きっかけは、多様な子どもたちを「担任1人だけ」で見る難しさ

「スクールワイドPBS」とは“学校全体で取り組むポジティブな行動支援(School-wide Positive Behavior Support、以下SWPBS)”の略で、子どもの社会性と主体性を育むことを目的とした、応用行動分析学に基づく教育アプローチだ。

例えば、買い物中に泣きわめいてお菓子を買ってもらえた子どもは、「泣きわめくとお菓子を買ってもらえる」と学習してしまう。しかし入店前に「手をつなぐ約束を守れたら、お菓子を買ってあげる」と繰り返し伝え、実際に約束を守れたら褒めるようにすると、子どもは「買い物中は手をつないで歩く」という望ましい行動を学習できる。このように、教育現場でも問題が起きてから罰するのではなく、「望ましい行動を育てること」に着目し、「環境を整える・教える・承認する(褒める)」という支援や指導を繰り返し行おうというのがSWPBSだ。

徳島県では、徳島県教育委員会特別支援教育課課長の田中清章氏の問題提起により、SWPBSが導入された。そのきっかけについて田中氏は次のように話す。

徳島県教育委員会特別支援教育課課長の田中清章氏

「私はもともと特別支援学校の教員で、交流の一環で、小学4年生の通常学級の担任をする機会が1年間ありました。33人の児童の中には、学力面や行動面において特別な支援を必要とする子や、いわゆるグレーゾーンの子もいましたが、そういった児童の個別の支援には自信がありました。しかし、いざ担任をやってみると、33人を一斉に指導しながら支援レベルが異なる児童に1人で対応するのはかなり厳しいと痛感。専門家からもチームでの対応が必要だと助言され、教えていただいたのがSWPBSでした」

SWPBSでは、多様な支援ニーズに応えるため、3層型の多層支援モデルを採用している。対象を絞った個別の支援(第2・3層支援)だけでなく、全員を対象とした第1層支援を充実させて組織的に予防を図る。担任1人による学級経営に限界を感じていた田中氏は、現場に必要なアプローチだと感じた。

第1層支援の充実により、第2層支援や第3層支援を必要とする児童生徒への支援を絞り込むことができ、教員のリソースが限られる中でも的確な支援を行える

「アメリカでは、個別障害者教育法の改定によって科学的根拠に基づく行動支援の実施が義務付けられ、2000年頃からオレゴン大学が開発したSWPBSの実施が始まりました。いじめや不登校が減ったというエビデンスもあり、今では2万7000校以上で行われていると聞きます。これは必要な取り組みだと思い、県教委に異動した際に導入を提案しました。当時はまだ日本語の文献も少なかったのですが、学校現場でエビデンスに基づいた実践ができるよう、応用行動分析学を専門とされている畿央大学の大久保賢一教授にご協力いただき、取り組みを始めました」(田中氏)

教員の「口コミ」で広がった「スクールワイドPBS」

まずは、学級がまとまらず、つい叱ってしまうことが多くなり、担任1人では学級経営が困難になっていた東みよし町立加茂小学校をモデル校とし、2016年度からSWPBSをスタートした。下図のように、目標設定、計画・実行、記録と評価・修正というステップで取り組んだという。

SWPBSの取り組みのフローチャート図

最初のステップとしては、教員が「どのような子どもに育てたいか」を話し合い、学校目標となる「3つの大切」と具体的な行動目標を決定。加茂小学校では、「きまりを守ろう」「自分も友だちも大切にしよう」「すてきなことばをかけよう」を「3つの大切」とした。そして、それらを達成するための行動を下図のように「ポジティブ行動マトリクス」にして具体的に示して子どもたちにも共有した。

加茂小のポジティブ行動マトリクス(2016年度当時のもの)

そして、指導方法を決定し、実践していく。加茂小学校では、校長が全校集会で「3つの大切」の実践を呼びかけ、各教室でも担任が指導。あいさつに関しては、ハッピー&げんきっこ委員会の委員となった子どもたちが全校集会でどのようなあいさつを増やしたいかを考えて発信したほか、登校時に「あいさつ運動」を行ったり、あいさつをするとどのような効果があるかを廊下に掲示したりした。

行動は記録を取って可視化する。目標成果を数値化して教室や廊下に掲示するほか、全校集会で児童にフィードバックして繰り返し評価した。その結果、自らあいさつする子が増えたという。

