独自の「T-STEAM」教育をさらに深化

竹鼻志乃氏が豊島岡女子学園の校長に就任したのは、9年前の2013年のことだ。当時から気鋭の躍進校として注目を集めていた同校だが、現在では「女子新御三家」と呼ばれ、従来の女子御三家にも食い込むかという超人気校となっている。竹鼻氏は、優れた進学実績と人気上昇について「理由の1つとして、ものづくりを通した課題探究に力を入れてきたことが挙げられるかもしれません」と話す。

豊島岡女子は、18年に文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)にも指定されている。同校で15年から続けているコンテスト「モノづくりプロジェクト」は21年に「T-STEAM:Pro」と名称を変えたが、他校生も参加して科学的思考に挑むイベントである点は変わっていない。例えば21年のテーマは「水上で姿勢を制御せよ」。生徒たちは波の上で安定姿勢を保つ構造物を作り、どれだけ重りを落とさずにいられるかを競った。コロナ禍で他校の参加は見送られたが、中1から高2までの109名がエントリーしたそうだ。

「『T-STEAM:Pro』は中学生にとっては難しい内容だといえますが、楽しいと思えるからこそ、生徒たちは自発的に参加して学びます」

2021年の「T-STEAM:Pro」の様子。各グループが挑戦するたび、会場から歓声が上がった

ものづくりを通して、持っている知識を実際に使ってみる経験や、試行錯誤する経験をしてほしいと語る竹鼻氏。「本校には理工系が好きな生徒が多く、教員もそれに応える形でいろいろな取り組みを行っています。学校として進路を誘導することはしてはいけませんが、いい刺激になるような材料は用意してあげたい。文系と理系を分ける考え方はすでに古いものだと思います」と続ける。

こうしたメッセージを強く打ち出すのが、22年度からの中高一貫化と新カリキュラムの実施だ。高校入学時点での生徒募集を停止し、さらに私立文系コースを廃止。全生徒が高3まで理数科目を学ぶ体制とした。

前述の「T-STEAM:Pro」は希望制で取り組むものだが、中学ではそれに先駆けて「T-STEAM:Jr.」という特別活動を実施している。高校の授業として本格的な課題探究に接続する際は、高校からの入学者がそろったところでグループ分けを行い、探究リテラシーの基礎を示してから、グループでの探究活動に進める必要があった。いわば高入生の理解を「待つ」期間があったわけだが、中高一貫化でこうした足踏みの時間もなくせると竹鼻氏は語る。

「私自身も豊島岡女子の高入生だったので複雑な気持ちもありますが、中高一貫化でより深い学びを提供することができるようになります。情報処理能力や理工系の基礎力もさらに高められるでしょう。新体制で学んだ生徒たちは、大学入学共通テストが変わっても問題なく対応できると考えています」

メリットを語ったうえで、同校の中学受験を目指す家庭にとっては、必要な対策に変化はないと説明した。

校長の竹鼻志乃氏。自身も豊島岡女子のOGであるため、自由闊達な校風も身をもって感じてきた
(撮影:梅谷秀司)

22年度医学部延べ現役合格者数136人、実際に56人が進学

2022年の大学合格実績でも、医学部の延べ合格者数は現役生のみで136人に上り、実際に56人が医学部に進学。これは卒業生の約6人に1人が医学部に進むという数字だ。さらに既卒者も含めた医学部の延べ合格者数は例年200人を超えており、22年も212人という結果だった。進学先を分野別に見てみると、医学21.2%に次いで理学・工学が合わせて19.7%で理系に強いことがわかる。また例年より減ってはいるものの東大への合格者も14人となっている。

生徒の将来の進路希望に傾向はあるのだろうか。竹鼻氏によると、やはり「医者になりたい」という生徒は一定数いるが、将来の夢については「決まっていない」という回答が最多だという。そんな生徒をサポートする、同校の人脈を生かした取り組みも行っているそうだ。

「中2の夏休みに、生徒がOGなどを訪問をする『卒業生インタビュー』を実施しています。訪ねる卒業生は生徒自身で選ぶことができるので、まったく未知の職業を見学に行く子もいれば、医師志望で診療科まで絞って訪ねる子もいます。インタビューの結果は、休み明けの9月にまとめて共有します。こうした経験を通して、少しずつ未来の自分を想像していければいいですね」

卒業生が快く協力してくれる背景には、在学中の過ごし方が影響しているだろう。豊島岡女子ではクラブ活動にも注力しており、卒業後も下級生と上級生の関係が続いているという。

「クラブ活動では後輩の指導の難しさや先輩との付き合い方など、タテの関係も学んでほしいと思っています。いちばんの目的はいい成績を残すことではなく、活動を通じた学び。それでも生徒たちはまじめなので『先輩よりいいものを目指したい』と熱心です。私から見ると頑張りすぎに思えるほど(笑)。でも共に困難を乗り越えた経験からか、クラブ活動で得た友達とはとくに絆が強くなるようです」

