「プロジェクト」「ドキュメンテーション」で子の変化を捉える

「レッジョ・エミリア教育」は、第2次世界大戦後のイタリアの都市「レッジョ・エミリア」で芽吹いた教育法だ。子どもの可能性や創造性を引き出すアプローチとして、Googleの社員が利用する保育所でも取り入れているなど世界的にも評価されている。しかし、実は体系立てられた方法はないとされており、代わりに「プロジェクト」と「ドキュメンテーション」というキーワードで特徴づけることができる。

「プロジェクト」とは、子どもたちが半年~1年単位で期間をかけて取り組むグループ活動。テーマや活動内容を考え、工作・調査の方法を話し合いながら進めていく。この経験を通して、子どもたちは協調性やコミュニケーション術を学ぶとされる。

「ドキュメンテーション」は、日々の子どもたちの活動記録のこと。文字や写真・動画などで子どもの活動の様子や、興味を示したものなどを記録し、それを誰もが見られるように展示する。大人同士が子どもの情報を共有できるのはもちろんだが、この記録が次のプロジェクトのテーマを選ぶヒントにもなるのだ。

いしいおうこ
幼児教育専門家
親勉チビーズ代表理事。都内でのレッジョ・エミリア教育を取り入れた大手メリットのプリスクールのオープンにアトリエリスタとして携わり、自身の教育メソッドでも6000組以上の親子に関わる。著書に『モンテッソーリ教育×レッジョ・エミリア教育式 0~6才のための天才性を引き出す子育て』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。毎週火曜と木曜9時15分〜Instagramにて「おはよう!オーシャン!のびのび子育て!」をライブ公開中(23年3月現在)
(写真:本人提供)

またレッジョ・エミリア教育は芸術活動も積極的に行う。子どもたちは、用意された画材にとどまらず、街に繰り出して素材を調達することもある。専門教師の「アトリエリスタ」が子どもたちの制作活動をサポートしながら、子どもの発想を制限せず、興味や好奇心を伸ばす活動を促すのだ。

さまざまな教育法のエッセンスを取り入れ、多くの親に「天才性を伸ばす子育て」を指南してきた幼児教育専門家のいしいおうこ氏は、自身とレッジョ・エミリア教育の出合いについてこう話す。

「私の祖母はとある幼稚園の創立者で、母もそこの教諭でした。私もその幼稚園で育ち、母たちの影響を受けて、育児に悩む方の相談に乗るサロンを開くようになりました。レッジョ・エミリア教育に触れる前から、モンテッソーリの教室と、創造教育のための教室の2つを運営していましたが、いま思えばこの創造教育はレッジョ・エミリア教育に近いものだったと感じています。例えば『バナナ』をテーマに、バナナを眺めるだけでなく、食べたり、バナナになりきったり……と想像力を膨らませるような活動をしていました」

親子で取り組むプロジェクトで自走・自学・自習を

レッジョ・エミリア教育で育てられた子どもたちに芽生えるのは、「自分で考え、気づき、学ぶ力だ」といしい氏は語る。

「子どもたちが目指すのは、自走・自学・自習ができるようになること。かみ砕いていえば、自分で仮説を立てて検証し、考察し、結論が出せるようになることです。この力が身に付けば、学習の基礎はすでに完成したといえるでしょう。その力を生かして、小学校の6年間では物事を探求しアウトプットする実践に没頭できます。現在の入試では自分の考えを表現することが求められる場面もありますが、そうした力も、早いうちから鍛えることが可能です」

一方で、課題もある。子どもたちの話し合いや観察を見守り、適切に導くことができる人材はそう多くはない。また、一人ひとりの活動の様子をつねに記録するにはかなりの人手が必要だ。いしい氏も、「現在の日本の公教育で本来のレッジョ・エミリア教育を実行するのは難しいだろう」と感じているという。

そこでいしい氏が提案するのが、プロジェクトやドキュメンテーションの要素を取り入れつつ、家庭内で親子でできる内容に落とし込んだ活動だ。子ども同士ではなく親子でテーマを話し合い、フィールドワークに出かけた様子や活動内容を写真や動画、文章にまとめる。そしてそのドキュメンテーションを自身の観察実践プログラムのコミュニティーでシェアしていく。

観察実践プログラムのレポートの事例
(写真:参加者ご本人提供)
【ケース229】6才7ヶ月
〜直島〜
(前略)
黄色カボチャは一度海に流されちゃったんだって。
「マイクロプラスチックとか大丈夫かな??」←すっかりSDGSが身近
(中略)
ホテルの敷地内には動物のオブジェが散見。近づくと盆栽のせてたりする。
やっぱり盆栽推しなんだ。(前ケース参照)
(中略)
シルエットの人がいる絵画の前は毎回隠れながら移動。確かに大人でも不気味に感じる。
人物っぽいオブジェもみんな怖がる。
後日、「双子以外でそっくりな人いるかな?」と子に聞かれる。
(後略)

「例えば、香川県の直島で草間彌生さんのアート展示を見るとしたら、草間彌生がどのような人物なのかを調べたり、実際に作品に触れたり、中に入ってみたりという体験とともに、そのとき子どもが話したこと、着目していたものを記録します。それらを基に『この子はこういうものが好きなのかも。それなら、今度はこれを用意してみようかな』と展開するのです。わが子が何をどう見て心を動かされているのかに親が気づいて、次の環境を用意していく。感性が磨かれると感動の経験につながり、それがさらに物事や生きることへの情熱になっていきます」