加茂小の2016年度「あいさつ調べ」の結果のデータ。自らあいさつする児童が増えた

「SWPBSで大切なポイントは、『環境を整える・望ましい行動を教える・望ましい行動をしたときに承認する(褒める)こと』ですが、実際に子どもたちの行動がどんどん変わりました。結果をしっかりデータ化し、繰り返し児童にフィードバックすることが行動練習の反復につながり、児童は自主的に行動するようになったのです。また、教員同士のチーム力も向上しました」(田中氏)

興味深いことに、加茂小学校の取り組みが広がったきっかけは、口コミだったという。

「そんなに成果が出たなら東みよし町内のほかの小学校でも実践しようということになり、さらには東みよし町の学校からほかの地域に異動した先生が、異動先の学校で積極的にSWPBSを実践するように。県の事業としては珍しく口コミで広がり、18年度からは県の教育振興計画に組み込まれることになったのです」(田中氏)

22年度には「ポジティブな行動支援に取り組んだ園・学校の割合100%」という目標を達成。現在は、SWPBSを含む、発達障害がある子の個別指導や集団指導に精通する8名の外部専門家で構成された「新時代『発達障がい教育』推進プロジェクトチーム」を新たに設置。その専門家らが県教委への助言やニーズのある学校のサポートなどを行っている。今後は、県とプロジェクトチームが協同し、ポジティブ行動支援の取り組みの成果検証や方向性を検討していく考えだ。

「学級崩壊寸前の小学校」でも問題行動が減った

ほかの学校では、どのような成果が出ているのだろうか。徳島県美馬市立岩倉小学校では、2022年度からSWPBSを導入し、今年度は学校全体で「あいさつ」「トイレのスリッパをきれいに並べる」「自主勉強の掲示」に取り組んでいる、教諭の原一貴氏は、「どの取り組みも賞賛を大事にしており、達成感が持てるようシールや表彰状などを活用しています」と話す。

徳島県美馬市立岩倉小学校教諭の原一貴氏

その結果、あいさつを増やそうと児童から提案があったり、スリッパの確認を担当する保健委員会の児童が朝会できれいに並べるよう呼びかけたり、主体的な行動が見られるようになった。

「すべての児童に第1層支援が必ずしも有効ではないため、個別的なアプローチが必要な子も巻き込む仕掛けづくりは課題ですが、行動の結果をデータ化することで児童のよい変化が見えやすく、支援の見直しにもつなげやすいです。『hyper-QU』 による学級満足度尺度では、昨年度『自分が学級内で認められていると感じることが少ない』と回答した児童は約20%でしたが、今年は10%未満に減りました」(原氏)

また、教員側にも変化があった。児童のよい行動を見つけたら、名前とその内容を付箋に書いて貼る「にこにこボード」を職員室に設置したところ、教員たちが児童を褒める頻度が上がったほか、「あまり知らなかった児童のことも、もっと知りたい」と思うようになった教員もいるなど児童理解につながっているようだ。

ほかの好事例について、徳島県立総合教育センター特別支援・相談課指導主事の白桃智子氏は次のように話す。

徳島県立総合教育センター特別支援・相談課指導主事の白桃智子氏

「学級崩壊寸前だった県内の小学校では、SWPBSを導入したところ、児童たちの問題行動が減り先生方の負担が軽減されました。また、ご協力いただいている教育の専門家に伴走いただき授業改善に取り組んだ学校では、教員の指導力が向上し、テストの成績も徐々に上がっています。藍住町立藍住中学校では、生徒会が主体となってポジティブ行動マトリクスの中身を考えるなど、生徒たちがよりよい学校づくりを目指すようになりました。現状、自校の実態に合わせ、授業単位や学級単位、部活単位などやりやすい形で取り組む学校もありますが、PBSは学校規模での実施が効果的です。県としてももっと好事例の共有を行うなどして、学校規模での展開をサポートしていきたいと考えています」(白桃氏)

今後の課題は、県全体としての効果検証だ。田中氏は次のステージについてこう語る。

「今後、組織的に進めていくうえで、問題行動の減少、不登校児童生徒数や学力の変化なども見ていく必要があるでしょう。任意で実施している『Q-U』による学級満足度尺度もしっかり測定し、効果検証したいと考えています」

(文:酒井明子、写真:徳島県教育委員会提供)