高い合格実績を誇る関西の中学受験塾
1992年に設立され、関西を中心に教室を展開してきた希学園。2004年からは首都圏にも進出している。2013年からは首都圏と関西とで法人が分かれ、黒田氏は関西の希学園で代表を務めている。
「設立者の前田卓郎が学園のスローガンとして掲げた言葉は『克己』。受験はとかく人との競争になりますし、勝った・負けたと感じやすいですが、それ以上に『努力し続け、自分を高めてゆく』ことができる成長の機会でもあります。まずは己に打ち克つことを大切にしてほしいという思いから、今でも『克己』は希学園のスローガンです」
中学受験塾に求められるのは、ひとえに志望校に合格するためのハイレベルな指導だ、と思う人も多いかもしれない。だが希学園は、学習面だけでなく「人間力」の成長にも重きをおいている。
「そもそも子どもたちは勉強が嫌いなものです。しかも大人の労働と違って、塾に行かないと生活できないわけでもありません。楽しく過ごして生きていけるのに、『なぜ塾で勉強しないといけないの?』と思うのは自然でしょう。無理やり押さえつけることもできるかもしれませんが、最終的な学力の“伸び”は、本人がどれだけ意欲をもって取り組むかに大きく左右されることは間違いありません」
成長段階の子どもたちはまだ視野が狭く、目先の利益を優先したり自分中心で考えてしまったりしがちだ。しかし黒田氏は、その視野を広げて人間的な成長を果たすことが、中学受験や通塾をする意味にもなると語る。希学園では「あらゆる面において子どもを甘やかさないように」しているのだそうだ。
「挨拶は徹底しています。挨拶をしなかった子は追いかけていって声をかけます。また、講師・受付スタッフは原則、子どもがきちんと言葉で伝えてくれない限り対応しません。例えば、『鉛筆忘れた』という子には『だから?』と返します。子どもが事務室に来て、『鉛筆を忘れたので貸してください』と言ってはじめて対応するのです。昔は各教室に貸し出しボックスがありましたが、甘やかしだなと思い撤去しました。
親子であれば単語でも会話が成り立つし、親が先回りすることもあるでしょう。そこをあえて、『どうしたいの?』と問いかけることが必要です。子どもが成長するにはいろいろな人が関わります。親離れが始まる時期に、そうした周りの人たちを大事にしてほしくて、他者との関わりを大切に考えられるように育てています」
子どもたちが主体的に勉強に取り組めるよう、講師のポジティブな声掛けはもちろん、ハチマキを締めての勉強合宿、学年ごとの集会、動画でのメッセージ配信など、モチベーションを高める仕掛けも多い。
一方で、子どもたちとの “濃い”関わりをどう維持するかは課題だ。現在、関西は9教室、約3200人(うち6年生が約700人)が通っている。生徒数が増える中で、黒田氏は今後の教室展開はしないつもりだと語る。現在の指導スタイルを継続するには、講師の採用・育成にも労力がかかる。それもあって、現在の規模が最大限のようだ。
親が中途半端に「算数」を教えてはいけない理由
2024年春時点で、関西(近畿圏)の中学受験率は約10%ほどだった。首都圏の約20%と比べると低く感じるかもしれないが、首都圏同様、関西でも受験率は上昇を続けている。
「関西の中学受験の特徴は、灘中学校をはじめとする伝統校のブランド力の強さです。再編などで新たに頑張っている学校もありますが、やはり伝統校の志望者は多いです」
各校の入試問題にも、灘中学校の影響を受けた構成が見られると言う。
「関西は以前から理系重視と言われてきました。現在は文系重視やバランス型の学校も出ており、以前に比べれば『算数で勝負が決まる』という感覚は弱まりましたが、それでも理系重視の傾向は続いています。特に難関校は、灘や甲陽学院の3科入試型に引っ張られる形で、理系科目のレベルが高めに設定される印象です」
こうした傾向を踏まえ、塾では教科書に準拠しないオリジナル教材とカリキュラムで授業を行うわけだが、親はどうしても、子どもの現在地や成績が気になるもの。塾と保護者の関わりについて尋ねると、黒田氏ははっきり「学習面は任せてほしい」と答えた。
「学習内容については、私たちに任せてほしいと考えています。失礼ながら指導において保護者の方々は素人です。子どもはどうしても、親には甘えたくなりますし、親もつい過度な手助けをしたくなる。結果、子どもから自分の頭で考える機会を奪いかねないのです。中途半端に教えたり関わったりすると、むしろ逆効果になることもあります」
例えば、親はすでに「数学」を知っているため、算数の問題でも無意識に方程式や公式を使いがちだ。「こう解くと効率がいいよ」と教えてしまうこともあるだろう。しかし、XやYを用いた思考は抽象度が高く、小学生が使いこなすには時間がかかるうえ、かえって混乱を招いて理解が遅れる可能性もある。
一方で、送迎や健康管理など生活面のサポートには親の力が必要だ。希学園では面談のほか、保護者と担当チューターがネット上の個別掲示板でもコミュニケーションを取っており、相談はもちろん、お互い子どもに関して情報交換を行い、塾と家庭で指導の役割分担をするなど、こちらも濃い関係性を築いている。
中学受験は「数ある挑戦の1つ」である
中学受験は、教育虐待や経済格差を描くドラマのテーマにされるなど、マイナス面が取り上げられることも多い。黒田氏は、そうした弊害を引き起こす原因は大人にあると語る。
「子どもは、10歳ごろから思考力が発達していきます。そのタイミングで『頭を使う』『少し背伸びしてチャレンジする』など、頑張る経験をすることで、子どもの視野は広がっていくのです。子どものキャパシティや枠を広げるチャレンジの選択肢の1つに、中学受験がある。スポーツが得意な子はスポーツでも、絵が得意な子なら絵でもいいんです。『これがやりたい!』がまだない子でもチャレンジできるのが中学受験であり、数ある挑戦の1つとして捉えることが、中学受験を意義あるものにする価値観だと考えています」
最近では、効率重視で「ノウハウ」を求める保護者も多い。あふれかえる情報に振り回されてしまっている親もいるはずだ。「中学受験に合格しさえすれば人生は安泰。逆に、ここでダメならもう終わり」――、そんなふうに捉えてしまってはいないだろうか。中学受験を終えた後も、子どもの人生は続いていく。親の手を離れてからも、失敗したり、厳しい波にもまれたりすることがあるはずだ。そのとき、折れずにチャレンジし続けられるかどうか。その力を育てるのが、本来の「教育」に課せられた使命なのかもしれない。
(文:藤堂真衣、写真はすべて希学園提供)