観察実践プログラムのレポートの事例
(写真:参加者ご本人提供)
【ケース42】 5歳10ヶ月
テーマ:空き缶
夕食のあと洗おうと置いてあった空き缶をキッチンカウンターにカンカン打ち付けて遊び始めた娘。遅い時間だったので遊んでないでさっさとお風呂に入って欲しかったけど、「同じ空き缶なのに音が違うよー!」という娘の一言に私の展開スイッチがオンに
【観察】 2本の空き缶を交互にテーブルに打ち付けているところ
両手:それぞれの親指を内転させ缶の中央部を握っている。両腕とも肘辺りがキッチンカウンターにつけている。
視線:左手に持った缶の底辺り。
(中略)
【体験体感】
・どんな音がする?
アルミ缶、スチール缶、それぞれ中に入っているときと空のときの音の違い。同じアルミ缶でも上に泡サーバーがついて重いときとなくて軽いときでは音が違うという気付き。内容量の違いによる音の違いも体感させたかったのに、ちょうど資源ごみを捨てたばかりで空き缶もペットボトルも他になくって残念せっせとビールを飲んで空き缶を準備せねば!
鯖缶とツナ缶の空き缶を使ってシンバルのように鳴らす。底で鳴らしたときと、口が開いている方で鳴らしたときも音が違うことに気付く。耳に空き缶を当てていると、「この缶を作った工場の人の声が聞こえるよ♪」という娘。私にとってはただのノイズが彼女にはそんな風に聞こえるという驚き!豊かな想像力。
(後略)

モンテッソーリ教育とは何が違うのか?

レッジョ・エミリア教育のプロジェクトは、テーマも期間も自由で非常に流動性が高い。子ども一人ひとりの気づきや興味に注目し、次の学びへと展開していく。「決められたマニュアルがない」のは、モンテッソーリ教育と比べても大きな特徴でもあるだろう。

例えば「モンテッソーリ教育」について、いしい氏は「とてもつくられた環境」だと話す。使用する教具や、その使い方が決まっているし、そうした教具は指定された場所から取り出し元の場所に片付ける必要がある。もし、教具を好きに組み合わせている子がいれば「それは違うよ」と伝えなければならない。また、子どもの活動を「お仕事」と表現するように、活動の始まりと終わりにはルールがあり、取り組みにも「完了」や「達成感」が求められる。

一方で、レッジョ・エミリア教育では、外に出て街の廃材などを自由に使いながら、周りと相談しつつ好きなように活動することが可能だ。そこには、決まっていないからこその難しさがある。

子を徹底的に観察し、小さな成長の証しに気づく

身近にレッジョ・エミリア教育を取り入れた保育施設がなく、家庭での実践を検討する場合には、「まず徹底した観察から」といしい氏はアドバイスする。

「子どもが何に興味を持っているのかをしっかりと見極めることが第一歩です。散歩中に花に興味を持ったなら、植物図鑑を手に取れる所に置いてあげるだけで合格。本当は、子どもが何かに集中して静かにしているときこそよく観察して、物事のどこに心が引かれてどのような行動を取るのか、じっくり見てあげるのが理想です。しかしこれはあまり現実的ではありません。親も忙しいので、子どもがおとなしいときは家事を済ませたいですよね。そこで、まずは1日1つ、子どもが新しい発見をしていないか探してみてください。一緒にお風呂に入る時間などが活用できます」

わが子を観察する中で、親はついつい「汚さないでほしい」「もうお昼寝の時間……」などといった感情を抱いてしまう。しかし、そうした感情はできる限り排除し、先入観のないありのままの観察を心がけることが必要だといしい氏は指摘する。

「例えば子どもが床のゴミを拾ってきたら、多くの親は『汚いから捨てようね』と教えます。でも実は、子どもが伝えたいのは『つまめたよ!』という自分の成長だったりするのです。子どもの行動は、そのすべてが発達に必要なこと。『こんなに小さいものをつまめたの? すごいね!』と褒めると、子どもはうれしさでいっぱいの顔をするんですよ。危険なことでなければ、少し目をつむって『何を楽しんでいるのかな?』『指先を使えるおもちゃを用意してみようかな?』と考えながら観察してみてください。きっと、子育てが今よりも楽しくなりますよ」

多様な教育法があふれる現在、わが子に何が適しているのかと悩んでしまうことも多い。そんな親の思いに対し、いしい氏は「子どもの性格によるところも大きいです。秩序やマイルールを大事にするタイプはモンテッソーリ教育が向いているとか、興味が移りやすく、無関係なもの同士をかけ合わせて遊ぶようなタイプならレッジョ・エミリア教育……と分類することもできます。ただ、どの子どもも教育法も、真逆かつ極端な性質はありません。それぞれのメリットを家庭で取り入れるのもよい選択だと思います」と語ってくれた。わが子をしっかりと“観察”することで、何に向いているのかをよく見定め、最適な教育や学びの環境を用意することこそが、親に求められる力かもしれない。

(文:藤堂真衣、編集部 田堂友香子、注記のない写真:topic_kong / PIXTA)