「世界のフードコートで食べ物を注文しよう」

夏休みに入る直前の7月末、千葉県八千代市立大和田南小学校(児童数:822、校長:田中佳子)で開かれていた英語イベントを訪れた。運営するのは、外国語指導助手(以下、ALT)派遣企業のハートコーポレイションだ。厳しい暑さにもかかわらず、たくさんのALTと児童が集まりにぎわっていた。

ある教室をのぞくと、教室前方のALT2人が身ぶり手ぶりを交えながら米国、インド、カナダなど、各国の名物料理を英語で紹介している。「Hamburger」「Chicken Curry」「Maple tea」……ALTの声に子どもたちも英語で続く。ここでの学びのテーマは「世界のフードコートで食べ物を注文しよう」のようだ。

Teacher:Hello and welcome. What would you like?

Student:I'd like a Hamburger please. How much?

Teacher:Hamburger is 750yen. Here you are.

Student:Thank you.

Teacher:See you.

こうした「店員と客のやり取り」を全員一緒に学んだ後、グループに分かれて、教室の脇に設置された端末の前に集う。画面の先にいるのは別のALTで、今度は1対1で食べ物を注文するやり取りを実践する。料理に合わせて、その国出身のALTが画面の向こうにいるのが、何ともリアルだ。

端末の向こうにいるALTを店員に見立てて、料理を注文する児童

英語に触れる機会を増やすための仕掛け

大和田南小学校では、こうした英語イベントを2022年の夏からスタートさせ、その年の冬、23年の夏と3回開催している。当初、120人程度だった参加児童も、今回は232人と倍増している。企画したのは、昨年同校に着任した英語専科の谷脇光氏だ。谷脇氏は、英語イベント開催の目的について、次のように話す。

「英語に触れる機会を増やしたいと考えました。普段、学校にALTは1人しかいませんから、1対1で話す機会は限られます。イベントでは、日本人が介在せずに1対1で話すことができ、英語が通じない、聞き取れないという場面にも遭遇します。『何て言えば通じるか』『ゆっくり話してもらうにはどうしたらいいか』などを自分で考えたり、友達と協力したりして、英語が伝わるとうれしい、そんな成功体験を積んでほしいと思っています」

冒頭で紹介した対面とリアルを組み合わせた「オンラインブレンディッド」の活動を取り入れているのも、そのためだ。1対1での会話はもちろん、今回集まったさまざまな国出身のALT48人と関わることができるのは貴重な体験といえるだろう。

イベントでは、そのほかにも「オススメの国、場所を紹介しよう」「3ヒントクイズを出し合おう」「たし算・ひき算の問題を出し合おう」「伝言ゲームをしよう」「『うちわ』を作ろう」「『風鈴』を作ろう」など12のプログラムが用意されていた。いずれも「英語を学ぶ」のではなく、「英語を手段として学ぶ」イマージョン教育をコンセプトにしている。

いずれのプログラムも「英語を学ぶ」のではなく、「英語を手段として学ぶ」イマージョン教育をコンセプトにしている

そもそも大和田南小はユネスコスクール(ユネスコ憲章に示されたユネスコの理念を実現するため、平和や国際的な連携を実践する学校)で、これまでもギリシャやアゼルバイジャン、ブラジル、台湾など世界中の学校とオンラインで交流を行ってきた。教育目標「世界に生きる大南の子」からもわかるように、外国語教育に力を入れており、英検にも積極的にチャレンジしている学校だ。それもあって、校長をはじめ周りの先生たちも当初から英語イベントの開催に協力的だったという。

ハートコーポレイションからはALTが48人参加。千葉商業高等学校の生徒3名(2列目中央)もイベント運営をサポートした

「先生方の協力があってこそできるイベントですが、今後もこうした活動を増やしていきたいと考えています」と話すのはハートコーポレイションの萩野谷早紀氏だ。同社は英語好きを増やしたい、子どもたちの英語力を伸ばしたいという思いで、イベント運営を行っている。費用は、自治体のALT事業費で賄っており、児童は教材費として500円支払って参加している。

谷脇氏は「小学校の英語は、話すことがメイン。物おじせずに話すことを経験しているかどうかで違ってくる」と話すが、英語への興味・関心、また学習の動機づけに、生きた英語に触れながら習った英語を使う機会、そこで「できた」という経験は大事だということだろう。

小学校から中学校へスムーズに接続できるか

2020年に小学校で英語が必修になってから3年が経つ。従来、5・6年生で行っていた外国語活動を3・4年生に前倒しし、5・6年生では教科として英語を学ぶようになった。

変更の狙いは、中学年から外国語活動を導入することで「聞くこと」「話すこと」を中心に外国語に慣れ親しみ、学習への動機づけを高めること。そのうえで高学年では「読むこと」「書くこと」に加えて総合的に教科学習を行い、中学校へのスムーズな接続を目指すためだ。

というのも、小学校で英語を学び始めることで課題が出てきたからである。音声中心の学びから「書くこと」が増える中学英語に円滑に移行できなかったり、体系的な学習の必要性が出てくるなど、いくつか理由はある。だが、学年が上がるにつれて児童生徒の学習意欲に差が出てくるというのは、中でも大きな問題といえるのではないか。

7月末に公開された「令和5年度 全国学力・学習状況調査の結果」によると、「英語が好きか」という問いに肯定的に答えた小学生は全体の69.2%、残りの約3割は否定的な回答をしている。小学校で英語を学ぶ土台をつくっておくことが、中学校につながっていくと考えると、これは決して少なくない数字であり、憂慮すべき事態だろう。

同じ質問で、中学生の肯定的な回答が52.3%と約17ポイントも少なかったのも見逃せない。今回の学力テストでは、英語4技能の平均正答率が「聞くこと」58.9%、「読むこと」51.7%、「書くこと」24.1%、「話すこと」12.4%だった。いずれも前回を下回り、とくに「書くこと」「話すこと」が苦手であることもわかった。

学習指導要領を見直した効果が出てくるまでには数年かかるだろうが、英語教育にはまだ工夫の余地がありそうだ。ALTを活用したイベントもその1つといえるが、授業の内容はもちろん、「話すこと」や「書くこと」の強化、小学校から中学校まで途切れることのない英語学習への動機づけなど、継続して考えていく必要がある。

今回の調査では「英語の授業の内容はよく分かる」「英語の勉強は好きだ」「将来、積極的に英語を使うような生活をしたり職業に就いたりしたいと思う」と回答した中学生のほうが、英語の平均正答率が高い傾向が見られた。今後の取り組みのヒントになるのではないだろうか。

(文:編集部 細川めぐみ、写真:東洋経済撮影)