいねー!』の感覚を持つこと、子どもを“褒める”のではなく“認める”こと、この3つが大切だと思います。共感的対話は親と子をつなぎ、これを積み重ねていくことで、子どもも保護者も元気になっていきます。
演劇教育の活動を通して、これまで子どもが心にふたをしていた心の奥の言葉を保護者の方が聞くことで、『この子は大丈夫、生きていけるんだと信じられるようになりました』という声をよく聞きます。親子のコミュニケーションが良好になると、社会もうまく回り始めるのではないでしょうか。多くの子どもたち、保護者の方にこの演劇教育を体験していただきたいと思います」
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:今井康一)