いい成績が最重要ではないとのことだが、囲碁などのクラブの成績は全国レベル。コーラス部は21年の東京五輪開会式でも歌声を披露している優秀さだ。

豊島岡女子ではこれまで、クラブ活動では文化祭、ものづくりの学びでは「T-STEAM:Pro」と、生徒が普段の成果を発表する場を大切にしてきた。だが新型コロナウイルス感染症の拡大により、「T-STEAM:Pro」の参加校に制限がかかり、文化祭はオンラインやハイブリッドでの開催が続いた。

「教員たちはいつも『生徒の笑顔のために』という気持ちで頑張っています。コロナ禍でも、日頃の活動の成果を発表する場を何とか設けられないかと考えました」

そこで昨年夏には、感染対策を徹底し、小学生を対象とした特別見学会を実施した。1時間という短い時間ながら、生徒たち自身が小学生に向けてクラブ発表を行った。また、この2月には中学合唱コンクールも開催した。

「生徒は感染予防も頑張りましたし、保護者の理解を得ることもでき、学校には激励の電話もいただきました。久しぶりに、あるいは初めて観客の前で発表できて、生徒たちもとてもうれしかったようです」

授業も対面での実施にこだわっている。昨年8月には全国の新型コロナ感染者がピークを迎えていたが、同校ではクラスターなども出さずに対面授業を続けた。

「9月の学校見学会に来た方には、オンライン授業にしていないのかと驚かれました。でも一方通行ではなく互いに学び合うには、やはり同じ教室にいることが重要です。休み時間の会話や放課後のクラブ活動も欠かせない学びだと思います」

こうした「在校生の生の姿」を見ることができるためか、同校は受験生からの評価も高い。近年は入学者のうち約7割が豊島岡女子を第1希望にしており、保護者からも「子ども自身がこの学校を気に入っている」という声を聞くことが多いそうだ。

「5分間の禅」運針で時間の使い方とスイッチ力を鍛える

人気・実力ともに上昇が続く中、新体制を打ち出した豊島岡女子。つねに動きがあるように見えるが、竹鼻氏は、学校としての姿勢に変化はないと話す。

「もちろんつねに新しい取り組みは考えていますが、変わらずに続けていることも多いかなと思います」

不変の取り組みの1つとして挙げるのが、豊島岡女子の名物ともいえる「運針」だ。裁縫専門学校を前身とする同校では、毎朝8時15分からの5分間、1メートルの白布にひたすら赤い糸を通す。「5分間の禅」として集中力を養うものだが、これが生徒たちの時間の使い方を変えるという。

「入学直後はまったく縫えなかった生徒も、やがて同じ5分でも見違えるほど縫い進めることができるようになります。短い時間でも『5分しかない』と取るか『5分もある』と取るか。こうした訓練によって、時間の使い方、切り替え方がうまくなるのです」

豊島岡女子の伝統「運針」は「運針リレー」などイベントになることも(左)。この2月に行ったSSH成果発表会。ポスター発表とYouTube Liveのハイブリッドで開催した(右)

短い時間もうまくスイッチしながら有意義に使えるようになると、学校生活は密度が濃く忙しいものになる。勉強はもちろん、コロナ禍の時間制限下でも、クラブ活動の質を落とさなかったことが好例だろう。そのため竹鼻氏は、「うちは忙しいのが好きな子に向いている学校です」と断言して笑う。

その傾向は入試問題にも表れている。豊島岡女子の入試では、算数の解答の途中式を採点対象にしない。竹鼻氏は「途中式を丁寧に書いていたら、おそらく本校の入試問題は時間内に解ききれないはず」と言う。

「入試について、正確さとスピードのどちらが重要かと聞かれることがあります。この2つはどちらかではなく、どちらも重要なもの。計算ミスはケアレスミスではなく、致命的なミスなのです。相手に伝わるように表す記述の仕方は入学してから教えるので、入試では速く、そして正確な解答を目指してください」

厳しい言葉にも聞こえるが、生徒たち自身に話を聞くと、意外にも「どんな子にも居場所がある学校だと思う」と答える子どもが多いという。小学校では友達があまりいなかったが、中学に入って初めて趣味の話ができる友達ができた生徒もいるそうだ。

「のんびり空を見上げているような子の保護者から『うちの子はやっていけるでしょうか』と聞かれることがありますが、大丈夫ですとお答えしています。入学すると周りの友達が手を引き、生徒同士で互いに補い合うようになります。最初から何でも得意な子はいません。のんびり屋さんもいつしか周囲と同じようにてきぱきと動けるようになって、高校生にもなれば成長して、しっかり後輩の指導もしてくれますよ」

竹鼻氏が唯一「うちに向いていないかも」と挙げるのは、「のんびり空を見上げているような子に、そのまま空を見ていてほしいと考えているご家庭」だ。同校のアドミッションポリシーには、「努力を重ねて自らを高めたい人」「さまざまなチャレンジを楽しみたい人」という像がある。求められるスピードを充実感と捉えて楽しめる人なら、これほど成長が見込める場所はないかもしれない。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:豊島岡女子学園提供)