「学術領域」で活躍する日本の女性を増やしたい

「女子だから」「地方出身だから」「自分にはこれは無理」「女子が理系なんて」……。そんな思い込みで、いつの間にか将来の選択肢を狭めてしまう。そもそも、その思い込みも周囲からの決めつけによって刷り込まれたものかもしれないのに、早い段階で自らの可能性に限界をつくってしまう。そんな女子中高生は少なくないのではないだろうか。

そんなとき「やりたいことが最前線でできる場所にいる未来の自分」をイメージすることができれば、どうなるだろう。実際に今社会で活躍している先輩たちの姿を見て、将来の自分を想像するのだ。そうすれば、これまで自分が考えていた以上の世界が目の前に広がり、自分のやりたいことや将来の目標について、より広い視野で考えることができるだろう。

PSGは、まさにそのような制限から女子中高生たちを解き放ち、彼女たちの将来の可能性を広げるためのプロジェクトだ。中でも、最先端のサイエンス研究をしている女性の先輩を紹介することで、女子中高生たちが、性別に関係なくどこまでも高い目標を持っていいこと、そして、1人ひとりが目標を達成できる力を秘めていることを知ってもらうこと、そして、学術の領域で活躍する日本の女性を少しでも増やすことを目指している。

PSGは、フルブライト奨学金など米国務省の人物交流プログラムに参加した大学教員や高校教員ら、女性の同窓生の有志グループによって設立され、在日米大使館が後援している。PSG代表で東京大学医学系研究科教授の山本則子先生が次のように語る。

山本則子(やまもと・のりこ)
Path to Science for Girls(PSG)代表。東京大学医学系研究科 健康科学・看護学専攻教授。専門は老年看護学・在宅看護学。山口県出身。1986年東京大学医学部保健学科卒業、看護師の臨床経験ののち、91年同大学大学院保健学専攻修士課程を修了。95年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校看護学部博士課程を修了(PhD)。東京大学助手・講師、千葉大学助教授、東京医科歯科大学教授を経て2012年より現職
(写真:PSG提供)

「今から3年前に、在日米大使館からフルブライト奨学金の同窓生に対し、社会貢献活動を行うなら支援したいというお話がありました。そのとき、私たちが持っていた問題意識は女性の社会進出をもっと推進したいというものでした。中でも学術の領域で活躍する日本の女性たちを少しでも増やしたい。そうした思いのもとグレーヴァ先生ら有志メンバーたちとともに2021年からスタートしたのがPSGです」

PSGの活動内容は、第一線で活躍している女性教員や女子大学院生など女性研究者の研究を動画で紹介すること、そして女性研究者とのオンラインによるワークショップが中心となっている。ほかにも進路決定に役立つ情報として、奨学金情報、他団体によるイベントの紹介などをPSGのサイトを通して提供している。同副代表で慶応大学経済学部教授のグレーヴァ香子先生が説明する。

グレーヴァ 香子(グレーヴァ・たかこ)
Path to Science for Girls(PSG)副代表。慶応大学経済学部教授。専攻は理論経済学、とくに非協力ゲーム理論およびミクロ経済学。神奈川県出身。1986年に慶応大学経済学部を主席で卒業、88年に慶応大学大学院修士課程を修了。95年にスタンフォード大学経営大学院でPh.D.を取得し、同年に慶応大学経済学部に助教授として着任。2007年に教授に昇格する
(写真:PSG提供)

「私たちは女子中高生たちに対し、絶対に研究者になってほしいということを言っているわけではありません。今、学術領域で活躍している女性たちの最前線を知り、そこに向かっていろんなアプローチをする中で、自分にとっての最良の場所を見つけてほしいのです。これまで普通の女の子が自分はこの程度でいいや、と思っていた将来の人生設計を、もっといろんなことにチャレンジする方向に変えてもらいたい。そのために現在は全国どこからでも参加できるオンラインを中心に、女性研究者の動画紹介やワークショップを行っているのです」

日本では今、さまざまな領域で女性の社会進出が進みつつあるが、学術領域で活躍する女性、とくに理系の女性研究者は依然として少ない。実際、OECD(経済協力開発機構)が昨年発表した調査でも、STEM分野の高等教育機関への入学者のうち女性が占める割合は、自然科学と工学の2分野において、36カ国中、日本は最下位だった。一方、海外では学部卒でなく、修士・博士の資格を持っていなければ有力企業に就職できなくなりつつある現状もある。欧州では女性の修士号取得比率が上昇しているが、日本は低水準のままで女性の高学歴化が進んでいない。

