不登校の子どもたちが学びやすい「柔軟な教育課程」とは?
現在、111人の小・中学生が学ぶ八王子市立高尾山学園。全国に21校ある不登校特例校の1つである。中3の1限目の国語の授業を見学させてもらうと、生徒がよく通る声で自分の考えを述べているところだった。同校の児童生徒の登校率は、平均約7割。すべての児童生徒が前の学校で不登校を経験しているが、なぜここでは元気に登校して学ぶことができているのか。
同校が誕生したのは、2004年のこと。当時の八王子市長が、不登校児童生徒の多さに危機感を抱いたことがきっかけだった。構造改革特区を活用し、不登校児童生徒に合った教育課程を実現する小中一貫校として新設。その後、05年に学校教育法施行規則の一部が改正されたことを機に、特区の枠組みを抜けて文科省の指定校となり今に至る。
不登校特例校の先駆けといえる同校で、企業経験を経て13年から校長を務める黒沢正明氏はこう話す。
「本校は、不登校の子どもたちが家から出て人と関わり、基礎学力と社会性が獲得できるようにと設立されました。当初目指していた学力は、就職のチャンスが増える『自動車免許が取れる程度』と聞いてますが、現在は学力が高い子も増えています。まずは学校が安心・安全で、人との関わりや体験が楽しいと思えることを大切にしています」
受け入れ要件は、「市内在住で八王子市立小・中学校に在籍していること」「病気や経済的な理由を除いて年間30日以上欠席しており、高尾山学園への登校意欲があること」の2つ。大きな特徴は、やはり不登校特例校の枠組みを生かした、柔軟な教育課程だ。黒沢氏は次のように説明する。
「本校では設立時から2割程度の時数軽減を行い、行事を除きおおむね760時間程度の教育課程にしています。1校時目は9時55分開始で、午前は3コマ。午後は2コマで、週に2回は体験講座としています。宿題はなく、5段階の成績をつけるのは受験を控える中3だけ。また、中2からは、個別学習のB(Basic)コースと、一斉授業で学ぶC(Challenge)コースから、自分に合った学び方を選べるようにしています」
とくに英数国のBコースは単元別のプリントや端末のアプリなどを使って各生徒の習熟度に合わせた学習を行い、Cコースでは教科書に沿って授業を進めている。また、英数国は、1クラスに2〜3人の教員、さらに各クラスに1人以上の指導補助員が付く。
不登校特例校の壁は「人材と予算」、市と連携して体制構築
充実した人員体制は、授業だけではない。「不登校特例校には、社会性と学力、福祉、医療という3つの機能が必要」だと考える黒沢氏は、着任後の翌年、2014年から校舎の中に同市教育委員会の登校支援室を置き、連携して多くの大人が児童生徒に関わり寄り添う体制にしている。
「不登校の理由は一人ひとり異なりますが、主に①学校での生きづらさ、②生活環境や家庭内環境、③本人の抱える課題の3つに分かれます。①には社会性や学力を養う支援、②には福祉的支援、③には医療的支援が必要。本校はスクールソーシャルワーカー(SSW)の拠点になっているほか、児童精神科の医師に教員が月に一度相談できるなど、教員の専門外である②と③の支援もしやすい体制にしています」
居場所づくりにも力を入れており、授業に出るための気持ちが整っていないときはプレイルームや相談室、保健室でも過ごしてよいことにしているが、そこにも多様な大人を配置している。
「プレイルームには児童厚生員が4人おり、ゲームなどを通じて子どもたちと関わっています。ここは遊びを通じてルールを守ることを覚えたり、コミュニケーションを取ったりと、社会性を育む場でもあるのです」
相談室には市の臨床心理士が4人いるほか、小・中学校に都から1人ずつスクールカウンセラー(SC)が派遣されている。相談室をふらりと訪れた児童生徒と雑談したり、希望があれば本人やその保護者の相談にも乗ったりしている。
学生サポーターを含めれば、総勢約100人の大人がおり、子どもたちは誰かしらに話を聞いてもらえる環境がある。また、子どもたちに寄り添うために教職員たちが徹底しているのが、情報共有だという。
「毎朝1校時目が始まる前の30分、学年ごとに指導補助員も含めて『あの子は昨日こうだった』『ここを褒めた』などの情報共有を行います。週に1回は、学校全体でもSCやSSWが同席する会議を行い、さらに回覧などでプレイルームや相談室の記録も共有しています」
一人ひとりのペースを尊重する姿勢は、転入時の受け入れ態勢にも表れている。
