二極化が進む働き方改革
民間企業の働き方改革支援で実績を上げてきたワーク・ライフバランスの田川拓磨氏が、教育委員会や学校に対するコンサルティングに携わるようになったのは2016年のこと。当時は、働き方改革の“は”の字もない雰囲気だったというが、17年8月に中央教育審議会が緊急提言をした前後から、空気が変わってきた。
その後、18年には部活動のあり方に関する総合的なガイドライン、翌19年には「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」が示され、働き方改革に本腰を入れる教育委員会が増加した。
ところが、「この5年間でガイドラインなどを活用して働き方改革を進めた学校と、変わらず現状維持となってしまった学校との二極化が進んでいて、その差は年々大きくなっていると感じます。働き方改革に取り組みやすい状況になっているので、どんどん一歩を踏み出してほしいです」と田川氏は現状についてこう話す。
教育委員会や学校からの相談で多い上位4つ
田川氏に働き方改革で、教育委員会や学校から寄せられる相談の上位4項目を挙げてもらった。
1つ目は「時間への意識をどのようにつくればいいか」だ。例えば、「欠席の子どもへのプリントを郵送するか自宅まで教員が届けるか」の判断に迫られたとき、多くの教師は「自宅に届けたほうが費用がかからない」と考えてしまう。「残業代は毎月一定額しか支払われないのだから、人件費と郵送の費用を考えれば郵送なのは明らかです。その発想がなかなか生まれないのです」。
2つ目は「各業務や行事に関する準備時間や内容が標準化されていないこと」だ。「例えば、運動会の準備にどのぐらいの時間を充てるかを設定していない学校がほとんどです。とくに行事は先生方一人ひとりの思い入れが強く、モチベーションが上がる仕事ですので、標準時間を決めておかないと無尽蔵に準備をしてしまいます。学級便りも同様です。前年度の担任が頻繁に発行する先生だと、翌年の担任がごく普通のペースで発行しているにもかかわらず “発行回数が少なくなって、今年の担任はふまじめなのではないか”などと周りの先生や保護者の間で知らずして信頼関係を落とすといったことがあるのです」。
業務内容や時間の標準化が行われない結果、3つ目の課題「仕事のビルド・アンド・ビルド」の状態が恒常的に起きてしまう。
「民間企業でもコンプライアンス対応やSDGsなど、世の中の変化に対応して取り組むべきことが増えています。そこで業務を見直すスクラップ・アンド・ビルドが行われるわけです。学校もプログラミングや英語教育などやるべきことが増える中、本来は仕事を“増やさない”状態にしないといけません。ですが、コロナ禍に精選された行事や会議が、このところどんどん元に戻ろうとしています。この揺り戻しがせっかく業務量を減らしたのにもかかわらず、再び業務を増やしているのです」
さらに揺り戻しを助長しているのが4つ目の課題「自分たちの判断で仕事をやめられないと思い込んでいる」ことだという。「自治体の行政サービスと似ています。1回そのサービスを始めてみて、1人でも利用者がいると廃止できないのと同じです。決断ができない、やめる基準がない、そもそもリスクを取る勇気がない……など理由はさまざまですが」。
ただ、田川氏は学校の長時間労働が恒常化してしまうのは「人件費や費用対効果を先生方に考えさせないようにしてきた給特法が原因です」と言い切る。ワーク・ライフバランスの社長である小室淑恵氏は、2015年から「留守番電話の設置」や「タイムカードの導入」「部活動休養日」などを中教審で提言。多くは緊急提言に組み込まれたが、唯一採用されなかったのが給特法廃止の提言だったという。
放課後水泳指導の廃止で残業が半減、タイムも伸びる
これまで250校以上の働き方改革を支援してきた田川氏には、学校に必ず取り組んでもらう独自の方法がある。「これがうまくできる学校は働き方改革が進みます」と話す。
現在の働き方を確認して問題点を共有し、解決策を決めて実行するサイクルを高速で回すことだ。名付けて「カエル会議」。数名の教員をメンバーとし、毎週30~45分程度、または隔週1時間程度の会議を開き、短期間で解決策と実行者を決め、フィードバックをかけていくというもの。「カエル会議を開く間隔を1〜2週間に1回の頻度にすることで取り組みが継続的・効果的になります。職員会議の時間の一部に組み込み、業務時間が増えないようにするのがポイントです」。
岡山県の高梁市立高梁小学校では、2017年度、放課後の水泳指導を廃止した。その代わりに、水泳授業を2時間連続授業にする時間割に変更。児童の水泳へのモチベーション向上を狙いとした指導に変えた。ほかにも職場環境の改善としてカフェスペースを設置する、消耗品文具を見える化して陳列するなどして、1人当たりの月間平均残業時間を7カ月で52.3%削減することができた。しかも、市の水泳大会に参加できるタイムを突破した児童が2.5倍に増えたという。