「理系の学部は、女性比率の高い大学でも、女性の割合が低いことが多い。この理由は複数あると思いますが、女子が大学に進学するときの進路選択において、親御さんや学校の先生から、理系を選択することに対して、必ずしもポジティブなフィードバックをもらえていないという現状もあるようです。とくに地方では、自分の身近な所に第一線で活躍する女性研究者などのロールモデルがいない場合も多く、周囲の決めつけなどによって、どうしても理系や首都圏などの合格偏差値の高い大学への進学を阻んでしまうこともあるようです。こうしたネガティブなフィードバックが重なった結果、現在のような状況になってしまったと考えています」

そう話す山本先生は山口県出身。中学卒業直前まで山口で過ごしたのち、東京に転居。そこで地方と都会には、情報格差や意識の違いが存在することを実感した。高校時代は、生き生きと勉強し、さらなる高みを目指して進んでいく、数多くの女子の友人や先輩たちと身近に接しながら、とくに気張ることもなく、大学進学を考えることができた。

「女の子だから理系を選ばないほうがいい、自宅から通える大学にしたらいい、そんなに頑張らなくていい。そんなメッセージが今の日本の女子中高生の周りにはあふれています。しかも、地方では実際に学術の最先端で活躍する女性のロールモデルを見つけにくい。私たちPSGの活動に触れることで、とくに地方の女の子に伸び伸びと自由に進路を選びとって、人生を切り開いていってもらいたいと思っているのです」

一方、グレーヴァ先生は神奈川県の出身だが、一生続けられる仕事に就きたいと思っていたものの、将来の進路について思い悩む時期があったという。

「高校時代は反抗期でもあり、バレーボールばかりやっていました。勉強では、数学は大切だとはわかっていましたが、ちょっとサボったらついていけなくなり、3年間ひそかにつらい思いをしました。しかし、大学入学後、高校数学とは違う数学(位相数学)と出合い、これなら一からやれると思ってやってみたらうまくいったのです。大学の数学は言葉です。実は国語力と想像力があると大学数学ができるようになるのです。大学院に進学することは父から反対されたのですが、数学的分析をやっていると、年齢も性別も関係なく、正しいことは正しいと認めてもらえて気分がいい。そこで研究者に挑戦することを決めました」

現在3本が公開されている、女性研究者出演の動画。「ゲーム理論」のほか「神経幹細胞」「高分子化合物」について、それぞれ女性の大学教授が解説をしてくれている。仕事内容を知ることもできる、貴重な動画だ
(写真:PSG提供)

身近に活躍する女性のロールモデルがいる重要性

PSGでは第4回目のワークショップを今年8月7日に開催する予定だ。第1部は「女性研究者の研究を覗こう!」と題し、司会を山本先生が担当、ゲストに地球惑星科学を専攻する東京大学教授の佐藤薫先生を迎えて行われる。佐藤先生は世界でも数少ない南極での研究をしており、壮大なスケールの研究の一旦を動画で紹介してくれているそうだ。今回は、その本人と実際に話すことができるというめったにない機会となっている。第2部では「未来の自分に会いに行こう!」をテーマに女性教員、女子大学生による学びの紹介、大学生活に関する質疑応答などのワークショップが開かれる。オンラインで開催され、参加費は無料だ。主な対象は、女子中高生とその保護者、教育関係者、また男子中高生の参加もOKとしている。前回のワークショップでは60名以上が参加しており、今回も多くの女子中高生たちの参加を期待しているそうだ。

第一線で活躍する研究者に接することができる、貴重な体験だ
(写真:PSG提供)

グレーヴァ先生は、参加した女子中高生からの声についてこう語る。「参加した子たちからは、『初めて女性の研究者に会って、身近に感じたし、勇気をもらえた』あるいは、『自分は今までは需要があることをやらなければいけないと思っていたが、自分がやりたいことをやるべきだという思いに変わった』といった声が戻ってきています。女の子たちにとっては、自分と同じように、やってみたいけどどうしようか悩んでいる同世代の子がたくさんいるのがわかったこともよかったと感じているようです。実際に第一線で研究する先生に会えることは貴重な体験だと思うので、ぜひこの機会を活用してほしいですね」

サイエンスの第一線で活躍する先輩たちの姿を見ながら、自分が望む進路を自由に進んでいけるように支援するPSG。これからもっと理系に進む女性研究者を増やしていくために、教育現場の先生たちはどんな支援ができるのだろうか。山本先生が言う。

「私たちの活動を紹介していただくだけではなく、機会があれば、生徒さんたちが多様な体験をできるように後押ししていただけたらと思っています。子どもたちには自分の頭で考え、自分の足で動く力を身に付けてほしい。そのためにも先生方には生徒1人ひとりに向き合いながら、彼らの好きなこと、興味があることは何なのかを大事にしてほしいと願っています」

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(文:國貞文隆、注記のない写真:happyphoto / PIXTA)