算数の苦手な子どもたちの平均点が約2倍に

「勉強が好きになれる」「自分の学びを知ることができる」「わからなかったらすぐに聞くのではなく、一生懸命自分で考えるようになった」「置いていかれることがない。安心できる」「協力・友情の質が上がる」――。

これは、昨年度、熊本県熊本市立弓削小学校の当時5年2組だった児童たちの声だ。「算数の授業で実践した『学び方』に対する感想です」と、担任を務めた松永賢斗氏は説明する。

松永賢斗(まつなが・けんと)
熊本市立弓削小学校教員。熊本大学教育学部特別支援教育教員養成課程卒業。大学在学中、苫野一徳氏の講義に感銘を受け、自主的に初代苫野ゼミに参加。2年間の臨時採用教員を経て2020年より現職

松永氏は大学時代、哲学者・教育学者である苫野一徳氏(関連記事)の下で、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」の原理と実践について学んだ。

「個別化」とは、人によって興味や関心、学習ペースが異なることを前提に、進度や教材などを個別に設定すること。そして、その個別の学びが孤立しないよう、教え合い学び合う“緩やかな協同性”のある環境をつくることが「協同化」だ。「プロジェクト化」は、いわゆる探究をカリキュラムの中核に据えることを指す。これらの融合を図り、子どもたちの自由に生きる力を育もうというのが、苫野氏が提唱する学びの特徴だ。

昨年度の10月以降、松永氏は算数の時間では、この「学びの個別化・協同化の融合」(以下、個別化・協同化)を導入した。その結果、冒頭の児童たちのポジティブなコメントが得られたわけだが、それだけではない。テストの平均点も上昇したという。

28人の学級全体では、知識・理解を確認する算数テストにおける平均点は、一斉授業時で64〜84.5点だったところ、個別化・協同化にシフトしてから82.7〜98.2点にアップ。思考・判断・表現の理解を確認するテストにおける平均点も、一斉授業時で43~82.6点、個別化・協同化時で69~93.9点と、上昇が見られた。

学級全体(28人)における算数テスト(知識・理解)の単元ごとの平均点。2020年6月~21年3月のデータ
学級全体(28人)における算数テスト(思考・判断・表現)の単元ごとの平均点。2020年6月~21年3月のデータ

5年生の最初の単元「整数と少数」のテストで点数が低かった順に抽出した7人においては、一斉授業時の全単元平均点は46.1点だったが、個別化・協同化時の全単元平均点は93.5点へと上昇。約2倍もの伸びが確認されたことについて、松永氏はこう分析する。

「7人については1度のテスト結果による抽出なのでデータとして適切ではないかもしれませんが、彼らは一斉授業時についていけないことが多く、算数への苦手意識がとても強かった。ところが、最終的には7人全員が算数を好きになりました。平均点の上昇は、苦手だと感じていたものを得意になるまでに親しめたからこその結果だと捉えています。いつでも質問できる環境になったほか、自分のペースで学べることがやる気につながったのではと思います」

「個別化・協同化」はどう進めるのか?

では、どのように個別化・協同化を進めるのか。基本的には、児童が主体となる。

チャイムが鳴る前には机をグループの形にして、自ら学び始める児童たち

流れはいわゆる「自由進度学習」だ。まずは単元の最初に、児童が計画表を作成する。基準は示すが、児童が「いつ何をやるのか」を自分で考え、計画表の「やること」欄に記入。そして毎時「めあて」を記入し、計画内容を実行していく。

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計画表。昨年度3学期からは、GIGAスクール構想で配布された1人1台の端末で作成

選択することを大切にしているので、教材は松永氏が豊富に用意しておく。実際、問題集に取り組む子、プリントの計算問題を解く子、端末を使う子など、教材や学習ペースは人それぞれ。でも、わからないことは協力して教え合う。

ヒントを与える形で教え合う児童たち。松永氏も各グループを回りヘルプがあればサポート

毎時最後には、学んだことや考えたことを「ふり返り」として計画表に記入。そして次時に進捗を踏まえて計画を赤字で修正する。これを繰り返すと、自分の学び方がつかめてくるようで、計画表の修正は減ってほぼ計画どおりに進むようになるという。

児童は単元の内容を「理解できた」と思えたら、共通課題「レポートフォリオ」に取り組む。これは理解度の確認を目的としており、例えば「社会の教科書や資料集からグラフを探し出し、なぜそのグラフの種類が選ばれたかを書きなさい」など、学んだことをアウトプットする内容にしている。

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レポートとポートフォリオを兼ねているので「レポートフォリオ」と呼んでいる
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「レポートフォリオ」の実際の記述

そして児童は受けたいときにテストを受け、振り返りを行い自身の学びにA・B・Cの自己評価を付けて1つの単元が終了。最後は個別に面談し、反省点や次回取り組みたいことを確認して次の単元へと進む。

単元終了後、個別に面談

「落ちこぼれや吹きこぼれ」が出ない

このサイクルを繰り返すうちに、一斉授業時の3分の1の早さで単元を終える児童も出てきた。進度の速い児童は時間に余裕ができるので、発展的な問題を解いたり、自分で問題を作り出したりと、より学びがフレキシブルかつ深いものになったという。中には、教科書を自作した児童もいる。

