なぜ美濃市は「医療者との連携」に踏み出したのか?

文部科学省の「2021年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」では、不登校の小中学生が24万4940人と過去最多となった。不登校の児童生徒が増えているのは、美濃市も例外ではない。同市には小学校5校、中学校2校と計7校の公立校があるが、22年度に年間30日以上欠席した児童生徒は49人、別室登校を含むと55人に上った。小中学校ともに、19年度と比べ約2倍に増えたという。

同市教育委員会教育長の島田昌紀氏は、「そのほか、毎朝遅れて来る、夕方だけ学校へ来る、行事だけ来る、といった子どもたちも増えています。こうした状況への危機感から、市を挙げて不登校対策に取り組むことにしたのです」と話す。

島田昌紀(しまだ・まさき)
美濃市教育委員会 教育長
美濃中学校教諭、昭和中学校教諭など美濃市を中心に勤務。2018年中有知小学校校長、20年昭和中学校校長を経て、21年より現職

その不登校対策事業が、23年度から始めた「あんきに行ける学校プロジェクト美濃」だ。「あんき」とは岐阜県でよく使われる言葉で、「心配のないこと、気楽にのんびりしていること」などを意味する。子どもはもちろん、教員や保護者も「あんき」に行ける学校を目指すという。

そのために同市は、岐阜大学大学院教授の加藤善一郎氏との連携を決めた。加藤氏は、不登校特例校の岐阜市立草潤中学校で「こころの校医」も務める小児科学の専門医だ。医療者をアドバイザーに迎えた理由について、島田氏は次のように説明する。

「正しい見立てをして、不登校への対応を適切に行うためです。例えば起立性調節障害(以下、OD)などの病気で学校に行けない子がいますが、そうした医療の領域は、教員では適切な判断ができません。医師として数多くの不登校のお子さんたちを診てこられた加藤先生と連携できれば教員も対応しやすくなり、児童生徒本人や保護者の安心感につながるのではないかと考えました」

そこでまず4月に実施したのが、加藤氏による教職員向けの研修会だ。授業を持つ教員だけでなく、養護教諭や特別支援員、図書館司書、相談員なども含め、市内小中学校の全教職員を対象とした。

加藤 善一郎(かとう・ぜんいちろう)
岐阜大学大学院医学系研究科小児科学教授、日本小児科学会および日本小児神経学会の専門医・指導医
臨床医としての経験と研究活動を生かし、発達障害・不登校の臨床と地域連携を進めている。2021年に不登校特例校の岐阜市立草潤中学校「こころの校医」就任、教育医療連携ネットワークも立ち上げた。23年4月から美濃市不登校対策事業アドバイザーに就任。ODへの理解を広げるため『マンガ 脱・「不登校」』(学びリンク)をシリーズ化
(写真:本人提供)

加藤氏は、約1000例の不登校の子どもたちを診てきた経験から、「不登校=“だいじょうぶ感”(いわゆる自己肯定感)の低下」だと捉えている。主な要因は、ODや発達特性、知的アンバランスなどの「内的環境」や、家庭や学校などの「外的環境」にあると考えている。とくに外的環境の影響は大きく、例えば、授業中の「全員挙手」の強制や、授業が始まる3分前に勉強を始める「3分前学習」など、学校の中にあるさまざまな非公式のルールを加藤氏は「かくれ校則」と呼び、これが不登校の最大の要因だと指摘する。

研修会では、こうした不登校の現状や意識の共有、具体的な対応の提案を行った。全教職員を対象とした狙いについて、加藤氏はこう語る。

「ほかの自治体で全教職員向けの講演をさせていただいた際、その後のご相談がとてもスムーズでした。今回は単発ではなく長期の取り組みなので、しっかりとインフラづくりを行うためにも、初めに全教職員の方々にお話をさせてほしいと島田教育長にお願いをして実現していただきました。7月には、若手・中堅の先生方向けに、深掘りした形での研修会も予定しています」

「ホットライン」と「情報共有体制」をICTで構築

市内小中学校のすべての保護者に対しても、同じく意識の共有を行っている。5月から各学校のPTA総会や参観日を利用し、保護者を対象に加藤氏の講話と相談をセットにした説明会を順次実施しているのだ。

美濃小学校での保護者説明会

また、不登校および不登校傾向にある本人や保護者が、加藤氏に直接相談できる個別相談会も別途開催、11月までに7回の実施を予定している。希望者は後日、加藤氏の診療を受けることも可能だ。すでに13例の相談があり、9例は医療受診を開始している。加藤氏は、こうした個別相談や診療を基に、特別支援学級の検討や学校での対応の仕方についてなど、個々のケースに応じたアドバイスを行っている。

