なぜ大学入試で「女子枠」が急増しているのか?
公益財団法人山田進太郎D&I財団は、2024年1月から2月にかけて、理工系学部で「女子枠入試」を導入している40大学を対象にアンケート調査を実施し、国公私立24大学から回答を得た。調査内容は、「女子枠」導入の目的や導入時期、応募状況、期待された効果と実現度など幅広い項目にわたり、一部の大学には聞き取り調査も行った。
今回の調査結果から何が明らかになったのだろうか。まず「女子枠」の導入時期については、24大学のうち、2020年度以前の導入は、兵庫県立大学、芝浦工業大学、大同大学の3校(12.5%)だったが、2023年度以降の導入は21校(87.5%)と急激に増えた。
この背景について、同財団の大洲早生李氏は次のように語る。
「2023年度以降に導入が増えた理由としては、2022年6月の文科省通知『令和5年度大学入学者選抜実施要項』において、『多様な背景を持った者を対象とする選抜』が奨励され、そこに『理工系分野における女子』への言及があったことが大きいと思われます」
応募状況については19大学中、12校が定員と同数、あるいは上回ったと回答(非公開の5大学を除く)しており、中には一般枠への志願者が増えた大学もあるという。定員を下回った7大学は、すべて2024年度入試からの導入となっている。
「2023年度以前から導入していた大学では女子学生比率が10~30%上がっていますので、周知の度合いが定員に影響していると考えられます。例えば、2023年度入試の学校推薦型選抜から女子枠を導入した名古屋大学は、女子の志願者を2倍以上増やしましたが、工学部の現役女子学生が母校を訪問して女子枠をPRするなど工夫が見られます。こうした広報の充足により、定員の問題は解決されると思います」
女子枠導入の目的(複数回答)としては、学部の多様性と活性化(87.5%)、優秀な女子学生の獲得(83.3%)、学部のジェンダーバランス改善(79.2%)が多くを占めたが、その背景には、産業界や自治体からの要請もある。
「産業界では今、イノベーション創出のために理工系の女性を採用したいけれど人材がいないという危機感があります。例えば製造業が多い東海圏では、女性の多くが首都圏に流出しているため、地域の企業や自治体から協力を求められている大学もあるのだと思います。一方で、グローバルで選ばれる大学を目指して女子枠を導入している大学もあります」
入学後の成績も良好、回答大学すべてが継続表明
顕著な成果を出しているのは、やはり2020年度入試以前から女子枠を導入した大学だ。例えば兵庫県立大学工学部では、2016年度入試の導入時に10%だった女子学生比率が15%となり、卒業後も約半数の女子学生が大学院に進学するなど、意欲的な女子学生の確保ができるようになったという。
「今回、回答した24大学すべてが来年以降も女子枠の継続を表明しており、中には枠を拡大する大学もあります。これは、大学が質の高い女子学生を集めて、教育環境の多様性を向上させようという強い期待を示唆していると言えます。現状はまだ黎明期にありますが、直近では京都大学なども名乗りを上げており、多様性の重要性を認識している大学に関しては引き続き女子枠の導入が増えていくと思われます」
実際、今年に入ってからも女子枠の導入を宣言する大学が増えている。佐賀大学、福島大学、室蘭工業大学、和歌山大学は2025年度から導入、大阪大学、京都大学、広島大学は2026年度から導入する予定だ。
理工系分野のジェンダーギャップを解消するには、やはり女子枠入試は有効だと大洲氏は語る。
「2019年のOECD調査では、アイスランドやスウェーデン、ポーランド、イスラエルなどで理系分野への女性進出が多くなっています。これは職業意識を醸成してきた歴史や文化的背景が関わっています。しかし、日本は横並び的な文化があるからこそ、女子枠入試は大きな効果があると考えています。実際、文科省による通知によって導入校が40大学、定員約700名分まで拡大したことはその証左でしょう」
また、多くの大学では、学力を見たうえで、面接や論文などを組み合わせて女子枠入試を行っており、「入学後の成績も良好で、優秀な女性が入ってくる傾向があると話す大学が多い」と大洲氏は言う。ただ、学力試験がない場合は、入学後の数学・物理の補講など学力面でのフォローが必要になるケースがあるという。
「選抜で数Ⅲを課さなかったことから学力担保のために入学まで学習フォローをしており、それを課題だと回答した大学もありました。各大学の方針によるところですが、一定の学力を担保したうえで多様な人材を選抜する設計は必須ではないかと思います」
「逆差別だ」などの否定的な意見にどう対応するか
女子トイレの増設やロッカールームの設置といった設備整備や、メンター制度の構築など女性学生が相談しやすいサポート体制も課題だという。
「女子枠を導入したばかりの大学では、どうしても目の前の入試や広報に力が注がれがちで、今後は女子学生が学びやすい環境整備が進むことが期待されます。また、理系女性の就職は引く手あまたですが、博士課程のキャリアサポートが課題。博士号人材向けの奨学金や若手女性研究者への研究費支援などの経済的サポートも充実させる必要があると思います」
また、女子枠入試に対しては反発の声もある。今回の調査でも、女子枠の導入に当たり、「逆差別だ」など内外からの否定的な意見があった大学は、45.5%と約半数を占めた。この点について大洲氏は、大学側の丁寧な説明が必要だと指摘する。
「制度の目的や必要性を社会に明確に発信し、女子枠入学者のスティグマ化を防ぐ対策が必要です。公平性と多様性を重視していることから男女比率が均衡する学習環境を提供していくこと、これまでの男性中心の社会構造から脱して女性のSTEM分野へのアクセス不足を支援すること、学力を担保したうえでの多様な人材であることなどを強調し、誤解がないよう説明していくべきでしょう」
今後も増えることが予想される理工系学部の女子枠入試だが、まだまだ認知度は低い。ジェンダーギャップの解消のためには、中高生や保護者、中学校や高等学校の教員に対する広報や情報発信も不可欠だ。
「女性は男性よりも『将来はこれをやりたいからこの学部で学びたい』といった思考をする傾向にあるため、目的意識を得られるような機会をつくることが必要です。BCGの調査では、STEM分野を専攻する女子学生の約半数が『データサイエンティストは抽象的でインパクトに欠ける』と回答しています。現役の女子学生でさえ職業のイメージがつかめていないのですから、まして中高生は踏み込めません。今後は女性が具体的に将来を思い描けるようなロールモデルとの接点をつくっていくことなども、重要になってくるでしょう」
同財団では独自の奨学助成金など、STEM分野で活躍する女性の増加につながる支援を行っており、2035年までに大学進学時にSTEM分野を選択する日本の女性比率を、現在の19%からOECD諸国平均の28%まで上げることを目標としている。
「文科省の学校基本調査の数字では、2023年の理工系学部の女性比率は19%。1%上げるのに6年もかかっていますが、文科省は現在、大学学部の理工系転換を促す施策も進めており、予定どおり今後4年間で1万人ほど定員枠が増えれば女性のチャンスも拡大します。また、昨年11月に公表されたIMFのレポートでは、STEM分野に進出する女性の障壁を取り除くことで生産性の伸びが20%加速すると試算されています。つまり、STEM分野への女性進出は、日本経済にとって重要なカギだということ。このことを多くの人が認識できれば、ジェンダーギャップは解消されていくと考えています」
(文:國貞文隆、注記のない写真:takeuchi masato/PIXTA)