「この学校のカエル会議では“早く帰ろう”とか“残業を減らそう”という議題が上がったわけではなく、生産性を上げようということがテーマでした。学校の水泳指導での教師の役割とは何か?という根本的な問いから出発しました。それで一人ひとりに泳ぎ方を教え込むのではなく、児童の水泳へのモチベーションを高めることに注力すべきだという結論に至りました。そこで放課後水泳指導を廃止する代わりに水泳授業を2時間連続授業にするなど、時間割を工夫することで、水泳大会への参加標準記録突破による出場者数を2.5倍に増加させながらも残業時間の削減につながった好例となりました」
「こうありたい」と考える授業や子どものありたい姿と、現実とのギャップに問題点を見いだし、解決に向けた工夫が業務削減、時間創出、教育の質向上につながる流れこそが、本来の学校の働き方改革だと田川氏は考える。そのためにはコンサルタントが教育内容に踏み込まない節度も必要だという。「私は“働き方”についてはプロだけれど、教育や授業の中身については先生方がプロだという、すみ分けの意識を大事にしています」と話す。
ボランティアの協力を得て一部の業務を学校、教師以外に移行
同じく岡山県の浅口市立鴨方東小学校は、もともとコミュニティ・スクールを設置している学校だったこともあり、PTA役員と地域住民とで一緒に働き方改革を進めたという。共にカエル会議を行って、理想の学校や目指す子ども像を決めたうえで業務の見直しに着手。とんど祭りやサマーキャンプ、地区懇談会などの行事を削減し、草取りや校内の活花管理、ワックスがけなどは、ボランティアの協力を得て学校、教師以外に移行した。その結果、7カ月で平均残業時間が40.7%減少した。
各学校では、あらかじめ残業時間の削減について数値目標を持つのだろうか。「施策の効果がどのくらいあったのか振り返るときに大事になってきますが、教育委員会や管理職が目標値を持つことはあっても教職員に押し付けることはしません。それでも実際に働き方改革に取り組んでいくと、労働時間が減る一方で、子どもと向き合う時間が増えるのです」と田川氏は話す。
そんな教員一人ひとりのタイムマネジメント感覚を養うツールもある。1日の業務と退勤時間の予定を書き出して教員間で共有し、振り返る「カエルボード」だ。
予定外の突発的業務のために1時間分のゆとりを持った予定を立て、1日の終わりには教師自身が時間の使い方を振り返るというもの。民間企業には「朝メールドットコム」としてアプリ化して提供しているサービスだが、学校では予定と実績のズレがわかるなら自由なスタイルで構わないという。
「忙しい朝からこの作業をすること自体が残業につながる、と言ってこられる先生がいるのですが、そういう方に限って授業の空き時間を何となく過ごしていたりするのです。やらなければいけない業務にどのぐらいの時間がかかるかを把握し、共有する。予定どおりにいかなかった業務について原因を振り返るだけでも在校時間が減る効果があります」
心理的安全性を高めるのが管理職や教育委員会の仕事
働き方改革をうまく進めるには、現場だけでなく管理職や教育委員会の役割も大きい。田川氏は次のようなアドバイスを送る。
「まずはリーダーシップと、リスクを取る役割を校長先生に担っていただきたいです。例えば100人中、1人でもガラケーの保護者がいたらチャットではなく全員紙のプリントで連絡をする。これはリスクにフォーカスしすぎて非効率になる典型例です。ここは校長先生が、1人には紙で対応し、あとはチャットで送るという決断をしてほしいです。
さらに、教育委員会が盾になってくれる地域は働き方改革が進みます。働き方改革の取り組みを保護者に説明するのは現場にとって非常に気を使う仕事です。そのときに最後のカードで校長先生が “教育委員会がこの方針なのでご理解を”、もっと言えば “何かあれば教育委員会にお問い合わせください”くらいまで言えるようになると気持ちが楽になります」
また、こうした業務改革が短期的な取り組みで終わってしまっては意味がない。継続して取り組み、効果を得るには、業務改革のあり方を学校に合わせて見直し、文化として定着させるのがポイントだという。また定期的に振り返りを行って取り組みによる変化、効果を実感することでモチベーションも維持できる。
教員不足が深刻さを増す中、「欠員が出て働き方改革どころではない」という現場も少なくないはずだ。だが、埼玉県伊奈町立小室小学校では働き方改革の効果についてアンケートを取ったところ、時間外在校時間が減るとともに「子どもと向き合う時間の確保が十分されている」が37.5%から70.8%に、「教材研究や授業準備に必要な時間が取れている」が12.5%から44.0%に、「業務を見直し、改善が図られている」が37.5%から91.7%に改善したという。
「カエル会議などは数人からできます。それ以外にも新しいノウハウや小さな工夫をご自分なりに実行されている先生もいます。諦めずに自分のできる範囲のことを続けて、周りを巻き込んでいってほしいです」
(文:長尾康子、注記のない写真: KazuA / PIXTA)