さらに、「ホットライン」もつくった。全教職員と、個別相談に参加した希望者に対して、24時間いつでも加藤氏に連絡できるメールアドレスを案内している。また、教育委員会のMicrosoft Teamsに、教育委員会と各学校のコアメンバー、そして加藤氏からなるチームもつくった。

「私は個別面談や診療したケースの報告や先生方にお願いしたいことを、先生方は私に相談したいことなどを、Teamsで随時やり取りできるようにしたのです。これは教育長や市長にご賛同いただけたからこそ実現できたこと。私も先生方と直接情報共有できるのは初めてなのですが、とても話が早く、機動的・有機的に子どもたちに対応できています」(加藤氏)

まだ取り組みが始まって間もないが、島田氏も手応えを感じている。

「病院は敷居が高く、どこに相談してよいのかわからない保護者も多くいらっしゃいますので、気軽に相談できる貴重な仕組みができ、保護者の大きな安心感につながっていると思います。また、教員経由で個別相談につながった方も何名かいて、研修の効果を実感しています。『不登校の子たちの新たな支援者として、加藤先生のような方がいてくださることはありがたい』と言う教員もおり、教職員にとっての安心感にもつながっていると感じます」

学校、家庭、医療者の三者がつながれるこのインフラ構築は、「実は医師にとっても『あんき』」だと加藤氏は言う。

「通常の医療現場では一人ひとりのご相談を受ける形になりますが、この取り組みではごきょうだいやご家族がそろってのご相談になることも多く、背景を把握したうえでお子さんを診ることができます。各学校とつながった地域を挙げての取り組みなので、町の開業医のような対応もでき、私も『あんき』に動くことができてありがたいです」

「全国で参考にできるモデルケースをつくりたい」

この不登校対策事業は、「不登校の起こりにくい学校づくり」も大きな目的としている。

「私が目指すところとしてはここがいちばん大きい。加藤先生が指摘される『かくれ校則』は、確かに子どもたちの息苦しさにつながっているのではないかと考えています。現場によっては、自主的な活動でも子どもたちが互いを管理し合うような姿が見られるようで、指導の見直しを検討しているところです」と島田氏は話す。

加藤氏によれば、同市にはドリルを3回繰り返す学習指導や、宿題をたくさん出す習慣、夏休み明けに実力テストを行う慣例などの「かくれ校則」があるという。「子どもたちは『だらだらしてはいけないから』とよく言うのですが、それだけ休めない状況に追い込まれています。大人だって休日は休みますよね。勉強は学校でしっかりやって、放課後や休日はオフにしてあげる必要があります」と訴える。

島田氏もこの現状について「学力を身に付けさせるために、教員が子どもをコントロールする方法を取っていた」と捉えており、今後は授業のあり方も問い直していくという。

「今回の教職員向けの研修でも、『よかれと思ってやってきた指導が、子どもだけでなく教職員自身も苦しめていることに気づいた』といった感想が多く、今後の教育改善を考えるよい機会になったと思います。本市では今年度、横浜創英中学・高等学校の工藤勇一校長先生にも3回の講演をお願いしており、自ら学ぶ子を育てるための授業や行事、係活動なども模索しているところです。また、制服の問題や部活動の地域移行も並行して取り組んでおり、市を挙げてのさまざまな改革も不登校の起こりにくい学校づくりにつながればと考えています」(島田氏)

こうした同市の不登校対策に、加藤氏も期待している。

「以前、私が関わったほかの学校で、1つの学年があるルールをやめたところ、1年も経たないうちに全学年でそのルールを廃止することになりました。教職員の方々が問題意識を持てば変わるのです。今回、研修後に若手の先生方から『かくれ校則』をやめたいがどうしたらいいかという相談を受けました。現場の先生方も従来のやり方に違和感があって何とかしたいと考えていらっしゃるので、きっと改革は進むと思います。全国で参考にできるようなモデルケースをつくれるようにしたいと考えています」(加藤氏)

この不登校対策事業は、3年間にわたり実施する方針だ。今後の課題と展望について、島田氏は次のように語る。

「教職員が具体的にどう指導を変えていくか、保護者の意識をどう変えていくかは課題です。また今回、自治体の規模が小さく新規事業が認められにくい中、市長にご理解いただき何とか50万円の予算を認めていただきましたが、医療者の方にご協力いただくには十分な金額だとは思っていません。こうした課題も踏まえ、成果を出していきたいと考えています」

文科省が掲げる不登校対策「COCOLOプラン」において医療との連携は明記されていないが、同市の取り組みは、各関係者がつながり子どもたちに寄り添っていくという同プランの方向性と一致するものだろう。「かくれ校則」の見直しも、同プランが目指す学校の姿「みんなが安心して学べる場所」をつくっていくうえで、全国の学校が参考となるアクションではないだろうか。同市の学校がどう変わっていくのか、今後も注目したい。

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(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:美濃市教育委員会提供)