「本校への転入希望者は、まず臨床心理士が困り事などの聞き取りを丁寧に行い、見学や面談を経て校内で市教委が運営する適応指導教室『やまゆり』に通います。その中で本人の意欲が高まったら、高尾山学園の授業見学、次に学習体験と、段階を踏んでなじめるようにしています。こうした転入の仕組みは、全国でうちだけです」
以前は転入できる機会が年4回だったが、黒沢氏が校長に就任後、一人ひとりのタイミングで転入できるよう、毎月へと回数を増やしたという。
しかし、関わる大人が多ければ、人件費もかかる。不登校特例校も、通常の公立校と同様に、正規教員の数は児童生徒数に応じて決められる。そのため、同校では教員以外の職員や市採用の教員の人件費は、八王子市が負担している。現在その金額は、年間5800万円に上るという。
「不登校の児童生徒に寄り添うためには、『人と時間』が必要。人材も、地域でエースと言われる先生がうちで活躍できるとは限りません。子どもの『やる気スイッチのエンジン』がかかるにはどうしたらいいのかを考えられる先生が必要であり、誰でもいいわけではないのです。本校には不登校特例校の設立を目指す自治体の視察も多いのですが、『人と予算が確保できない』と諦めてしまうケースもありますね」
永岡桂子文部科学相は、年度内に不登校の総合的な対策を取りまとめるとし、その柱の1つに不登校特例校の設置整備を掲げている。中教審部会の「次期教育振興基本計画」の審議経過報告案にも、全国で300校の不登校特例校設置を目指すとあるが、人と予算の確保は大きな課題だ。
「対面」重視、オンラインだけで人との接し方は学べない
多くの大人たちに見守られながら学ぶ同校の子どもたち。彼らはここを卒業後、どんな道に進むのだろうか。
「進路指導も丁寧に行っています。教員は生徒とよく話し合い、本人の希望と特性を踏まえ、マッチしそうな学校を調べて選択肢を提示しています」と、黒沢氏。その結果、同校の進学率は95%以上で、基本的に毎年全員が進学している。うち約7割が都のチャレンジスクールやサポート校に、約3割は全日制や専修学校に進んでいるという。
「卒業生の追跡調査では、進学先における在籍率は約85%。私はこの数字は高いと捉えています。時間はかかりますが、うちに来ると多くの子が元気になるんです。それは、信頼できる友達や大人ができて、勉強が大切だと自らわかるようになるから。高校や大学でリーダーを務めるようになる子もいるんですよ」
こうした子どもたちの成長を支えるのは、「自己肯定感」だ。同校の児童生徒の中には、ゲームをする体験は多いものの、学校行事や衣食住に関する生活体験、人と関わる経験が少ない子もいる。そのため、教員たちは遊びや運動、協力し合う要素などを教育活動に盛り込み、いろいろな体験を通じて自己肯定感が高まるよう工夫しているという。
「例えば、中3で初めて鬼ごっこをやったという子もいます。今後実現したいのが、子ども食堂と連携した放課後のティータイム。『おいしい』は子どもの登校意欲を高めるキーワードなんです。以前、ある先生が夏休みの登校日にバーベキューをやってみたところ、ほぼ全員が参加しました。工場見学もいちご狩りとセットにすると参加率が上がります。五感を刺激され、楽しいひとときを周囲と共有できる体験は重要です」
コロナ禍以降、黒沢氏はさらに体験や対面の重要性を感じているという。
「本校は少人数ということもあり、コロナ禍でも修学旅行などの活動ができたのですが、3割が欠席。オンライン授業でクラスの子は顔見知りなのに『知らない子とご飯を食べたくない、泊まりたくない。ならば学校で勉強します』と言うのです。ICTは自学自習には有効ですが、人との適切な接し方はオンラインだけでは学べないのでしょう。GIGA端末はもちろん、デジタル教科書なども活用していますが、今後も『対面』を大切にしていきます」
実績のある同校にも、不登校特例校向けの人事制度や、教職員の人材発掘および育成の仕組みの整備など課題は多くあるが、「本校のような教育がほかの学校でも行われれば、不登校は減ると思います」と、黒沢氏は語る。
「これまでの学校教育に合わない子は、少なくとも習熟度に合わせて学べるといい。例えば小学校から単位制や飛び級を導入するなど、かける時間もフレキシブルにできればさらにいいですね。また、中卒でも就職できる社会環境は必要だなと思います。このあたりを整えていくと、『誰一人取り残さない教育』に近づくのではないでしょうか。そういう意味では、学習指導要領も見直す時期に来ていると思います」
一人ひとりに寄り添い続ける高尾山学園。約20年にわたって積み重ねてきたその教育のあり方は、ほかの不登校特例校だけでなく、子どもに関わるすべての大人にさまざまな示唆を与えるはずだ。
(文:吉田渓、注記のない写真:大澤誠撮影)