中学受験の成功譚ばかりが広がるのはなぜ?
中学受験の余韻が残る3月。職場の同僚や、同級生の親同士で受験話に花が咲く場面も多いだろう。
「○○さんのお嬢さんは御三家の○○中学校に合格したんだって!」
「同級生の○○くんのお兄さんは○○塾で成績を伸ばして、第1志望校に合格したみたい」
こんな噂話が飛び交うこともしばしばだ。しかしふと思い返すと、こうした「伝聞」のほとんどが成功事例であることに違和感を覚えた経験はないだろうか。
2024年度、首都圏の中学受験者総数は前年比で微減した一方で、首都圏の小学校6年生の数を分母とする「私立中学受験率」は伸長した。一般的にも、中学受験で第1志望校に合格できるのは男子で「約4人に1人」、女子で「約3人に1人」と言われるほどで、第1志望校に落ちる子のほうが多い厳しい世界だ。それにもかかわらず、なぜ中学受験は「成功譚」であふれているのか。
事は単純で、中学受験で思うようにいかなかった家庭は口をつぐむからだ。その結果、成功事例ばかりが耳に入り、「うちも中学受験をさせようか」などと考えてしまうのである。
私が言いたいのは、ここで一度立ち止まり、わが子にとって中学受験がよい学習機会となるか、あるいは、中高一貫校に進学する意義があるかについてじっくり考えていただきたい、ということだ。
SNSの中学受験情報発信に不安になる親たち
SNSの世界も同様である。X(旧Twitter)でわが子の中学受験の模様を日々つぶやく保護者アカウント、いわゆる「中受アカ」の多さには驚く。以前、私がXの音声コミュニティ「スペース」で中学受験の入試動向に関する情報交換の場を設けた際は、実に2000名近くものリスナーが集まった。
Xでは、わが子の受験勉強の様子をリポートし、ときに勉強に付き添う父親や母親のpost(つぶやき)が頻繁に流れてくる。「中受アカ」の中には数千、数万というフォロワーを有するインフルエンサーも存在するが、こうした「中受アカ」の投稿を見て、わが子に対する自身のフォロー体制の不十分さに焦ってしまう親も多いことだろう。
「理科は、基礎事項を確認してから関連する小ネタを子どもに与え、親子でディスカッションをしている」
「模擬試験の結果より、過去問の得点状況に信頼を置くべき。志望校合格のために不足しているものを親が見いだし、適した問題を用意してあげなくてはいけない」
上述はあくまで創作だが、こうした投稿を目にすれば、「わが家でも実践しないと、合格に近づけないかもしれない」と不安になってしまうのも仕方がない。
「中受沼」のお食事会に参加してみた
先日、とある「中受アカ」のインフルエンサーからDMで、「24年度に中学受験を終えた『中受沼』の親たちとの食事会にいらっしゃいませんか?」とお誘いを受けた。私は、「塾講師としてではなく、皆様と同じ24年度の中学受験を経験した父親としてなら参加します」と返信した。私も今春、息子の中学受験を終えたばかりなのである。とはいえ、これは方便。私はどうしても、プロ講師としてこの目で確認したいことがあった。「中受アカ」インフルエンサーの素顔は、いったいどのようなものなのだろうか、と。
結論から言うと、彼らはとても聡明であった。そして強く感じたのが、わが子の「中学受験勉強」の面白さに取りつかれている、ということだ。XなどのSNSでわが子の中学受験について逐一postしている親の多くは、時間の融通が利く柔軟な環境にあるか、わが子への指導がもはや趣味となり楽しくて仕方ないと思っているか、もしくはその双方を満たす、ある意味「変わった人たち」ということである。
何事も、常人が「変人」の真似をしようとするのは無理がある。そういえば、ある家庭教師の女性アカウント(@keisantokanji)も、かつてこんなpostをされていた。簡約すると次のような内容である。
①親が(難関校の)過去問をサクサク解ける、
②親が在宅勤務を含め仕事量をフレキシブルに調整できる社会的地位を有している、
③塾の面談で担当講師と対等に話が出来る情報量を持つ、
④子どもに対して感情的になることはほぼない〉
私もこの内容に同意だ。だからこそ、われわれの中学受験塾のようなサービス業が、子どもの受験勉強への「伴走」を代行したり、受験校選定を手伝ったりしているのだ。
中学受験をシンプルに考えよう
私が言いたいことはもうおわかりだろう。
中学受験が活況を呈するとともに、たくさんの保護者向けの情報が氾濫しているが、「それらに右往左往する必要は一切ない」ということだ。「わが家はわが家。よその家はしょせんよそ」という冷静さを持っていただきたいと思う。
ここで、先日私が刊行した『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)の一部を引用したい。
「受験勉強に打ち込む」→「志望校の合格最低ラインを上回る得点をとる」
わが子が中学受験でなすべきはこれだけです。ですから、保護者が有益な情報をいくら集めたとしても、結局はわが子が入試本番で得点できなければ意味をなさないのです。中学受験の主役はわが子。合格した中学高校に六年間通うのもわが子です。〉
氾濫する情報に呑まれているとつい、このシンプルな図式を忘れてしまうもの。情報は、心をかき乱されるものではなく、自ら利用するものだ。上手に取捨選択しつつ、子どもの塾講師などとも連携を取り合いながら、わが子自身が学力を伸ばせるかどうかを第一に考えて支えてあげてほしい。
(注記のない写真:polkadot / PIXTA)