「狙いやすい子」を見極め、チャットで同級生になりすましも
子どもへの声かけなどの事案は、コロナ禍を経ても減少傾向が見られず微増している。路上での直接的な声かけだけではなく、インターネットにアクセスできる子どもに対してはSNSやオンラインゲームのチャット機能などを利用して接近を試みるケースもある。中には、オンライン上で同年齢と偽ってやりとりを重ねる手口もあるようだ。
「家庭や学校でも『知らない人についていかない』『お菓子につられてはいけない』といった教育がなされていることもあり、子どもを狙う犯罪企図者側の“声かけ”も巧妙化しています。相手に考えるすきを与えず、即座に判断を迫るので、判断力がまだ育っていない子どもにとっては『断る』『離れる』ことが難しいケースも多いです」
かつて誘拐犯の常套句だった「お菓子をあげるよ」にひっかかるような子どもは減っているかもしれない。しかし「お父さんの友達だよ」「お母さんが病院に運ばれた!早く行かなきゃ危ないから、連れて行ってあげる」といった声かけへの対処は、「Aと言われたらBと答える」といった対処では難しい側面もある。
また、子どもを狙う犯罪者はターゲットを見分ける術にも長けている。思いどおりになりそうな子どもを見つけ出すのがうまく、皮肉だが「子どもの心理をよくわかっている」のだという。
「実際に子どもに加害した人物と街を歩きながら、どのような場所でどのように標的を探すのかを聞いたことがあります。人通りがないだけではなく、人ごみに紛れやすい、死角が多いといったところで行き来を繰り返し、たまたま交番に人がいない、たまたま人通りが減った。そんなタイミングに現れた“自分の好みで、狙いやすい状況にある子”にターゲットを絞ります」
「おしゃれで、見た目をほめれば気をよくしそうな子」や、「ぼんやりしていて判断が遅そうな子」などの傾向が挙げられるが、これらはあくまで犯罪者側が描く狙いやすさだ。最近では、親や本人のSNS投稿から情報を得て、どのような言葉をかければ引っかかるか事前に分析しているケースもあるという。本来、すべての子どもが不審者に出くわす危険性があるのだ。
「決して、声をかけられる子どもは悪くありません。子どもたちには『狙われないようにする』こと以上に『たとえ狙われても断れる、逃げられる力をつける』ことが大切です」
不安を感じたら、ためらわずに「嫌です」と答える訓練を
「断る」ことは簡単なようで難しい。加害者の中には、過去事例から声かけ場所や手口を学習したり、心理学者並みにターゲットを分析したりと、捕まらないために徹底的に研究を重ねる者も多い。それでなくとも、大人は子どもから見れば権威や威圧を感じる対象だ。
「声をかけられたそのときには、相手が危険な人物かどうかを判断する材料がないことも多いため、返答してしまうこともあるでしょう。小学生がバス停で優しげな老夫婦に声をかけられ、スマホで子ども向けに作られた宗教勧誘の動画を見せられたというケースもあります。大切なのは『違和感』に気づけるかどうか、そしてその相手からすぐに離れられるかどうかです」
実際の犯罪者も、出会いがしらに子どもを連れ去ろうとすることは少なく、まずは言葉で誘いをかけてくる。このときに「あやしい」「不安だ」と感じたらためらうことなく「嫌です」「行きません」と答えてその場を離れる。あるいは、目を逸らしたり顔を背けたりしてコミュニケーションを拒否する姿勢を見せるだけでも、犯罪者にとっては「この子は難しい」と感じ、あきらめるきっかけになるという。
「断ったり、コミュニケーションを拒否したりすることは、目の前にいる人を拒絶することなので、普段『人の目を見て話そう』『困っている人を助けよう』と教育されている私たちにとって勇気がいります。しかし、拒否の姿勢を見せることで実際に7~8割の犯罪者が接触をやめるという統計があります。また、すぐに走って逃げ、20メートル以上の距離をとることで犯罪者はあきらめるという調査研究があります。犯罪者は誰かに目撃されることを極端に嫌がるので、20メートルの距離を走ってまで追いかけてくることは少ないのです」
「信頼できる大人」との適切な距離感を学び、自分を守る力へ
相手が信頼できる人かどうかを見分けるのは難しいが、犯罪者の行動を分析すると、子どもを狙う前に行う「前兆行動」があり、事前の危険を察知することができる。危険度が上がるにつれて発せられる「サイン」に気づくことが大事なのだ。
こうした危険なサインに気づくためには、日ごろからの大人との接触が重要だという。
「小さい子であれば、保護者が出かけている際に近所の方やよく行くお店の方と挨拶を交わし、子どもも交えてコミュニケーションをとることで、『この人は親切な人、安心していい人だ』と覚えていきます。就学後は先生や、通学路の見守りの方など、信頼できる人であると同時に『自分を大切にしてくれる人』の空気感や距離感を学ぶようにしておくと、『そうではない人』に会ったときにすぐに気づくことができます。また、普段接している人が犯罪者へと変貌するときにも『二人きりになろうとする』『逃げられない環境を作ろうとする』、ネットでしか知らない人がしつこく『写真を送れ』と言うなど違和感が出ることが多い。この違和感にいち早く気づき、距離をとれるように、日ごろから子どもと大人との距離感を体感しておくことが大切なのです」
「間違っていたら失礼かもしれない」「勘違いだったら恥ずかしい」などと考えて、すぐにNOと言えず被害にあってしまう子もいる。だが、何よりも大切なのはその子の命と身体だ。
「間違えてしまった時には『間違えてしまってごめんなさい』と言えればいい。怖い、不安だと感じたらためらわず相手を拒絶し、すぐに逃げる訓練をしておくことが何よりも重要です」
不審者との接触リスクを減らすために「知らない人と話してはいけない」と教えられた子どもは、大多数を占めるはずの親切な大人とのつながりも絶ってしまい、いざ困ったときに誰にも助けを求められない……という状況に陥りやすい。保護者とともに外部の人に挨拶をしたり、あたたかな声かけをもらったり、という小さな経験を積み重ねることで、「適切な大人はこういうものだ」という判断基準が育ち、警戒すべき大人と遭遇したときに自分を守る行動につながる。
「断る力は一朝一夕では身につかない。小さいうちから日頃のコミュニケーションを通して学ぶものだ」という清永氏。例えば、「嫌です、だめです、行きません」も年齢に合わせて、「急いでいるので」「大人を呼んできます」「家に帰って確認しますので」などと言い方を進化させることも必要だ。不審者に絡まれている友達がいたら、近づかずに大声で「どうしたの?こっちにおいで」と自分の身を守りつつ一緒に交番に行くなど、共助の力も育てたい。本来は、学校などで年に一度は体験型の安全教育を行うのが理想だという。イギリスなどでは、街並みを再現した体験施設を子どもに歩かせ、街に紛れた犯罪者役の声かけを経験させるようだ。
巧妙化する声かけに対して、子ども自身がしっかりと自分を守れる力をつけるために、保護者や学校でも安全教育について改めて考える必要がありそうだ。
(文:藤堂真衣、注記のない写真:keyphoto / PIXTA)