児童が自作した教科書。オリジナルの問題と解説が記載されている

しかし、一定期間内に単元を終えられない児童も出てくるのではないか。

「最初は進度の差が大きく開きます。1つの単元では成長は顕著には表れず、点数が悪くなることも。でも、子どもを『信じて任せて待って、支える』ことが重要です。『自分のペースを大事に』と伝え、面談で学び方の課題を子ども自身が気づくよう丁寧にサポートすると、進度が遅い子も徐々に理解が速くなります。その結果、一斉授業時よりも単元は早く終わるようになりました。3~4単元目の頃には完全に子どもの手に学びがあると感じましたね。いわゆる落ちこぼれや吹きこぼれが出ないのです」

単元によっては、導入などで一斉授業を行う場合もある。「1つの問題を全員で考える過程で多様な見方や考え方に気づきやすく、共に思考を練り上げていくことができる点が、算数における一斉授業のよさです」と、松永氏。しかし、「より自立した学び手になってほしい」という願いがあり、個別化・協同化を基本とするスタイルを導入した。

「実際にやってみて、自分に合った学び方を探すのに最適であることや、思考を深められるものであることを確信しました。年度最後の振り返りでも、『考える力がたくさんついた』『前は暗記していたけど、今はちゃんと理解することの必要性を感じている』といった児童の感想が多かったです」

児童たちが自ら「実践の紹介動画」を制作

しかし、「個別化・協同化には互いに声をかけ合えるチームビルディングが大切。コロナ禍では関係構築に時間がかかり、当初は踏み切れませんでした」と、松永氏は振り返る。

一斉休校明けから、児童たちに教室づくりを任せるなどいろいろなアクティビティーを取り入れてコミュニケーションを醸成しつつ、「単元末の問題は自分のペースでやっていいよ」と促すなど、学びを選択できる機会も随時つくってはいた。そんな中、あるとき算数への苦手意識が強い児童が、諦め交じりにこう言った。「周りが同じペースで進んでいるから、置いてきぼりになる」と。この一言も後押しとなり、学級内の雰囲気に自信が持てた10月から実践をスタートした。

『クラスがワクワク楽しくなる!子どもとつくる教室リフォーム』(学陽書房)を参考に、子どもたちに教室づくりを任せている

ただし、松永氏は日頃から、授業も学級活動もすべて児童たちと相談しながら決めることを大事にしており、個別化・協同化の実施も児童たちと相談して決めた。「子どもたちは、戸惑いがありつつも『自分で学びを選べる』ことに対して大喜び。だから挑戦してみることになりました」(松永氏)。

結果的に、1年間の振り返りでは「算数の学びが大きかった」と述べる児童が多かった。複数の保護者からも「算数が楽しいと言っている」「自ら学ぶようになった」と成長を喜ぶ声が届いた。中には、有志で個別化・協同化の紹介動画を作った児童も。筆者も視聴させてもらったが、メリットとデメリットの分析やインタビュー、進め方の解説が上手にまとめられており、制作には松永氏が関与していないと聞いて驚いた。

児童7人が「個別化・協同化」の紹介動画を制作。「無駄におしゃべりをしてしまう」など初期のデメリットも紹介しつつ、その魅力がまとめられている

授業を見学した校長からも「みんな学びに没頭しているし、分け隔てない雰囲気でサポートし合っている」というフィードバックがあったという。特別支援学級の児童が、松永氏の学級で一緒に算数を学ぶ機会も生まれた。

「個別化・協同化は、教員自身も本当に楽しい」

新たな実践を試みた松永氏だが、実は昨年度が初任だった。思い切り実践できたのも「周囲の先生方のおかげです。挑戦しやすい風土があったからできたこと。初任者研修担当の先生の温かい助言やサポートにもとても感謝しています」と、話す。

また、ベースとして国内外の学校視察の経験があったことも大きいという。大学時代、苫野氏のコーディネートにより、オランダではイエナプラン校を含む複数校をはじめ、国内では、きのくに子どもの村学園や桑原昌之氏(前大日向小学校校長)の公立校での実践などを見学する機会に恵まれた。

「共通して、尋ねれば誰でも教えてくれるという安心感の中、1人ひとりが学びに熱心に向き合っていた。この空気感を『見ちゃった、知っちゃった』のでもう戻れないという感覚になりました。それほどの温かい空気感を味わえたことが実践の支えになっています」

一方で、つねに「原理」を学ぶことを大事にし、教える視点ではなく「学び手の視点」で日々自身を省察することも心がけている。「言わずもがな力不足なので、『原理』と『学び手の視点』をとくに大事にしていますが、個別化・協同化を実践するうえでこの2点は重要な要素だと考えています」と、松永氏は語る。

今年度も松永氏は5年生の担任を務めているが、社会科の時間でも個別化・協同化に挑戦し始めた。今後は「学びのプロジェクト化」も深めていきたいという。また、大学時代からの教員ネットワークにとどまらず、新たに仲間をつくって実践をアップデートしていくことが課題だと話す。

教員の疲弊が話題になっていることについて触れると、松永氏はこう話した。「大変との声もありますが、個別化・協同化をやると教員自身も本当に楽しいし、1人ひとりをじっくり見ることができるので余裕も生まれるんですよ」。終始、生き生きと語る姿が印象的だった。自立した学び手の育成を目指す実践は、子どもだけではなく教員のモチベーションも高めていくのかもしれない。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて松永氏提供)